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いつでもどこでもだれでも

 スイゥプゥの発見した古文書によれば、山岳都市シウダード・パンチは雲よりも高い山の上にあり、二千年前は全世界のパンチカード愛好家にパンチカードを販売することで様々な生活必需品を得ていたといわれている。


 提督は都市機能として死んでいると評したが、シウダード・パンチの平均所得は世界平均を大きく上回っていたという。

 もちろん、ディネガ・エネルギー照射でこの都市も滅んだのだが、いまもまだパンチカード作成ツールは生きていて、原始のカードを発行できるとスイゥプゥはにらんでいた。


 空飛ぶ汽艇スチーム・ランチで近づいてみると、都市はそこまで破壊されてはおらず、高山植物の侵攻を許してはいたが、そもそも高山植物は植物のなかでも割合控えめな連中である。探索にそう手間がかかるとは思えなかった。


 リアムとキヅキは店を離れられないので、それ以外のメンバー、ユウキとヴィクトリア、フレデリク、中佐とパトリオパッツィ、そして提督が今回の探索を行うことになった。


「信じられない!」


 スイゥプゥは大きな体をくるくるまわしながら、喜びを表現していた。


「信じられない!」


「見たまえ、フレデリク。あの喜びようは少年をドレッドノートのブリッジに乗せたみたいではないか」


「叶えられた憧れはいつ見ても、すがすがしいものでございます。旦那さま」


「のんびり構えている場合じゃない。何か近づいてきた」


 小さな機械。それは麻でできた民族衣装のようなものを着た妖精の羽根が生えた少女型機械だ。


「シウダード・パンチへようこそ!」


 スイゥプゥが満面ニコニコでこたえる。


「やあ! お迎えありがとう!」


「見学の方は見学チケットを見せてね!」


「えーと、見学チケット? そんなこと古文書には」


「見学の方は見学チケットを見せてね! 見学チケットがないと、怖ーい警備ロボットがやってきちゃうよ」


「見学チケットはないけど、でも――」


 すると、ビーッとブザーがなって、急に妖精型案内ロボットは無表情になって、


「アクセス権限確認できませんでした。十秒以内に引き返してください」


 ユウキが妖精を吹っ飛ばし、足元に転がってきたその頭をパトリオパッツィは拾い上げ、多目的軍用ポーチにしまった。


 提督は汽艇スチーム・ランチの機関室へ入り、床を開けた。


 そこからシウダード・パンチが見え、そして、大きなポッドが次々と割れて、迎撃メカが昆虫みたいな羽根を高速で羽ばたかせながら飛んでくるのが見えた。

 ビッカーズ機関銃を引っぱりだすと、フレデリクを装填助手にしてベルト式の弾帯を持たせ、発射した。


 機関銃は弾を次々と引っぱり込み、発射された弾が迎撃メカを次々と切り裂いていく。


 そのうち、ユウキと中佐とパトリオパッツィが飛行ユニットで空中戦を演じ、迎撃メカを破壊し始めた。

 迎撃メカは陰険な音波攻撃を仕掛けてきた。フォークを鉄板に突きつけて、ゆっくり引くような音があちこちで鳴った。

 空中チームはそれに苦労したが、提督はそんなものはさっぱりきこえなかったと主張した。


「なに!? きこえないぞ、カレイジャス!」


「だから! やつらの攻撃が! 音波攻撃だった!」


「そうだな! お昼はサンドイッチだ!」


「違う! やつらは! 音波攻撃だ!」


「もちろん! 信託財産は! ゼロだ!」


 ビッカーズ機関銃を乱射するとき、耳栓をつけないとこうなる。


     ――†――†――†――


 シウダード・パンチに着陸すると、提督はこの戦いをガリポリのようにしてはならないと言った。


 ガリポリとは第一次世界大戦でイギリス軍がオスマントルコ帝国の首都イスタンブールを占領せんと陸軍を上陸させた場所であり、イギリスは本国イギリスのほかにオーストラリアやニュージーランドからも若者を集めるだけ集めて、崖に塹壕を掘り、赤痢と狙撃に悩まされた挙句、けちょんけちょんに負かされ、若者たちを使い切った。


 それを主導したのはあのチャーチルであり、提督はそうなるのも無理はないと首をふったものだった。


 ただ、こちらの世界でガリポリという言葉の意味を知っているものは皆無だったので、たぶん寝違えの一種だろうと思われていた。提督くらいの年齢で筋を違えるとなかなか大変だ。


