夜ふかし厳禁
この駅での待ち合わせの定番となっている時計台の前。
郁人はスマホをポケットから出しては画面を確認し、また仕舞い直す作業を何度もくりかえしていた。
時刻は午後2時。休日の喧騒としている駅前は、いつもの駅前と少し違った景色のようだ。平日と違い、スーツ姿のサラリーマンや制服の学生が少なく、私服の人ばかりで普段より鮮やかな色合いを見せている。
そんな駅前の違いなど気にするわけもなく、郁人はただただ手元のスマホを確認する作業に勤しんでいる。
「はぁ……」
ハの字眉に細めた目が大きなため息と一緒に見えた。彼が困っていることは傍から見ても明らかだった。
郁人は柄にもなくチッと小さく舌を打つ。
先ほどまで何度も確認していたスマホをポケットにいれると、駅の改札へ早足で向かった。
──
古いアンティーク調の掛け時計の針はすでに3時を指している。
そんな時刻を気にもせず花蓮は、薄いブルーと白を組み合わせた柔らかい生地の掛け布団にくるまりながら、スマホを片手に通話に夢中になっている。
『そろそろ眠いよ……』
「えっ!まだ3時だよ?夜更かしに付き合ってくれるって言ってたじゃーん」
『花蓮は本当にエネルギーがありあまってるね』
通話の向こうの摩耶は、苦笑いしたあとに大きなあくびをひとつかいた。
さすがに深夜3時になると、どんな若者でも多少は疲れが見えるはずなのだが、花蓮のテンションはまだまだ高く維持が続くらしい。そんなありあまるエネルギーの持つ花蓮との通話を、だらだらと付き合ってくれている普通の若者の摩耶は、そろそろ寝落ちしてしまいそうなゆっくりとした声で話しかける。
『明日は大丈夫なの?』
「だいじょーぶ!お昼からだし」
普段なら、こんな時間まで起きてて騒いでいると、花蓮は母親から注意されるのだが、今日は仕事の都合で数日間、日本帰ってきている父親に会いに行ってるので、この週末はひとりで留守番しているのだ。
「ふたりで本屋行くとかデートじゃん!寝坊なんてするわけないじゃん」
『花蓮ならそう言いつつ、思いっきり寝坊しそう』
摩耶はケタケタと笑いながら言う。摩耶からの一言で、花蓮は頬を膨らませて眉をひそめた。
「私はそんなドジなことしないし」
──
待ち合わせの時間をとっくに過ぎた夕方の4時。郁人は自分の用事を済ませ、自宅には戻らず花蓮の家に出向いていた。すやすやと寝ていた花蓮は突然のチャイムに驚き、現在の時間を確認するために携帯の画面を見た。数件の着信履歴と数件のメールが来ていることと、今の時間に絶望を抱いた。
「……はぁ?へっ?わ!マジで!?」
と、つぶやきながら手に取った携帯を勉強机に戻すと、窓際のカーテンを少し開いて、そっと玄関の様子をみた。その瞬間に二度目のチャイムが鳴る。花蓮はその音に驚き、肩が大きく上にあがり、体がビクッとしたことで手からカーテンが落ちていった。
そのカーテンの動きを、郁人は見逃さなかった。
二度目のチャイムにびっくりした花蓮。その驚きと同時に携帯が鳴り、想定外のアクシデントに、二重にも三重にも増して脳が混乱をおこしていた。
「は、はい!」
花蓮が家にいることを郁人は知っているのだろうか。彼女は寝起きの回らない頭で色々考えてみたが、そんなに簡単に状況は覆らないことを薄々気づいていた。
『話があるから玄関あけてくれ』
「あ、今、私ね」
『部屋の窓からこっち見てたろ。言い訳は後で聞くから玄関あけろって』
「……」
──
「で、どういうことなのか説明してくれないか」
──
寝起きで髪はぼさぼさで、パジャマ代わりの部屋着にパーカーを軽くはおっただけの、好きな人にはおよそ見せたくもない格好をしている花蓮は、自分の部屋で指示される前に床に正座をしていた。
「……んと、まあちょっと眠くて」
「成長期だし、眠いのはわかる。で?」
「……ごめんなさいっ」
郁人から放たれる重いオーラに耐えきれず、花蓮は普段より早く謝罪の言葉を口に出した。
「ごめんなさいは後で聞くから、事情を説明して」
