暴走の魔法使い
翌日。
朝からフィオナが俺の部屋の前にいたことについては、もう深く考えないことにした。
考えたところで答えが出る気がしないし、出たとしてもあんまり嬉しくない答えな気がするからだ。
それより今日はギルド協会に顔を出す用事があった。
採取依頼の報告と、次の依頼の確認。
ついでにD級昇格審査の条件も一応見ておきたかった。
二人じゃ無理。
それは昨日の時点で分かっている。
分かっているが、見に行くくらいは別にいいだろう。
見たところで現実が優しくなるわけじゃないが、知らないまま諦めるのもなんか癪だしな。
「ロイドさん」
「ん?」
「今日は協会ですね」
「そうだな」
「私も行きます」
「知ってる」
というか、言う前からついてきてる。
フィオナは今日も近い。
近いというか、もはや自然に隣へ収まっている。
しかも歩くたび、たまに肩が触れる。
避けない。
わざとかどうかは分からないが、たぶんわざとなんだろうな、これ。
たまに俺の袖も掴むし。
普通じゃないんだが、本人はたぶん普通の顔をしている。
頭上の表示は今日も消えていなかった。
【ギルド所属:彼方の星】
【才能:剣術(極限最適化)】
【戦闘適性:S】
【知力:D】
【敏捷:B】
【武器適性:短剣A】
【状態:最適化】
【副作用:執着増加(対象:ロイド)】
相変わらず、このUIが消えることはなかった。
現実とは地味にしぶといもんだ。
というか、こういう困る方の異常だけ妙に長持ちするのはなんなんだろうな。
ギルド協会に着く。
朝のロビーはそこそこ人が多い。
依頼を探す連中、報告を終えて帰る連中、受付に詰め寄ってる連中。
いつも通りの、少し騒がしい空気だ。
そしてそこに俺が入ると、視線が集まる。
まぁ集まるよな。
潰れかけのE級ギルドが、まだ堂々と看板下げずに残ってるんだから。
しかもただ残ってるだけじゃない。
E級のままで、一番長くここに居座ってるギルドマスター。
上がれないのにやめない。
潰れそうなのに畳まない。
そういう意味で、わりと有名だ。
誇れる話じゃないが、知られてるのは事実だった。
慣れたもんだ、この目。
十年近く浴びてりゃ水みたいなもんである。
いや、水は言いすぎか。
普通に気分は悪い。
ただ、もういちいち傷つくのも面倒なんだよな。
受付に向かおうとしたところで、ロビーの端が妙に静かなことに気づいた。
人はいる。
なのに、そこだけ妙に避けている。
視線だけ向けて、誰も近づかない。
つられてそちらを見る。
ベンチに、女が座っていた。
銀髪。
長い髪を後ろで雑にまとめている。
眼鏡をかけていて、表情はほとんど動かない。
年は俺よりだいぶ下だろうが、フィオナよりは上だ。二十前後か、そのくらいか。
服は上等だが今はしわくちゃだし、本人もだいぶくたびれて見える。
ただ、そんな状態でも目を引くものは目を引く。
細い腰のわりに胸はしっかりあって、座っているだけなのに妙に目立つ体つきだった。
出るとこは出て、締まるとこは締まってるってやつだ。
「……ああ」
なんとなく察する。
あれ、たぶん今、触っちゃいけない空気のやつだ。
協会にはたまにいる。
問題を起こしたか、起こしかけたか、あるいは起こす予定のやつ。
周囲の引き方が露骨すぎる。
俺はそっと視線を逸らした。
面倒事には近づかない。
これは大事だ。
今の俺は特に。
ただでさえ自分の周り(主にフィオナのことだが)が妙なことになっているのに、外からまで増やしてどうする。
そう思って横を通り過ぎようとした、その瞬間だった。
銀髪の女が立ち上がる。
そして。
ふらり、と揺れた。
「……おっと」
反射で手を伸ばすより早く、その女は床に膝をついた。
周囲が一歩引く。
助ける気配はない。
いやまぁ、気持ちは分かる。
見るからに厄介そうだし。
でも、だからって誰も行かないのはどうなんだよ。
俺はため息をついて近づいた。
「大丈夫か」
声をかけると、女がゆっくり顔を上げる。
眼鏡の奥の目は妙に冷静だった。
倒れてるわりに。
「……空腹です」
「そうか」
率直だな。
「数日、まともに食べていません」
「そうか……」
それはもう大丈夫じゃないだろ。
というか、よくその状態で倒れるまで黙って座ってたな。
フィオナが俺の横からその女を見ている。
警戒してるより観察しているという感じだ。
まぁそれはいいとして、フィオナがさっきからやたら腕にくっついてる。
よく見れば、フィオナが口元をぷくりと膨らませている。
顔は笑ってない。
ああ、うん。
もう分かる。
これ、拗ねてるやつだ。
どんだけあからさまなんだよ。
「立てるか」
「たぶん」
たぶん、ね。
俺は女を支える。
軽い。
最近こんなのばっかだな。
俺の周り、飯食ってないような女しかいないのか?
