嵐のなか、ドン亀乗りたちは笑う
潜水艦は、海中の浅い所まで浮き上がり、潜望鏡の鉄柱だけが海面を割っていた。艦長は潜望鏡を覗いて、海上の様子を確かめている。
聴音員の班長は、緊張してレシーバーに意識を集中させている。となりの若い聴音員は、水深が浅いところまできたら、雑音と思っていた音が、大きくなってきたことに気付いた。
艦長は潜望鏡の取っ手を戻して「潜望鏡おろせ」と先任将校に言う。電動方式の装置が作動し、きりきりとワイヤーを巻き上げて、海上に突き出していた鉄柱が艦橋に収納された。
聴音室に向かって艦長は明るく声をかけた。
「敵の音はないな」
「ありません」
班長は、となりの聴音員と目を合わせ、頷き合ってから答えた。
「浮き上がれ。メンタンクブロー。非番の者は洗面道具用意。ひとっ風呂浴びるとしようや」
スピーカーから発せられた艦長の言葉で艦内が沸き立った。乗組員のベットで横になっていた者や食堂で休んでいた者たちは弾けるように動き回り、私物の中から洗面道具を取り出して、われ先にと甲板のハッチに通じるラッタルの下に群がった。
気蓄気から、高圧空気がメインタンクに送り込まれて、艦の腹下の弁から海水が吐き出される。荒い海流にもまれながらも、鋼鉄の巨体は上昇を始めた。
艦は外装を軋ませ、艦首をもたげて海から顔を出すと、舳先を空に突き立てる。その老体を海面に叩きつけ、艦は水平を取り戻した。
外はどしゃ降りの大雨だった。スコールである。ハッチが開くと、男たちが次々と甲板に這い上がった。
駆動力源が、モーターからディーゼルエンジンに切り替わると、艦尾方向から煙が漏れて排気臭かった。だが、全身に打ち付ける冷たい雨粒が、火照った身体を冷やし、不潔な肌を清めてくれたので文句はない。すぐ近くの者の声もはっきり聞き取れないほどの大雨で、どの方向を見ても晴れ間は見出せなかった。
男たちが、ほとんど全裸の状態で、体中泡まみれになっていた。完全に全裸になっている者もいる。
艦長も、例の如く裸同然で、機銃座の前で身体を清めている。下着をすべて脱ぎ捨て、艦橋の天蓋に上って仁王立ちになると、甲板上で笑い声が起こった。
嵐の中で咲いた、船乗りたちの髭面の笑みは、荒々しく、また、清々しく見えた。