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治癒魔法と龍神の娘の名

 





 「うわぁぁぁぁぁぁん!」





 「ひぃいい………!」





 「お、落ち着いてください殿下………!」





 サクリファイス大帝国・鍛錬場にて。

 鍛錬場は阿鼻叫喚だった。帝国お抱えの戦士達は至る所に倒れている。辛うじて意識のある戦士も泣きながら頭を垂れている。鍛錬場の真ん中で血だらけになりながら泣いている薄い紅銀の髪、紅い瞳の2人組。全員の視線の先には_____その2人よりも濃い紅銀の短髪、紅い瞳の男。




 頬や体の至る所にかすり傷や打撲が見られる。しかし男は気にもとめず冷めた瞳で泣き喚く2人を睨みつけていた。




 「…………みっともないな。ヤイバル、クシュス。先程の威勢はどこにいった?」



 「ひっぐ、……ラフェエルお兄様、ぼ、僕はヤイバルお兄様に………そ、そそのかされ………」




 「なっ、おいクシュス!お前裏切るのか!お前が言い出したんだろう!"ラフェエル兄上はどうせ死ぬんだからいらない"と!」






 「ヤイバルお兄様!それはあんまりです!」





 泣きながら喚く弟に男___ラフェエルは不愉快そうに顔を歪めた。



 どちらが悪いなど最初からどうでもよかったのだ。

 身体を動かしたい気分で、鍛錬場に来た。素振りをしていた時に弟2人が戦士たちを連れて乗り込んできたのだ。理由は明白だった。




 18歳を迎えたラフェエルは優秀すぎた。次期皇帝のヤイバルを差し置いて執務を行い、戦場で結果を残し、王族は勿論国民でさえもラフェエルを支持し始めた。それだけではなく"生贄"の役割もある故に自由に過ごしている。女も金も自由も名声も18歳という若さで手に入れたラフェエルを僻んで皇帝の目を盗み痛い目に合わせようとしたのだ。




 だが、結果的にラフェエルしか立っていない。全員を相手にしてもなお、彼は臆することはなかった。




 少し頭を捻れば分かることである。それすらもわからない馬鹿な弟達に嫌気が差す。



 ………とはいえ、やりすぎたやもしれん。父親は根っから第2皇太子であるヤイバルを溺愛している。見つかれば五月蝿い。罰は下されないだろうが小言を聞く気分にはなれなかった。





 ラフェエルは剣を収め、未だにダラダラと言い訳をする弟達に見向きもせず、倒れている戦士達を踏んで鍛錬場を出た。






 「フライ」





 ふわ、と身体が浮く。こういう時はアトランティスに行くのが1番だ。








 * * *




 「……………」






 アトランティス内部、螺旋階段を抜け、日差しのはいる通路を抜けた先に何故か備え付けられている噴水で水を飲む。さらさらと柔らかい水は冷たく、喉を潤す。




 水に口を付けた時、頬にかかって染みた。……ここも怪我をしていたか。



 自分の傷口に触れながら水面を見る。

 紅銀の髪、紅色の瞳。王族の誰よりも濃い色のそれらが憎らしい。





 「あと2年、か」




 ぽつり、と言葉を漏らす。

 つい最近まであと13年ある、なんて余裕を持っていたが、あっという間に2年になっていた。




 俺の生に何か意味があっただろうか。

 やった事と言えば自分が居なくなった後、無能なヤイバルが皇帝になった時、自由に出来ないようにする為の執務、率先され駆り出された戦場で人殺し。



 龍神は穢れた魂を好む。



 "穢れた"というものはどのような物を指すのだろうか。沢山の犠牲の上に立つ魂の事を指すのであれば、条件はクリアしてるだろう。半月後には再び戦場だ。2年先___タイムリミットまで戦場で過ごす。




 戦場で殺した兵士のように無残に自分も死ぬのだろう。




 笑えるな。滑稽な話だ。




 どうせ死ぬのであれば、龍神に話を聞こうと思うことなど___「や!」…!



 声がした。見ると___やはり黒髪黄金瞳の女。またいつものように脱走しようとしているのだろう……なんて思っていると女は目を見開いて駆け寄ってきた。





 「ちょっと!何その怪我!」




 「ッ!」



 「喧嘩でもしてきたの!?」





 女は俺に触れようとしてくるものだから、思わずその手を弾いた。触れるな。龍神の娘が、俺に。


 命を奪おうとする龍神の娘などに触れられたくない。




 女を睨みつけると、む、とむくれて無理やり俺の頬を両手で押さえた。



 「怪我してるのになんで強がるのさ!アンタまだ子供じゃない!」



 「なっ、………」




 温かい掌に包まれた頬。仄かに緑色の光を纏った女。治癒魔法………?治癒魔法は高等魔法だ。使える人間など帝国にもほとんど居ない。なのに、何故___?



 痛みが完全に引いた所で、女は聞いてきた。



 「……よし。痛いところ、ある?」



 「……」



 「なによ、またダンマリ?お礼くらい言いなさいよ」




 「……頼んでない」



 「可愛くないわね~イケメンの癖に、子供ね」



 「お前の方が餓鬼だろ、どうみたって」



 「何をぉ!これでも16歳なのに………って!初めて話しかけてくれた!嬉しい!」



 女はそう言って、嬉しそうに笑う。

 本当に意味がわからない。なんなんだこの女は。




 「ね、名前、名前教えてよ」



 「嫌だ」



 「私、アルティア!」



 「勝手に名乗るな」




 「いいじゃない!名乗りなさいよ!」




 「……嫌だ」



 「おねが___うわぁっ!」




 「ッ、……」



 俺は、自室にいた。いつも通りの転移魔法。もうすっかり慣れたはずなのに、心臓がいつもより五月蝿い。なんだこれは?治癒魔法になにか仕掛けが………





 ___アルティア。






 幼い頃、気にも止めていなかった名前が脳に刻まれてしまってしばらくの間不愉快だった。




















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