フランス西部ノルマンディー地域圏ルーアン
フランス共和国軍の当面の目標は、200万人都市パリの防衛である。自主的に疎開したパリ市民がいる一方で、組織的な疎開が進んでおらず、現在もなお約200万人のパリ市民のほとんどが残されていた。
現時点でドラゴンの目撃がもっとも西で確認されているカーン、多国籍軍が上陸するノルマンディー地域圏のルーアン、そして首都のパリとは、ほぼ正三角形の頂点の位置関係にある。フランス北東部から進入したドラゴンなどの敵性来攻生物に対し、フランス共和国軍はパリ防衛計画により、正三角形のカーンとパリを結ぶ辺の中点に位置するアミアンとランスに長大な敷帯陣地を構築し、パリ防衛のための面的かつ多重的な陣地防御をもって敵の進撃を阻止する絶対防衛圏を定めることとなった。
フランス共和国を中心とした主力の多国籍軍の今後の行動は、パリの前面のアミアンとランスを結ぶ絶対防衛ラインを防御しつつ、敵性来攻生物をフランス北西部ノルマンディー地域圏に誘引し、決戦を挑むことになる。決戦場で圧倒的な大戦力をもって敵性来攻生物を完全殲滅するのである。
その前提で、先のワーテルローラインの戦いの失敗から、使用武器が見直しされることになった。戦争の本来の目的は敵国の軍隊を弱体化させることにあるのであって、強力な武器によって人員に不要な苦痛を与えることは人道上の問題があるという考え方があった。人間相手が前提であったダムダム弾禁止宣言や特定通常兵器使用禁止制限条約などは、この精神に鑑みて問題があると考えられたからである。これらの国際的なルールは、総括的な規制がなされており、無用の苦痛を与える兵器のみならず、自然環境を過度に破壊する兵器についても禁止が謳われている。具体的には、ダムダム弾、対人地雷や焼夷兵器、クラスター爆弾である。
しかし、敵が人間でないのであれば、その縛りは必要がないと考えるのが当然である。現場で求められるのは、ワンショット・ストッパーである。歩兵が携帯するライフルの通常弾丸で、敵性来攻生物を止めるためには5~6発の弾丸を当てる必要がある。それをたった1発で目的を達成することができるホローポイント弾の使用が求められた。
ホローポイント弾は先端内部が空になっている弾丸である。もっぱら対人、対動物用の弾丸であり、殺傷力が高い弾丸の一つとして知られる。先端がへこんだ形である弾頭は、標的に着弾した際に潰れて扁平な形になる。このため内臓をえぐって、標的に過大なダメージを与えることができる。さらに着弾時の変形によって急激に速度が落ちるため、多くの弾丸は貫通せずに体内にとどまる。その分だけ弾丸の衝撃がダメージとして伝わりやすいという性質を持つ。それは、白兵戦のように近距離の戦いとなった場合に効果がある。敵を貫通した弾丸が跳弾することにより、味方や自分が傷つく可能性を排除できるからである。
さらに以前から規制に関して議論のあった劣化ウラン弾についても、積極的に使用されることとなった。
劣化ウラン弾は、弾体として劣化ウランを主原料とする合金を使用した弾丸であり、劣化ウランの比重は約19と大きい。これは砲弾の運動エネルギーが質量に比例する大きな力となるため、ドラゴンの鱗のような固い表皮を貫通する性能に優れることになる。しかしながら、弾頭が着弾し、劣化ウランが燃焼すると、酸化ウランの微粒子となり周囲に飛散する。これが人体の体内に取り込まれた場合、内部被曝や化学的毒性による健康被害を引き起こすなどの悪影響がある。しかしながら、時勢的に誰もが異議を唱えなかった。
このような強力な武器が解禁される動きは、誰かが意識したわけではないにも関わらず、物理的な侵略に対する危機感を扇動することとなり、感情が混在した精神論争に拡大する傾向にあった。議論は収束するどころか、味方の命を守るゆえに人道的と曲解する者も現れるようになっていった。