 ところで、着陸前に通信ツールを使ったこっそりなやり取りがある。


【ユウキ】「新入り。貧乏くじを引け」

【パトリオパッツィ】「いきなり何だい?」

【ユウキ】「あのときの戦い見てるなら、分かるだろ」

【パトリオパッツィ】「?」

【ユウキ】「あいつを隊から分離する」

【パトリオパッツィ】「提督のことかい?」

【ユウキ】「そうだ。実際のところ、敵よりもやつのほうが厄介だ」

【パトリオパッツィ】「だから、ここに置いてきぼりにする、と」

【ユウキ】「新入りの仕事だ」

【パトリオパッツィ】「先輩がまずお手本を見せてくださいよ」

【ユウキ】「ふざけるな。おれは嫌だ」

【パトリオパッツィ】「戦闘支援AIはこのために存在するのでは?」

【ヴィクトリア】「え、わたしにケツ持ってきます? ユウキさん、何とか言ってくださいよ」

【ユウキ】「別におれ以外の誰かがやるなら、どうでもいい」

【ヴィクトリア】「ひ、ひどい」

【パトリオパッツィ】「『ついてくんな、ジジイ!』と言えばいいだけなんだろう?」

【ユウキ】「そこまで強く言わなくてもいい。足手まといとかお荷物とか」

【ヴィクトリア】「いえいえ、十分ひどいですよ。ユウキさん」

【ユウキ】「とにかく、上から戦艦が降ってこないか気にしながら戦うのはごめんだ」

【パトリオパッツィ】「依頼人に言わせればいい」

【ヴィクトリア】「護衛任務ってそこらへんまで含めてるんじゃないですか?」

【ユウキ】「刃物や銃弾、その他物理攻撃の危険から守るのが護衛任務であって、へそを曲げた不良老人の相手は違う」

【パトリオパッツィ】「別オプション」

【ヴィクトリア】「ここはユウキさんのデキる男ぶりを見せてくださいよ」

【パトリオパッツィ】「それそれ」

【ヴィクトリア】「ほれほれ」

【ユウキ】「やれやれ」

【パトリオパッツィ】「いまのは承諾と受け取っていいのかな?」

【ユウキ】「違う! なぜか勝手に口から――」

【ヴィクトリア】「あーあ。こんなとき、シン司令がいたら、きっとユウキさんの活躍を見たがるはずですよ」

【ユウキ】「シ、シンは関係ない」

【パトリオパッツィ】「シン司令?」

【ヴィクトリア】「ユウキさんのだーい好きなお兄さんです。ね?」

【ユウキ】「別にだーい好きなんて言ったことはない」

【パトリオパッツィ】「つまり、同じロット生産ってことか。ふーん」

【ユウキ】「なんだ?」

【パトリオパッツィ】「いや、仲がいいんだね、と」

【ヴィクトリア】「ユウキさん。想像してみてください。あなたの前にはいま、シン司令がいます。あなたが提督を説得するその瞬間を見守っています。シン司令ならこう言うでしょうね。『ユウキ。お前ならできる。信じている』って」

【ユウキ】「勝手に発言を捏造するな……言うと思うか?」

【ヴィクトリア】「それはもう」

【ユウキ】「……今回だけだぞ」

【ヴィクトリア】「さすがです」

【パトリオパッツィ】「次回はわたしがやろう」


 この直後、ユウキのツールを外した通信があった。


【パトリオパッツィ】「彼、ちょろいね」

【ヴィクトリア】「チョロチョロですよ」


 こうしてユウキが提督を予備役にしようとしていると――、


「今回はわたしは後方での予備戦力を務めよう」


 と、提督のほうから言ってきたのだ。


「は?」


「どうかしたかね?」


「いいのか? ここで待機だぞ? 見敵必戦できないんだぞ?」


「わたしも提督だからなぁ。たまには司令部勤務をする必要がある」


「そうか。……まあ、そっちが言うなら、別に問題はない」


 今回の仕事は割と簡単に済みそうだ、と思っていると、


「あのー、提督」


「なんですかな、リトル・レディ?」


「あそこに飛んでる戦艦は何ですか?」


「三隻ですから、艦隊と言ったほうがよいかと思います」


「では、言いなおしますね。コホン。あそこに飛んでる艦隊は何ですか?」


「あれはセント・ヴィンセント、コリンウッド、ヴァンガードですな、リトル・レディ。今回は新しい戦艦運用を考えました。火力プールです。あらかじめ戦艦を即応体制にしておいて戦闘区域の包囲航行を行い、前線からの要請があり次第、速やかな火力支援を行う。つまり、いつでもどこでも誰でも簡単に利用できるよう火力をプールしておくわけです。例を見せましょう。フレデリク」


 はい、旦那さま、とフレデリクはニスで仕上げた箱の上に受話器がかかっている野戦電話を銀のトレイの上に乗せて、持ってきた。


 それがジリリリリとベルを鳴らし、提督は電話に出ると、ふむふむ、とうなずき、了解した、と言って電話を切った。


 すると、セント・ヴィンセント級戦艦三隻が左舷の主砲を一斉に発射した。

 その爆音が地面と大気を震わせて、30.5センチ砲弾二十四発がシウダード・パンチのはるか上を飛び越して、その先にある山にぶつかった。


 ユウキはその有様を『この世の終わり』と呼び、パトリオパッツィは興行が失敗した劇を何もかもなかったことにするときに使えそうだといい、ヴィクトリアは、


「わたし、活火山マニアなんですよ」


 と、誰も得をしないが、誰も傷つかない嘘をついた。

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