総力戦
空が赤く濁り、天と糸でつながったヒト型のものが次々と降りてくる。
白く、翼を生やしたそれらは、二千年前に天使と呼ばれたものに似ている。
糸から外れたそれは優雅に空を飛び、この星の全ての生物を滅びに来たとは思えなかった。
リス型ディネガのラルモヒィとマルモヒィの絶望リヴォルヴァー工房もその様子を空母甲板マーケットから、それを見ていた。
「父さん、あのヒトたちも僕らのリヴォルヴァーにガッカリするかな?」
「するだろうなあ。マルモヒィ。父さんたちは宇宙を越えてガッカリされる存在なんだ」
甲板マーケットは対空砲で埋め尽くされている。
リスの親子はやはり対空砲を設置していて、五十発の五〇口径弾が装填されたシリンダーが機関部にはめ込まれている。
「こっちから撃ってもいいのかなあ」
そのとき〈天使〉の一匹が急降下して、甲板の上三十メートルの位置に浮かんだ。
そして、指を差すと、その先にあったホログラフィック・コマーシャルの出力装置がバラバラに吹き飛んだ。
対空砲がその〈天使〉をバラバラの青い肉片に変え、空に飛ぶ〈天使〉たちへも発砲を始めた。
他の街区でも対空砲が火を噴き、白い体に青い裂け目と血を噴きだしながら、〈天使〉たちは墜ちていく。
予想よりも〈天使〉は硬くない。
そう大したこともないのかもしれないと思った瞬間、倍の数の〈天使〉が赤い天から糸で下がってあらわれた。
古今無双の名軍師出なくても分かる。
こいつらは倒せば、倍の数であらわれる。
「撃て、撃て、撃て!」
誰かが叫んで、ふたたび発射が始まる。
急降下する〈天使〉たちは頭と肩に弾を食らって、羽根を片方失って、錐揉みに落ちていく。
ラルモヒィとマルモヒィのそばで対空砲を扱っていた燃料屋が悲鳴を上げた。
右の翼を失い、左の足を失って、背中の肉がごっそり削げた〈天使〉が着地してきたのだ。
その顔はウナギみたいに細長く目と鼻がなく、大きく裂けた口だけがある。
その口は牙ではなく、ヒトの歯に似ている。
異形のものが住むディネガランドでも、ここまで不気味な雰囲気を纏えるものは珍しい。
「伏せろ!」
ラルモヒィが叫び、リヴォルヴィング・ショットガンから発射された恐竜撃ち用のスラッグ弾が伏せた燃料屋の上を飛び過ぎて、そのウナギ型の頭に命中して、肩のなかに押し込む。
ラルモヒィはすぐ息子が扱う対空砲に戻って、クランクをまわしながら、弾を再装填する。
〈天使〉たちを甲板に近づけないため、撃ちまくる。
だが、あちこちで〈天使〉が甲板まで突っ込んできて、すでにあちこちで機関銃の(対空砲に比べれば)軽めな銃声が湧き上がる。
「武器プールだ! 武器プールだ!」
カモノハシ型装甲ディネガが〈武器プール号〉と名前をつけた手押し車を持ってきた。
使いたいものが自由に使うプール資源をつくったのだ。
すでにバズーカやショットガンが入っている。
「マルモヒィ! 入れられるだけ入れてやれ!」
マルモヒィはその手押し車に回転弾倉がついたハンドガンやショットガン、パルス・バズーカを入れられるだけ入れた。
「ガッカリされるかもしれないけど、どうぞ!」
「ガッカリだって?」
カモノハシ・ディネガが素っ頓狂な声で言った。
「とんでもないぞ! みんな大喜びだ!」
〈武器プール号〉が去っていくと、リスの親子は涙した。
「ガッカリされない!」
それは生まれ変わるような体験だった。
「マルモヒィ! わたしたちはガッカリされないんだ!」
六倍の数の天使たちが降りてくる空へ歓喜の全弾発射をしながら、元ガッカリ・リヴォルヴァー職人は叫んだ。
――†――†――†――
崖と赤ランプの街では反対側の歯車の壁から金属が裂ける音がしていた。
これまで何のためにまわっているのか分からない歯車がひとつ、またひとつと落ちていくが、特に都合の悪いことは起きていない。
「なんだ、やっぱり役に立ってなかったんだ」
象の鼻とネズミの体を持ったディネガが五〇口径機関砲のボルトを引こうと必死に手足を動かす。
「なんてかてえ銃なんだ!」
ランツクネヒト型ディネガがネズミをひょいとつまんで、軽々とボルトを引く。
