【 おまけ : ウナギ 】
熊本で震度6を立て続けに食らった上田に……【勘違いなさらないでっ!】でもイラストをいただいた天満あこ様から、元気になるステキなイラストいただきました!!
ただ載せるには忍びない、と急きょ番外編更新!!
「ねぇ、人間のお嬢さん。いつ飽きられて捨てられるかわからないまま生きるなんて、とってもつまらないことだと思わない? 下界へ下りる手助けをしてあげるから、代わりにあたしをエキディシオン様のお側まで手引きしてちょうだいな。
ああ、なんだったらあたしを侍女として雇ってちょうだい。あとは自分でお近づきになるわ」
艶めかしい雰囲気を出す、豊満な胸を半分以上露わにした波打つ黒髪の美女。
だが、腰から下はぬるりとした鱗のない細長い体を持つ『ヘビ』――らしい。
また出たわね。
今日も庭の散策中、いつもの小さな泉の前を通りかかったら現れた。
「……あなたも懲りないわね」
「んふっ、あなたも折れないわね。家族が心配? 大丈夫よ。あたしがそんなことさせないから」
わたくしが冷めた目で見下ろしても、彼女は高慢そうに笑う。
「ずいぶんな自信ね」
「自信じゃないわ、確信よ。脆く弱い人間より、あたしの方が絶対にイイに決まっているわ!」
「あなたに会うのも何回目かしら」
「四回目よ。いい加減うなずきなさいな」
「あなたはどこから来たのよ」
「ふふ、教えない。教えたらあなたを下界についほ……じゃない、下ろせないもの」
ふぅーん、そう。
「……いいわ」
「あら! やっとうなずいたわね」
「違うわ。 あなたにチャンスをあげる、ということよ」
「チャンス?」
どういうことよ? と彼女が首を傾げる。
わたくしは「そうねぇ」と周りを見渡して、泉の近くに立つ大きな木を指さす。
「あの辺りで旦那様とお茶をするわ。あなたをそこに呼ぶわ」
「まあ!」
「その場で旦那様にあなたが名乗りを上げられたら――、そうね、侍女としてお屋敷に入れてあげるわ」
「約束よ!」
彼女はパッと目を輝かせ、うなずくわたくしを見てそわそわした面持ちで泉の中へと消えていった。
泉に広がる波紋を見て、わたくしは低く笑う。
――せいぜい頑張るといいわ。
☆☆☆
お茶会は数日のうちに開いた。
準備は整った。
わたくしは旦那様と手を繋いで泉へとやってくる。
テーブルの上には見慣れたティースタンドなどはない。今日のお茶会にはいらないの。
旦那様と席につき、マデリーン様からの贈り物をいただこうと思うと話すと、もちろん、とうなずいてくださった。
ああ、すてきな旦那様。
木漏れ日の中、いつもよりキラキラが増しているような気がします。
そんなすてきな旦那様を、この『計画』に賛同しているからと言って利用するわたくしをお許しください(もちろん『代償はもらうぞ』と艶やかな笑みで旦那様にノックアウトされたわたくしです)。
「あの、旦那様。実は……ご紹介したい方がいますの」
「ほぉ」
さあ、参りますわよ。
「出てきてくださいな」
わざとパンパンと手を叩いて呼びつける。
すぅっと泉から目を伏せ、一見恭しそうに姿を現した彼女は、ゆっくりと腰を折り旦那様一点を見つめて微笑む。
「お初にお目にかかります。わた……」
黙っている旦那様をいいことにさっそく自己紹介を始めたのだが、言葉途中で声が出なくなる。
ふふふ。気がついたわね。
目を見開いたまま、あるものを見て彼女は一気に青ざめた。
四角い陶器の中、パチパチと墨の爆ぜる音。
敷かれた網の上で焼かれるもの。
それは――ウナギのかば焼き。
甘辛いタレをハケで塗り、薫り高い最高級の墨で焼く。
わずかにちぢれていく皮から、余分な脂がしたたり、ジュッと焼けた墨に落ちる。
厚みのある身は蜂蜜を煮詰めたようにやや茶色がかった輝きを放ち、香ばしい香りを漂わせている。
「ほぉ、それか」
すでに彼女から目を離し、旦那様の興味はウナギにうつっている。
「はい。マデリーン様より贈られて参りました。人の世界では滋養に良いとされるものです。食べ方はいろいろありますが、わたくしはかば焼きが好きです」
「その横のものは?」
「ああ、一緒に焼いておりますのは――ウナギの骨です」
わざとらしく一拍置いて言えば、近くで「ひっ」と短い悲鳴が上がる。
とりあえず無視して説明を続ける。
「骨はカリカリに焼きます。そして揚げます。塩をまぶして食べると、とてもいいお酒のつまみになるのですわ」
「そうか。では茶はやめよう。酒を持て」
「はい」
恭しくオーマが頭を下げ、すぐに家人に指示を出す。
程なくお酒といい具合に焼けたウナギがテーブルの上に置かれた。
「串を持って食えばよいのだな」
「わたくしも真似しても?」
「かまわん」
では、と旦那様とわたくしはパクリとウナギにかぶりつく。
バシャン、と近くで(何かが倒れて)水の音がしたけど――やっぱり無視。