「……あのさぁ」
思わず口から出る。
「倒れる前に言えよ、そういうの」
「必要ないかと思っていました」
「必要あるに決まってるだろ」
俺は女を連れて、協会の近くにある安い食堂へ向かった。
フィオナも当然ついてくる。
しかも席に座る時、何も言わないのに俺の隣を確保した。
早いな。
戦いだけじゃなくて、こういう判断も異様に早い。
女は黙々と食べた。
すごい勢いだった。
見た目は綺麗なのに、食い方だけ戦場帰りみたいになってる。
いや、別に汚いわけじゃないんだが。
速い。
とにかく速い。
パンが消える。
スープも消える。
追加で頼んだ煮込みまで消えた。
全てを食べ終えたあと、
「……落ち着いたか」
「はい」
女が顔を上げる。
その目が、さっきまでと明らかに違った。
死にかけの光じゃない。
頭が回り始めたやつの目だ。
「あなた、ギルドマスターですよね」
「一応な」
「E級ですよね」
「……一応な」
「名前を聞いても?」
「ロイドだ。ロイド・バルハルト」
「なるほど」
なるほど、ってなんだ。
「知っています。有名ですから」
「悪い意味でだろ」
「否定はしません」
正直だな。
「お前は?」
「リーゼです。リーゼ・エルン」
聞いた瞬間、思い出した。
「ああ、お前。《銀翼》を追放されたっていう」
「はい」
あっさり頷いた。
「最近入ったばかりだったんですが、抱えきれないと判断されたようです」
「魔法の暴走、だったか」
「そうです」
リーゼは水を一口飲む。
「私は元々、魔法の才能だけは高かったらしいです」
「らしいって」
「他人がそう言っていたので」
面倒くさい喋り方するなこいつ。
「ですが、ある時期から急に制御が効かなくなりました。出力が不安定になって、暴走が頻発したんです。仲間を巻き込みかけたことも、一度や二度ではありません」
そこで目を伏せる。
ようやく人間らしい影が落ちた。
「《銀翼》のギルドマスター、ヴェルナーは最初こそ我慢していましたが、さすがに抱えきれなくなったのでしょう」
「《銀翼》も今、前ほど余裕ないしな」
「知っているんですか」
「まぁ、有名だからな」
《銀翼》は元々、ヴェルナーの父親の代ではかなり名の通ったギルドだった。
強かったし、実際に成果も出していた。
ただ、代替わりしてからは少しずつ評判が落ちている。
息子のヴェルナーも弱いわけじゃない。
それなりに強いし、看板に見合うだけの実力もある。
だが、父親が強すぎた。
比べられると厳しい。
その名前でなんとか持ってるが、余裕があるかと言われたら、まぁそんな感じではない。
「私は壊れた魔法使いです」
リーゼが言う。
「制御ができない以上、どこにも――」
そこで言葉が止まる。
どこにも行けない。
そういう顔だった。
昨日のフィオナとは違うが、似た種類の顔だ。
ああいうのは、あんまり見たくない。
見たくないのに、なぜか俺の前に来る。
嫌がらせか何かか。
「ギルドに入るか」
「……は?」
リーゼが固まる。
フィオナが横から、また俺の腕にぴたりとくっつく。
露骨だな。
「飯くらいは食えるようになるだろ」
「なぜですか」
「暇だから」
嘘だ。
暇なのは半分本当だが、理由はそこじゃない。
ただ、あの顔を見たくなかっただけだ。
どこにも行けないって顔をしたやつを、そのまま放るのが少し後味悪かった。
リーゼはしばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「……嬉しいです」