多国籍軍の集結が完了する前から、フランス共和国陸軍は、自国に迫る脅威を排除するため、ノルマンディー地域圏にドラゴンの誘引を容易にするため、事前の軍事行動を開始していた。ノルマンディー地域圏に上陸したフランス共和国陸軍初動部隊によって、初日に海岸から10~16km進出し、カランタン、サン・ロー、カーンおよびバイユーに橋頭保を築く予定であったが、避難民によって道路が塞がれており、実際にはどれも達成できなかった。
フランス共和国陸軍海兵隊は、まず大陸の奥に足掛かりを築くべく、北海上のミストラル級強襲揚陸艦〈ミストラル〉より双発の中型ヘリコプターであるアグスタウェストランド AW159の1機が発進し、ルーアンから北東120KMにあるアミアンの偵察が行われた。巨大敵性来攻生物が同区域に存在しないことを確認すると、僚艦の強襲揚陸艦〈トネール〉から、5機のアグスタウェストランド AW101、通称マーリンにフランス共和国陸軍海兵隊を積載して偵察降下のため行動を起こした。5機のヘリコプターには、フランス共和国陸軍海兵隊110人と少数の特殊空挺部隊を分乗させていた。
予期しない急激な天候の悪化によって降下が困難になり、一度は断念することになったが、同日正午に天候が回復したのを機に再度降下作戦を行い、今度は特殊空挺部隊の降下を成功させた。その後、5機のヘリコプターは、増員をピストン輸送するために母艦に戻っていた。
霧の立ち込めるアミアンの街は、いまだ被害を受けていない状態であったが、市民の避難は完了していた。無人となった市内では、霧が立ち込める中、交通信号機の点灯だけがあたりを浮かび上がらせているのが印象的であった。
現地にて、ノートルダム大聖堂を警護する自治体警察と合流する手筈となっていたが、誰も迎えに現れなかっただけでなく、無線の呼びかけにも、応答がなかった。市内はあまりにも静寂過ぎた。
現地に土地勘のないフランス共和国陸軍海兵隊ではあったが、部隊の半分をノートルダム大聖堂に残し、残りの半分を偵察に出発させた。
やがて、市内サン・ピエール公園にて、頭や耳がうなだれた兵士が彷徨っているのが発見された。ワーテルローラインに参加したと思われる兵士であったが、青白い顔の目は開かれているが、目はうつろで、おそらく、そこには何も映っていないと思われた。よだれを流しながら、同じところを繰り返し巡っているようであった。よく見ると、立ったままブツブツと何事かを呟いているようであった。さらに周辺では、マネキンのように身じろぎもしない兵士も発見された。
事態は理解を超えるものがあったが、友軍であるゆえに、フランス共和国陸軍海兵隊は救護活動を始め、追加の兵士を搭載したアグスタウェストランド AW101が戻ってくると、救護者を母艦に送った。
フランス共和国陸軍海兵隊は、やがて、その判断が誤っていたことに気づかされた。救護者は真正粘菌ルシファー感染者であったのである。救護者の身体に不自然な目玉が現れると、獲物を求めて周囲を窺い始めた。
そのおぞましい姿は、紛争地域を渡り歩いた歴戦のフランス共和国陸軍海兵隊でさえも、一瞬とはいえ硬直させた。学者の中には、硬直は生物進化の過程で獲得した生物的な反応であると考える人がいる。その反応は死んだふりをすることの名残と考えているのである。多くの敵が動くものを標的とすることが理由である。
しかし、ルシファー感染者にとって死んだふりは何の意味もない。死肉であっても、苗床に必要な餌とするになんの問題もなかったからである。感情を持ち合わせないルシファー感染者の目玉は、新たな獲物を見つけると、恍惚とした眼差しで凝視し続けていた。その行動原理は単純である。ご馳走を前にして、足元から仮捕捉手を伸ばし、獲物を絡み取ろうと蠢いていた。
硬直によって危機から逃れられない場合、次にとる生物的な反応は逃げるである。しかし、フランス共和国陸軍海兵隊は兵士であり、危機にあたって逃げるわけにもいかない。生物的な最終反応は、そう、攻撃し排除する反応である。