ガツガツと不穏な音を立てる歯車たちに背を向け、カータは左の踵を高く上げて、その姿勢を十秒保ち、次は右の踵。
体をお仕置き用ゴムハリセンみたいに柔らかくかつ芯のあるものにせんと準備運動を怠らない。
カータがいる階段前広場にはもうひとりかなり大きなディネガがいた。
イカみたいな上顎、腕はぬるっとした獣の顎のなかから生えていて、膝には魚の顔、鰭が背中から生えていて、それは尻尾の先まで続いている。
ディネガのなかでも結構化け物じみた姿だが、多感な少女だから多文化受容ディネガと呼ばれていた。
「ねえー、カータ。カータったら!」
「んだよ、化け――じゃなくて多文化受容!」
「わたし、箸より重いもの持ったことないんだけど」
その箸は魚雷並みの大きさだ。
「ああ、それは問題ねえんじゃねえの?」
「なんで?」
「デカいから」
「あんた、女の子にデカいとか言って。だから、モテないんじゃない」
「うるせえなあ。おれはモテモテだ」
「箸より重いもの持ったことないわたしが、どうして、あんたと一緒に白兵戦部隊にいるの?」
「そりゃあ、デカいからだろ」
「あ、またデカいって言った。わたしはフツーの女の子より、チョコ―っと背が高いだけなんですけどー」
「体重計乗ったことあるか?」
「ホント、なんていうか。女の子と話すとき、体重計なんて言葉使う?」
「おれは使うぜ。これまで四十九人の女に面と向かって『体重計クラッシャー』って言ってやったことがある。五十人目にしてやろっか?」
「分かった。あんたにデリカシーを求めたわたしが馬鹿だった」
「大いなる前進だな」
「そういうときは『ば、別に馬鹿なんて言ってねえよ』ってフォローするときでしょ?」
「別に自分が馬鹿だってことを認めるのは恥ずかしくもなんともねえんだぜ」
「あんた――」
べきゃっ。
彼らの目の先、直径十メートルの歯車が歪んでいる。
他の歯車もそれにつられて、軋み始めて、弾け跳び始めた。
「よーし。敵さんのお出ましか」
カータは低く身を沈めて、拳を胸に引きつけ、迎撃の姿勢を構えた。
――†――†――†――
幟の街でも車両型ディネガが対空砲やロケット射出装置を発射して絶え間なく動き続ける。
〈天使〉たちが幟に引っかかり、青い炎に包まれるのを見ながら、ギウイ・フィッシュはオフィスで、提督を運んできた元テラリア人ふたりに自警団の心得を教えた。
「なんてことはねえ。顧客第一だ」
外では〈天使〉が自走砲ディネガを持ち上げて、空にさらおうとするが、至近距離で迫撃砲弾を食らって、飛び散ったのだが、その青い体液まみれの肉片がオフィスに飛び込んできた。
そのうじうじ動く肉片に水槽に搭載した火炎放射器で燃えるゼリーを吹きつけ、嫌なにおいのする灰にする。
「うちはテラリアのヒト型ディネガの雇用実績があるんだ。顧客はおれを信用して、おれはお前らを信用して、お前らは顧客を信用する。オーケー?」
ふたりはお互いにオーケーかききあった。
彼らのホルスターには対物ライフル弾をハンドガンで発射するというアタマのおかしい設計思想の銃が差さっている。
「まあ。オーケーだよ。たぶん」
「じゃあ、早速仕事だ。外に出て、あの気持ち悪い白い空飛ぶ生き物どもを片っ端からぶち殺してくれ。片っ端からだぜ」
ふたりは表通りに出た。
走る小型要塞みたいなディネガたちが精神発狂の見本みたいなドリフトをきかせながら、空に曳光弾を乱射する。
「まったく、どえらいところに来ちまったなあ」
と、言いながら、すぐそばに降りてきた〈天使〉の胴体に一発撃ち込む。
「おい、死んでないぞ」
飛びかかって組み敷かれたが、落ち着いて、ぱっくり裂けたその口に銃身を突っ込んで、二度引き金を引いた。
青い脳みそが後頭部から飛び出して、空中で四散する。
「ぎゃーっ! 気持ち悪ィ!」
四散したベトベトした脳漿が相棒にふりかかる。
「すまん」
「これ、洗濯してとれるかな?」
「もし生き残れたら、クリーニング屋を探そう」
――†――†――†――
天使に見える中佐が空を飛べば、友軍の砲撃間違いなし。
ということで、楼門のある街での迎撃にまわされた。