その郁人の言葉から、花蓮は隠すことを諦めゆっくりと昨日の出来事を話しはじめた。切れ長のクールな目元から発する眼力には敵うわけもなく、花蓮は自分の手元をただただ見つめながら話すしかできていない。
「……摩耶ちゃんと通話か」
「……はい」
「ちゃんと寝ないと、約束の時間までに起きれないのわかってたんでしょ?」
「起きれると思ってたから……」
「実際はどうなってる?」
「寝坊した」
「はぁ」とひとつため息をつくと、郁人はその場を立ち上がり正座をしたままの花蓮の左腕をつかみ、有無を言わす暇なくベッドに誘導する。そのままベッド腰掛けると、郁人は膝の上に花蓮を腹ばいになるように乗せた。
花蓮は腹をくくったのか、いつものような反抗的な態度は見せず、郁人に身を任せおとなしく誘導に従う。
少しくぐもった打擲音が部屋に広がる。
一打一打、ゆっくりと落ちてくる手は、自らのミスを確認させられているようだった。さすがにパジャマの上から叩かれたところで、普段のお仕置きに比べれば痛くはない。
花蓮の我慢し噛み締めたままの吐息と、くぐもった打擲音だけが聞こえている。
この我慢は痛みではなく、羞恥心から来ている。
軽く叩かれているだけなので、頭が真っ白になって痛みに耐えているときと比べると、感覚がまるで違った。
「ごめんなさい」
軽く100回はこえたのだろうか、郁人も花蓮も数えていないので正確な回数はわからない。
一言も発しない郁人の表情は冷淡に見えた。一方花蓮はまだまだ耐えられる痛みの中、羞恥心を抑えきれなくなり、思わず謝罪の言葉を口にした。
「遅い」
まるでヒュッと風を切る音が聞こえそうな腕のしなりが、花蓮のお尻に降ってきた。
「……ったい」
「ああ、痛くした」
膝に乗せられてる花蓮には見て確認できるわけもなかったが、郁人がフフっと鼻で笑ったように聞こえた。
「抵抗もしなかったし、反省してるのかなと思って優しくしてたら『ごめんなさい』が全然でてこないからさ」
花蓮を膝の上に腹ばいにさせたまま、ポンポンとお尻を軽く叩きながら郁人は言った。
「……ごめんなさい。恥ずかしくて」
「素直に謝れないほうが恥ずかしいでしょ?」
「……はい」
「じゃあ仕上げな」
郁人はそう言うと、膝の上に乗せた花蓮の寝間着を下着ごと一気に下げた。
丸々とした花蓮のお尻は少し赤らんでいる。いつものお仕置きより優しいのは明らかだった。
振り上げた郁人の手は、そのまましなりを見せて花蓮のお尻に振り落とされる。
バシッと激しく肌がぶつかり合う音が部屋中に広がった。
「…ったい」
この恥ずかしい状況で、声を押し殺そうと心に決めていた花蓮だったが、現実は非情なもので結局我慢しきれず、小さい声が漏れた。
「我慢してろ」
そんな花蓮の気持ちを読み取っているのか、郁人はただ黙って耐えることを強制する。
ゆっくりと振り落とされる平手は、赤らむ花蓮のお尻をより赤く染めていく。バシッバシッと乾いた音だけが響き渡っている。
「……んっ……はぁ……はぁっ」
お尻に振り落とされる平手の回数が重なるごとに、花蓮の息遣いが荒くなっていくのがわかる。
20か30か、数えていない花蓮にはただ耐えるしかできず、逃げたいと思いながらも、小さくお尻を左右に振る程度の反抗が見えた。もちろんお尻に打ち下ろされる平手からは、逃げられるわけもなく、声を押し殺して我慢を続けている。
郁人が下ろす平手は、ゆっくりと花蓮のお尻をピンクから赤に染めていく。全体的に赤に統一してきたところで、郁人の手が止まった。
「終わり」
郁人の終わった宣言を聞いて、膝の上に腹ばいになっている花蓮はゆっくりと起き上がると、はあはあと息が上がっていた。
「ごめんなさい」
恥ずかしさと痛みで頭がいっぱいになっている花蓮の柔らかそうな頬は紅潮していた。
郁人は花蓮の頭を優しく撫でた。
さっきまで花蓮のお尻をきつく叩いていた手と、同じ手だとは思えない優しい触れ方だった。
「事故にあったのかとか、いろいろ心配したんだぞ」
「……ごめんなさい」
郁人は落ち込んだ様子の花蓮を両手で抱きしめた。抱き寄せられるとは思いもしなかった花蓮は、一瞬驚いた表情を見せたが、郁人の気持ちを返すように、ぐっと抱き返した。