「ん?」
「声をかけてもらえたの、久しぶりなので」
その言い方が妙にまっすぐで、逆にこっちが困る。
「今、何人いるんですか」
「二人だな。俺と、こいつ」
そう言ってフィオナを顎で示す。
リーゼは一度フィオナを見て、それから俺に視線を戻した。
「二人ですか」
そこで一瞬考えてから、平然と言う。
「いえ、私が入れば三人ですね」
「……まぁ、そうなるな」
「住む場所も必要になります」
「ん?」
「今の家は、壊しました。魔法が暴走して」
「まじか」
そんな大事なことは先に言えよ。
「じゃあお前、ほんとに住む場所ないのか」
「はい」
「……そうか」
断る理由を探そうとしたが、思ったより見つからなかった。
いや、あるにはある。
面倒そうとか、絶対問題起こすだろとか、フィオナが隣でやたら静かだなとか。
ただ、それを押し切る程度には今のリーゼは切実だった。
だがしかし、
そこからだった。
急に、リーゼの雰囲気が変わったのは。
「1つ、質問してもいいですか」
「嫌な予感しかしないが、まぁいい」
「あなたはE級ギルドマスターとして長く残っている。普通は潰れるか、移籍するか、冒険者をやめるはずです」
「ひどいな」
「でもやめていない。なぜですか。執着ですか。責任感ですか。惰性ですか。それともまだ何かを諦めていない?」
「お前、急に来るな」
「純粋な知的好奇心です」
「もっと怖いわ」
リーゼは真顔のままだ。
だが喋る速度だけが明らかに上がっている。
「それに、二人しかいないE級ギルドに、なぜ私を入れようと思ったんですか。戦力としてですか。同情ですか。それとも性格の問題ですか。あなたは自分でも気づいていない行動原理があるように見えます」
「おい待て、なんで俺が分析される流れになってる」
「気になるので」
「気になるで済ませるな」
フィオナが無言で俺の腕を引く。
くっつく。
さっきより近い。
しかもリーゼの方を見て、やたら静かな顔をしている。
ああ、うん。
分かるよ。
今のは面白くないやつ。
そういうことだよな!?
「……面倒だな、こりゃ」
「よく言われます」
「自覚あるのかよ」
「あります」
そこはあるのか。
その時だった。
視界の端に、またあの違和感が走る。
「……あ?」
反射的にリーゼを見る。
頭上。
何もなかったはずの場所に、半透明の板が浮かんでいた。
「おいおい、またこれかよ……」
突然だ。
昨日のフィオナと同じだ。
やっぱり俺だけに見えている。
文字が並ぶ。
【状態:最適化】
【戦闘適性:B → A】
【知力:C → A】
【敏捷:D】
【魔力:A → S】
【魔法適性:火炎B → A】
【分析精度:上昇】
【副作用:知的好奇心の暴走】
「……おい」
思わず呟く。
リーゼが首を傾げる。
「どうしました?」
「いや」
視線をもう一度向ける。
見間違いじゃない。
これってフィオナの頭上に浮かぶやつと同じやつだよな?
なんで喋っただけで突然浮かんでくんだよ。
それになんで所属ギルドがまた【彼方の星】になってんだよ。
しかも能力値が爆上がり。
エグすぎだろ。
今喋っただけで、だ。
この最適化ってやつが、たぶん本人のステータスを底上げしてるんだよな。
なら、こいつのステータスどこまで上がるんだ。
もしかして俺は、ヤバいやつを仲間に引き込んじゃったんじゃないのか?
そんな不安が頭によぎったのだった。




