孤独を知った悪しき魔女
塔からの決死の脱出の後。
ルーナがフォルモントに提出した記録術式が込められた魔石が証拠となり、ソレイユは罪に問われた。
ソレイユの父であるライト侯爵は、娘の悪行に失望。
エーゲリア防衛隊にも、ルーナにも謝罪し、娘に罪を償うよう促したという。
ソレイユへの刑罰は、ルーナの希望もあり火刑などの命を脅かすようなものにはならなかった。
国外追放。
それはライト侯爵が望んだ刑罰であり、先日の爆破事件で顔に大きな火傷を負ったソレイユが、再出発するきっかけにもなるだろうという結論であった。
無実が判明したルーナは、釈放された。
アイゼンが地に額を擦り付ける勢いで謝罪に来たことには驚いたが、ルーナは誰も責めてなどいなかった。
これからもルーナはフォルモントと生きることができる。
それだけで、ルーナはこの事件の結末に納得していた。
だが、こうしてひとりで家に残されることには納得していない。
「……遅い」
もう日もすっかり暮れた深夜。
ルーナは部屋の隅で魔術書を抱えてふてくされていた。
フォルモントはソレイユを国境に連行することになっている騎士に、彼女を引き渡しに行くことになっており、3日前から出張中だ。
遅くなるかもしれないが今日帰ると彼は言っていた。
だが、これは遅すぎるのではないだろうか。
つま先をパタパタ揺らしながらルーナは溜息をこぼした。
「あたしのフォルを貸すのは今日だけよ、ソレイユ」
ふんっと鼻を鳴らして、魔術書に視線を落とす。
こんなにもひとりの時間を寂しいと感じたことなど、今までの人生であっただろうか。
そもそも寂しいと感じたこと自体、あまりなかったような気がする。
フォルモントと出会ってからというもの、ルーナは初めての経験ばかりさせられている。
こんなに優しくされることも初めてだし、誰かと一緒に住んだことだって記憶にはなかった。
抱きしめられるのも、キスをするのも、塔から飛び降りたのだって、全部ぜんぶ初めてだ。
そういえばフォルモントに出会ったころ、「寂しくはなかったのか?」と聞かれたことを思い出す。
本当に寂しくなんてなかったのだ。
ひとりでいることが当たり前だったから。
だが、今はどうだ。
彼が居なければ、魔術書ひとつにも集中できない。
もうルーナはフォルモントが居なければ生きていける気なんてしなかった。
彼の心臓をメンテナンスし、動かし続けているのは自分だというのに。
「……変なの」
くすっと笑って、ルーナは読書を続ける。
そうするうちにルーナは眠りにつき、夜は明けていた。
「ルゥ。ルゥ、起きろ」
「……ん? んぅ。おかえり」
「だいぶ前から帰ってたよ。それより、起きろって」
肩を揺さぶられて、ルーナは自分がいつの間にかベッドに寝かされていたことに気が付いた。
きっと夜中に帰ってきたフォルモントが、部屋の隅で寝こけているルーナを抱えてベッドに入れてくれたのだろう。
「もうちょっと……」
睡魔に負けて瞼を持ち上げられないルーナに、フォルモントが「だめ」と甘くも厳しい声をかけてくる。
いつもなら「しょうがない」と言って頭を撫でてくれるのに、なんだろう。
そろりと目を開けると、フォルモントがルーナの顔を覗きこんで微笑んでいた。
「今日、結婚式だぞ。忘れてたろ」
ぴゃっと起き上がったルーナは転がるように、カレンダーの前に向かう。
最近はメンテナンス日の目印である星マークもつけなくなったカレンダーには、大きなハートマークが書いてある日付がある。
まだかまだかと楽しみにしていたのに、昨日はフォルモントが長く家を空けていることに拗ねて日付をチェックし忘れていた。
研究に没頭すると日にちの経過が分からなくなるのは、いつものことだ。
こんな大事な日を忘れていたなんて、彼は怒っていないだろうか。
そろりとフォルモントを窺うと、手を腰に当てたフォルモントは微笑んでいた。
「……怒ってない?」
「怒ってない。顔にめちゃくちゃ楽しみって書いてあるから」
そんな恥ずかしいことになっているのか!
ルーナが慌てて両手で頬を抑えると、フォルモントはくっくと笑う。
テーブルの上には、もう朝食が準備されていた。
「さ、ルゥ。早く食べて教会に行こう。記録術式も忘れるなよ。オレ毎日見て、毎日泣くんだから」
「わ、わかってるわよ」
「ほんと、ルゥはオレが居ないとダメな子になってくれたなぁ」
机についたフォルモントが、嬉しそうに言う。
ルーナは否定しなかった。
ルーナはフォルモントが居なければ、もう生きてなどいけないのだ。
ルーナはジャムパンにかじりつく。
「あたしを拾ったのはあんたなんだから、最期まで責任もって面倒見なさいよね」
「もちろん」
微笑むフォルモントがルーナの頬についたジャムを指ですくった。
《完》