「うまいな。次を」
ウナギのかば焼きを気に入った旦那様は、次々に平らげていく。もちろんお酒も忘れない。
そのまましばらく旦那様と会話を楽しみながら過ごしていると、ふっと視界の隅にガタガタ震えてゆっくり後ずさって泉の中へ消えようとしている彼女を見つけた。
「ああ、そうですわ」
笑みをたたえてわたくしが目を向けると、彼女はビクッと大きく震えた。
「旦那様、実は……」
「オーマ、もうウナギはないのか?」
「はい、少々お待ちください。――新鮮なものを調達してまいりますので」
「!」
この世の終わりのように目を見開き、声にならない悲鳴をあげて彼女は泉の中へと急いで逃げてしまった。
大きな波紋が広がる泉から、わたくしはゆっくりと視線をオーマへとうつす。
「……オーマ、もう逃げられてしまったわ」
「大丈夫でございます。泉の下に開いておりました穴はふさいでおります」
「では彼女はこの泉に閉じ込められたの? 意地悪ね」
「今頃震えているでしょう」
いつものように微笑みを浮かべるオーマを見て、わたくしはウナギの骨を一つつまんで泉へと投げる。
しばらくすると静かな泉の下から、大量の泡と波紋が広がってきてざわめく。
「そのようね」
骨をつまんだ指を拭こうと手をさまよわせると、ふいに旦那様に手首を掴まれて引き寄せられる。
ペロリと味の付いた指を舐め、なぜか楽しげに目を細める。
「ミリア、そなたはおもしろいな」
「まあ、どこがですの?」
「あのような者など煩わしいばかりで、すぐに排除して終わりにしていたのだが。まさかこの様な余興にもっていくとはな」
掴んだわたくしの手をそのままご自分の頬に当てて、愛おしそうに頬ずりする。
「オーマより先にわたくしが見つけたことと、マデリーン様からお手紙でウナギの贈り物があるとわかっていたからできた余興ですわ」
ねえ? とオーマに視線を流すと、オーマは深く頭を下げる。
「ミリア様の御前にあのような者が現れるような事態を招き、心からお詫びいたします」
「いいのよ。でも、あなたに報告した時のあの時の顔! 冷静沈着なあなたの目が狼狽えたのは見ごたえがあったわ」
「……恐れ入ります」
「それに、彼女が『ヘビ』ではなく『ウナギ』だと教えてもらったし。確かに鱗のないヘビなんて知りませんもの」
それに水の中で呼吸できるって、それ間違いなくヘビじゃないわ。
オーマに聞いたら、ドラゴン以外にも魔力が強い生き物は人化できるようになり、感情と知性を持つことができるようになるらしい。
「ミリアを迎えたことで勘違いが多いな。いっそ表門を閉めるか」
表門、とはこのお屋敷を裏として広い庭を挟んだ先にある、旦那様の神気があふれる広場のこと。そこでは旦那様を崇める信者(主にドラゴン)が集い、友好を深める場となっているらしい。
「いけませんわ、旦那様。表門はほかの神様方との取り決めで開かれておられるのでしょう? それに、わたくしを害そうとするものは、旦那様の結界ではじかれますもの。まあ、今回の彼女のように言い寄るだけならいくらでも対処方法はございますし」
「そなたは強い。そしておもしろいな。さすがわたしのミリア」
「ふふふ。わたくしもお慕いしておりますわ、旦那様」
幸せそうに微笑むわたくし達。
その光景を見て、オーマをはじめとする家人一同は思った。
ミリア様は、きっとこれからも『おもしろい日々』を主に提供してくれるだろう――と。
読んでいただきありがとうございます。
また、上田への励ましやご心配のメッセージありがとうございます。
スーパーにウナギが並んでました。
ええ、きっかけはそんなもんです。
わたしの被災状況は【勘違いなさらないでっ!】57話のあとがきに書かせていただきました。
うふふ、昨日朝からとっても気になる雲があってみんなで情報交換してたら……また震度3がぶり返してました。阿蘇山噴火しないでね。あなたが噴火すると……すっごい困るから!!
熊本は元気だぞぉおおお!!
建築、電気、瓦屋さんたちマジで深夜まで仕事中!!
休みなしで本気で復興してます!!
前震と本震の時間帯が夜だったから死者の数があれだけで済んだんです。
もし12時間ずれていたら、本気ですごいことになっていました。
大型ショッピングモールは軒並み店内、店外、立体駐車場の屋根は崩れ落ちてます。
一階がつぶれたビルもあります。
まだまだボランティア様は必要ですし、たくさんの人とお金と時間がかかります。
でも、熊本は元気ですよ!
爪跡はあるけどたくましいですよ!
がまだせ、熊本! がんばるばい!!
最後に、ステキなイラストで上田を励ましてくださった天満あこ様、本当にありがとうございます。
天満あこ様HP http://kenzo.gozaru.jp/ten-ten.html
上田リサ