艦長の傷
米海軍空母の艦長は、艦内の自室で目をさました。気を失う直前のことを嫌でも思い出す。
ブリッジに急降下してくる戦闘機。あれは日本海軍のゼロ戦だった。間一髪で直撃は避けられたが、艦上建造物に主翼が接触して濃緑色の破片が甲板に突き刺さり、ガラスを割り、この艦長の左頬に傷を負わせた。
艦長は傷跡を被うガーゼに手をそえてみた。熱い、その手には朱色の自分の血がつく。肌が白い私でも血の色は赤いのだということを、今更ながら実感していた。
あの男も――。
艦長は口にだして呟く。戦闘機に乗っていたパイロットを思い出す。艦長は見てしまったのだ、急降下するゼロ戦のコクピットの中からこちらを凝視する黒く力強い瞳を。彼にもまた、同じ色の血が流れているのだ。
戦前に読んだ本で、ある日本の物語を艦長は知っている。日本の封建時代、悪い権力者に煮え湯を飲まされた地方士族の領主が、命を捨てて権力者の額に刃で斬りつけるのだ。その傷は深く、消えることはなかったという。
人が命を賭けて刻み付けた傷は、決して消えることはないのだ。
誇り高き日本のサムライよ、君の死は無駄ではない。
私は忘れまい、その渾身の一撃を。艦長は心のうちにパイロットの顔を焼き付ける。
だが、二度目はない。あのパイロットの死を無駄にしないために、あのような体当たり攻撃を許すわけにはいかないのだ。この記憶と傷の痛みは艦長に新たな防御方法の立案を要求している。
失敗から学ばねば何から学ぶというのだ。兵器。戦術。人間の思考。戦争はすべてを急成長させる。戦況は常に変化し、すべてに改善を要求する。戦争は強い者が勝利するのではない。進歩を怠った方が敗者となるのだ。