困るのは攻撃対象が続々あらわれることで、これではニラ玉が食べられない。
「しかし、戦闘後のニラ玉もまた格別です」
通りは屋台を使ったバリケードに塞がれ、電磁弾と無煙火薬の銃火器を多彩な形状のディネガたちが各々納得の形で構える。
念力を使える円錐形ディネガたちは一か所に集められていて、そのそばには近所の料理屋から集められるだけ集めた鍋釜フライパンがちょっとした登山コースを作っていた。
この陣地には提督のテュルがいた。
「頑張ってるねえ」
見上げた空ではユウキたちが飛び交って、〈天使〉たちと銃撃戦に白兵戦と斬り結び、二度と空など飛べないよう翼を体から分断している。
困ったことに空中で戦う彼らはこの〈天使〉たちが翼を斬られたくらいで破壊活動をあきらめないことを知らない。
楼門のある街には翼をなくした〈天使〉たちが四つ足で這って、バリケードへ走ってくる。
中佐の火球が放たれる。
〈天使〉が一匹、かつて胴体であった灰の山に手足を落とした。
あらゆる口径、あらゆる撃発機構の銃火器が火を噴き、肉を削がれても、しつこく立ち上がる〈天使〉たちを撃ちまくる。
テュルはその様子を見ていた。
ちょうど、長手袋に包まれた両腕がバキバキと音を立てて変形しようとしていた。
いつもなら頭突きを食らわせるところだが、今日はそのままにしている。
そして、両腕が巨大な太刀のようなものに変化したとき、提督は弾幕を潜り抜けた〈天使〉に襲いかかり、腕、頭、肩、背骨の上半分の順にバラバラに切り刻む。
「やっぱり変化を解放させるとすっきりするね。手袋は惜しいけど」
「提督。地上の敵をおまかせしてもよろしいでしょうか?」
「うん」
すると、中佐は飛び上がり、楼門の上にいる〈天使〉へと突っ込んだ。
白い宝石のような歯を並べた大きな口を開けたので、
「では、遠慮なく」
と、中佐はその下顎に右足をかけ、上顎の歯を両手でつかんで、そのまま上下に押し上げた。
〈天使〉は相手が何をするつもりか察して暴れたが、中佐は構わず、広げ続けて、青い返り血を全身に浴びながら、広げ続け、口端からブチブチと音を立てたが、それでも広げ続けて、その体は肋骨まで分断された。
いまの中佐は全身が青、これは空を飛べるのではないかと思って、試しに空中戦に参加したが、十数門の対空砲の一斉射撃を受けたので、空中戦はあきらめた。
――†――†――†――
ユウキを追いかけた三体の〈天使〉を真横に飛び過ぎるパトリオパッツィの鎌が刈り取って、三者三様に切り裂かれ方をして、海に墜ちていく。
数で負けるユウキたちは互いに連絡を取りつつ、連携して、敵を屠る。
だが、敵の物量が多すぎた。
水上からの対空砲が援護している。
かなりの数の〈天使〉が撃墜されたが、赤く濁った空の彼方から一本の糸が滑り落ち、その先の、歪んだ果実が翼を生やして、ユウキたちに襲いかかるのをやめることはない。
いま、この星全てで、これと同じことが起きている。
それを全て引き受けられるだろうか?
「ユウキさん、後ろ!」
腕が捕まれる。
弱気がそのまま隙になったのだ。
グシャッ。
音を鳴らしたのは〈天使〉のほうだった。
握りつぶされた頭を下に真っ直ぐ落ちる。
「兄さん」
それにこたえるかわりにシンは親指をたてて、次の敵を潰しに青い光を引いて、弧を描きながら、ディネガランド頂上の塔をまわり込む。
疑問を差し挟む場合じゃない。
いまできることは、何も考えず敵を倒すこと。
実にテラリア的だ。
リアムの細分化された粒子刀が敵を血煙に変え、キヅキの義腕が万力のように喉を締めあげる。
パトリオパッツィの甲高い笑い声がきこえる。
追尾跳弾。電磁弾。粒子の竜巻。
敵を叩き潰すための全力の努力。
ユウキはハッとして、まるで墜落のようにディネガランドの市街地へ急降下し、テュプセムのライフルを食いちぎり、組み敷いて、頭を食いちぎろうとする〈天使〉の頸をねじって、切り離した。
「大丈夫か?」
「はい」
テュプセムの家族たちが来たので、ここは任せられると思ったのだろう。
ユウキは再び赤い空の地獄へと舞い上がった。




