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彼女は一時の平穏を感じていた。
大きなリンゴの木の幹にもたれ掛かり、空を見上げればサラサラと揺れる枝葉の音が、耳に心地よく流れ込んでくる。地面に目を向ければ枝葉の間から落ちた木漏れ日が、枝葉の揺れとともに不規則に動きながら日陰を灯している。膝の間に座るエリカは、集めたシロツメクサを手に何やら工作をしている。
彼女はそんなエリカの後ろ姿を柔和な表情をして見つめていた。
彼女は木の幹から背中を離し、おもむろにエリカの頭に顔を近づける。日光で熱を帯びたエリカの髪はとても暖かく、しっとりとした汗を含んでおり、湿った毛先がひたりと頬にくっついていた。その様子からはエリカが賢明に工作をしていることが彼女にはひしと感じられた。そして、エリカの髪からは汗の匂いと何やら花のような香りが漂っており、その香りは彼女の心をとても落ち着かせるものであった。
彼女の気配を感じ取ったのか、エリカは一度振り返って彼女と目を合わせると、ニコッと笑ってまた工作に戻る。
彼女はエリカのお腹に手を回し、軽く抱きしめるようにして、工作に没頭するエリカの手元を覗きこんだ。
「まだ見ちゃだめ!」
エリカはそう言って彼女の顔の前に手をかざし、工作しているものが見えないようにしている。
「完成するまでのお楽しみ!」
そう言われた彼女は少々むくれた表情をしてみせて、再び木の幹に背中を預けた。
「ちょっとくらいいいじゃないか」
彼女は頭の後ろに手を回して、いじけたように小さな声で独りごちる。
「ダメよ!」
その小さな声を耳聡く聞いていたエリカは、大きな声でそう言って彼女に釘を刺した。
釘を刺された彼女は渋々エリカの後ろ姿を見つめる作業に戻る。しかしながら、むくれた表情はすぐさま柔らかな微笑みにかわり、彼女はまた、その平穏な時間に身を浸らせるのだ。
「できた!」
それからしばらくして、エリカが立ち上がり声を上げた。どうやら工作が終わったようであった。
エリカの手に掲げられているものは、シロツメクサで作られた花冠であった。
たくさんのシロツメクサが編み込まれて輪になった花冠はとても繊細で可愛らしいものであった。「器用なものだ……」彼女は心のなかでそう呟いた。
「どう?」
エリカはその花冠を自身の頭の上に乗せると、首を傾げて感想を求めてくる。
「ああ、似合っている」
彼女は暖かく微笑みながらそう答えた。
「フフン」
彼女の称賛にエリカは自慢げに胸を張っている。
「あなたも被ってみて!」
そう言ってエリカは自身の頭から外した花冠を、彼女の頭へと乗せた。
「どうだ?」
「いまいちね」
「そうか……」
エリカの辛辣な感想に彼女はがっくりと肩を落とした。
「そうだわ!」
なにか思いついたように声を上げたエリカは、自身の頭の右側に結ばれた赤いリボンをおもむろにほどいた。そして、それを彼女の右側の角、くるくると螺旋を描く角の溝に沿ってリボンを引っ掛けると、自身の髪に結んでいるのと同じように蝶々結びをした。
「うん、いいわね! とても似合ってる! それ、あなたにあげるわ!」
「いいのか?」
「もちろん! わたしとお揃いよ?」
エリカはそう言って、自身の頭の左側に結ばれた赤いリボンを見せた。
「嬉しい……ありがとうエリカ」
彼女は心底感動した面持ちでエリカに感謝を伝える。
「どういたしまして!」
エリカはそう言ってニコッと笑った。
その時だった。バタンと大きな音が城中に響き渡ったのだ。それは城の正面扉が開かれた音であった。
「エリカ、すまない。お客さんが来たみたいだ。少しの間ここでじっとしておいてくれるか?」
「お客さん? いいわよ! お姫さまも大変ね」
「ああ」
彼女は立ち上がり、エリカを中庭に残して城内へと向かう。
城内に入ると彼女は着ていたドレスを勢いよく脱ぎ捨てて、元々着ていた動きやすい下着のような装いに戻った。
「すぐに片付ける」
彼女は拳を握りしめ、決意を込めてそう呟くと、ボス部屋へと足早に歩みを進めた。




