騎将の「空」の槍騎兵
天空の神が用意した雲海の坪庭。
そこに、二人の飛行兵が迷い混んだ。
直線的で攻撃的な外観の機体は、第三帝国の競走馬。空中での戦闘を第一に考えたられた武骨な槍騎兵。
一方、こちらは対照的で、曲線を多く用いた優美なシルエット。美しく、気高い大英帝国の騎将が駈る空の軍馬だった。
槍騎兵は追いかけられている。彼が英国の空から帰還できる見込みは潰えた。燃料が足りない。それでも、後ろに食い付く敵機は追従の手を緩めない。
だが槍騎兵にとって、それは望むところだった。彼にとって帝国空軍の誇りと意地だとか、連合軍爆撃機に爆死させられた婚約者の復讐などはどうでもよいことだった。目の前にいる敵を倒す。それだけだ。操縦桿を引く。後ろから光が走る。衝撃。エンジンには異常なし。だがどこかに当たった。
操縦桿を右に倒す。右に旋回すると見せかけてそのまま一回横転。左に旋回。そんな子供だましは通用しないとでも言うように、いとも簡単に後ろにつかれた。
相手は撃たない。撃つときだって一瞬だ。アイツは上手い、と槍騎兵は笑って見せる。相手に不足はない。
スロットル全開。全身が置いていかれるような加速感。ターボの白昼を突ん裂く吸気音。それが二つ。横に並ぶ。互角だった。
血液が沸騰するようだ、この感じ、この感じだ、彼は天を睨みながら歯を見せて笑う。まわりは、彼の事を哀れんだ。戦火で散った若い命、残された彼。それから彼は「悲劇の復讐のヒーロー」に祭り上げられた。あんな下らない女など俺には関係ない、それが彼の本音。最低な男かもしれない。だが、それを本人もしっかりと自覚している。彼は勝負だけを欲した。勝利を欲した。空で最高の強さを欲した、それだけなのだ。
背面の上昇から横転して水平をとる。後方を確認。敵将は左後ろ。絶対有利な攻撃的位置を狙っているのだ。それまで決して撃たない。計器を確認。異常なし。先程の命中弾は致命傷にはなっていないようだ。だがかなり攻撃を受けている。油断は出来ない。多分、機体の限界は近い。
雲の城壁に沿うように全速で飛んだ。相変わらず左を取られている。そこで、目の前に白い水蒸気の壁が張り出している所に気付く。これだ。雲の砦が近づく。このまま飛べばこちらだけが雲に入り、敵機はすぐとなりの空を切るだけ。雲を突き抜けてまた合流する機動だった。
城壁の壁に敵機が消えた。桿を引く。主翼の後ろに薄く水蒸気が溜め込まれ、翼端から引かれた二本の飛行機雲が空に伸びてきえた。ほとんど直角。上昇する。さながら跳ね馬のようだ。
十分高度を取って背面飛行する。雲を裂いて現れるはずの相手が見えないことに敵将は動揺しているだろうか。下を見上げて様子を窺う。パイロットの頭があちこちを見ている。見失っているか。相手も背面に入れた。急降下して逃げたと思ったのか。
バカめ、と彼は呟く。
急降下、勝負あった。
相手が背面飛行から復帰して、こちらを見た。驚いている。もう遅い。
照準、キャノピー。短く機銃の釦を押した。ボクシングのワンツーのように機銃弾が叩き込まれ、キャノピーに蜘蛛の巣をはしらせ、内側に赤が氾濫する。
すれ違った。俺の勝ちだ、冷たい瞳が敵機を睨む。敵戦闘機は、高価で美しい棺に変わった。それは揺りかごのようにゆっくりと沈んで行く。綺麗なものだった。英国の戦闘機には、そんな機能も付いているのか、と彼が思ったほどに。冷酷な彼ですら思わずその棺に向かって十字をきる。
それは、油断だろうか。
また戦争が彼を襲う。
雲の箱庭の天上から、影が三つ。大きくなる。翼とプロペラの唸りが響く。彼は急いで操縦桿を握った。が遅かった。火の粉の束が彼の機体を襲う。衝撃、出火、爆発。プロペラは回転を止めた。彼の心臓も同様に。それでも攻撃は続く。黒煙を引いて螺旋状に降りていく競走馬に三機の軍馬は猛攻を加えた。
そして鉄の残骸が空に散った。
三機は次の獲物を探しに雲の下へと消える。
勝者は撃ち落とされ、粉々となった。
敗者は美しい棺の内であの世に降りて行った。
こうして、二人の飛行兵の記憶は失われたのだ。




