エスカルゴの角
その戦場は「エスカルゴの角」と呼ばれていた。
私がひきいる戦車中隊は援軍として「角」の先端に送り込まれたのだ。
なぜ、「エスカルゴの角」なのか――。
それは目まぐるしく変化するこの地域の戦況からきている。
敵の勢力圏に突き出た我が軍の占領域は一進一退の攻防が繰り広げられていた。
拠点を攻撃され、奪い返し、また攻められるの繰り返し。絶えず伸び縮みする戦域にちなみ、その名がつけられた。
そして今回も敵の侵攻を受けた味方の救援に駆けつけたというわけだ。
ところが――。
「すでに全滅した後、とはな」
覗き窓から黒煙を吐く戦車が見える。時は既に遅し。味方すべてスクラップと化していた。
「いまさらなんですか、もう敵は討ったでしょ」
装填手が両手の平を上を軽くあげて軽口をたたく。丘陵の向こう、いくつかの車両が火を吹いていた。今しがた我々がしとめた敵の戦車部隊である。
「そうだな。敵の数はいくつだった?」
「撃破10両、うち2両、同士討ち」
必要最低限しか口を開かない血混の男。褐色の砲手が答える。
数が数だけに、敵がそれなりの攻勢に出たことは明らかだが――。
「こっちは六両だぞ。数は向こうの方が上だ。とんだ素人集団だったわけだ」
つまり「角」の先端は重要ではないのか。
友軍と合流したときに開封する大きめの封筒を手に取る。作戦指示書を抜き出して目を走らせた。
エンジンは火を落としている。
車内には二一歳で操縦手の下手くそな口笛だけが響いている。
「なにニヤついてるんですか。気持ち悪いですね」
書類に目を通し終えたとき機銃手の男が振り向き様に言う。
この命令書を差し出した司令官の顔を思い出していたのだ。
いくすじも走る皺。真っ白い髭が生い茂る下顎。それらを歪ませて微笑んでいた将軍の顔を。その記憶につられて、今、私も笑う。
「敵の意図がわかった」
「どういうことです」
「敵は「角」を根元から断ち切る腹だ。それを察知した味方本隊は一時後退、将軍は「角」の根元を敵に明け渡すつもりらしい」
「……したら、俺たちゃ孤立しますよ」
機銃手の顔は不満と恐怖を示していた。
「まあ聞け、これからだ。今ごろ敵は攻め込んで、味方は撤退した後だ。たしかに我々の背後は絶たれているが……」
「敵の前、本隊いる。敵の後ろ、俺たちいる」
「その通りよ」
片言砲手の鉄兜を軽く叩く。
――挟み撃ち。
車内を複雑な空気が満たした。
熱いような、冷めたような。また、まだ理解していない者もいた。
将軍が下した命令とその作戦を完全に理解した私は、無線機のマイクを握る。
そして中隊の全車両への通信を開いた。
「応答しやがれ、ろくでなしども」
思い思いに返信が返ってくる。
「おおよそな敵の動きがわかった、回りは敵だらけだぜ。これより我々は反転し退却する、「角」の根っこに寝っ転がって通せん坊してる敵さんに風穴あけてやるのだ」
高い声が砲塔内で反響する。
「将軍の手勢と我々で敵を挟撃する。いいか、この戦いに勝利して合流することができれば英雄だ。突破できなければ死ぬだけだ」
ひとつ息をつき、次には低い声で言う。
「死ぬ覚悟はあるか」
「当然」
車長たちの音声と、車内の全員の声が重なる。
これは、私の中隊の合言葉であった。
「それが、誇りたかい戦士の証明だ」
操縦手がエンジンを始動させる。振動と駆動音が溢れて申し合わせたように全車両の排気管から黒煙が吹き出す。
ハッチを開けて身を乗り出すと、それぞれ林に隠れている味方の戦車を見渡した。
「転進! 航空機に注意しろ!」
土を巻き上げて反転。
一路、「エスカルゴの角」の根元に急行する。
素人軍団を刺客に送ったことを敵は後悔するのだ。
急がなければならない。将軍の作戦は同時に攻撃することであり、その日時は休みなしで行軍してもギリギリなタイミングであった。
我々の援軍がもっと速く、味方を助けることができれば心強い戦力となっていただけに、全滅させてしまったことが悔やまれた。




