火女桜本部1 賢聖絶
正午を過ぎた時刻に起きた趙炎は身支度を整えると 昨日乗って来た船に再び乗船する
行き先に戸惑いの顔を漏らしている船長に無理も無いと思う趙炎は
ずっと海を見つめて考え事に耽ながら火女桜へと向かった
漢の国のギャングと恐れられる火女桜は七大国という表向けの組織とは逆に
裏の世界を統制する反社会組織の一つだ
世間からは良い評判を持たないものの
実質面倒事や不都合な事に関してはこれほど便利な団体はない
よって領界内に本部を立てようとも堅気に迷惑を掛けなければ
大国側の人間も黙認せざるを得ないのだ
火女桜と漢の国との繋がりは良くも悪くも利益を出し合っているのが今のシステムと化している
火女桜の領地に着く頃には夜が更けていた
恐怖で震える船長と共に陸地に降りた趙炎にさっそく迎えの者がやってくる
「お待ちしておりやした ささっ!! カシラが中でお待ちです」
案内されるがまま島の中央まで歩かされる
大きな門の奥には大人数の組員が道の両端に その奥には妖雷が
「遅かったな…… 趙炎」
「少し仮眠を取ってましたので……」
「フン…… 仕事になると目付きが変わるな…… そう警戒すんなや」
趙炎の肩を叩き 中へと入る妖雷に趙炎は付いていく
何本もの赤い柱が見える廊下を進むと 趙炎は気になる部屋の前で足を止めた
「あれって……」
そこには目の前に広がる巨大な氷の彫刻が置かれている部屋だった
手前にいるのはその彫刻を見て狂った様に笑う妖刹の姿
「お久しぶりです 妖刹さん」
「ん~~…… んぁ? ちょ~~~えんじゃないか~~ なんでここに?」
「一応用事で……」
妖刹は近づいてくるなり趙炎の身体を隅々まで見入る
そんな妖刹の首を妖雷が鷲掴みして無理やり引き離した
「何すんだ兄弟?」
「お前こそいつまで彫ってんだ妖刹」
「芸術ってのは一瞬で消えるんだ…… 発想がモリモリ湧いてる時に彫らねぇとな!!」
「ハァ…… 下の者に示し付かねぇぞ」
呆れて頭を掻く妖雷に妖刹は笑いながら背中を叩いていた
こんなやりとりを前にも見ている趙炎は特に何も抱かなかったが
「妖雷さんそろそろ……」
「あ…… あぁ」
妖雷と趙炎が部屋を出ると 妖刹は再び氷と睨み合って集中していた
「相変わらずですね…… あの人は」
「まったく…… 趣味にあそこまで没頭すんのかよ……」
これからの火女桜を背負う
自分の背中を任せるようになる若頭補佐である妖刹の今の姿に 妖雷は日々頭を悩ませていた
歩く度に人気が少なくなり 気が付けば二人は中庭の大きな蔵の前に立っている
「ここは?」
「話の続きだ…… 入れ」
妖雷は鍵を取り出して扉を開ける
中に入ると見渡す限りの書物が全ての棚にぎっしりと詰め込まれている
趙炎が驚いていると 複数ある中の一つの棚の中にある一冊の本を掴んで魔力を流す妖雷
さらに自分達の足場が連動して床が動き 地下へと続く階段が現れた
「隠し通路?」
地下の奥へと進めば小部屋へと辿り着く
「ここは?」
「話の続きがある場所だ」
「え?」
妖雷は椅子に座り 机に置かれていたボロボロの本を手に取る
「あの時最初に言った〝賢聖絶〟ってのは
お前が無駄な物語だとも思ってるメフィアファウストの伝説に出てきたファウストス本人のことだ」
「……まぁ薄々はそうじゃないかと思ってました」
本を捲り そのページを趙炎に見せる
「この本は俺達の組織 つまり火女桜の初代会長マーロウ・ファウストスが遺した日記だ」
「日記…… いやその前にファウストスって……」
「そうだ 俺達の火女桜という組織を立ち上げた創設者マーロウ
あの物語に出てくるヴォルフガングの息子に当たるってことだ」
突然言われたことに趙炎は混乱するが その前に理屈に合わない疑問点に気付いた
「待って下さい…… 確かあの物語の最後には既に息子が居るって……
ヴォルフガングは永寿の力を与えられたのは聞いたけど
何で息子まで百年以上も生きてるんですか?」
「受け継がれたとここには誌されてある 悲愴な文章で書かれてるがな」
「えっ……」
「いいからまず自分でこの日記を全部読め!」
聞いててばかりで何の解決にもならない趙炎は日記を受け取り その場で読み始めた
〝 これは私が事を成し終えた後に書いたものだ
丁度四十手前の歳を迎えた朝にその異和感は次第に恐怖を生んだ
実年齢に伴った肌はしておらず 若々しいそれは青年の時期と変わらなかった
私は父に問い詰めた 当然だ
人間に数えれば既に傘寿を越えた父の姿は赤子だったときに見たそれと健在なのだから
母は私を生んで他界したと後に父から初めて教えてもらった
大凡この不思議な現象の真実も父が知っているだろうと根拠の無い確信を抱き
しかし私とほぼ見た目が変わらない父は何も教えてくれなかった
聞いては離れ 去り際に見せた彼の罪を背負った顔はどことなく普通ではない
人は長く生きると麻痺が生じる ヒト本来の寿命を疾うに全うし
気付けば父と共に二百年を過ごしていた 我慢の限界だった
私は問い詰めて問い詰めてようやく真実を聞いた
いつぞよやに読んだことのある童話とほぼ同じ事を話した彼に私は初めて親に怒りを感じた
子供扱いしているのかと 調べようの無い空想の出来事を語られて私は奴を殴った
そして奴は殴り返して来て私に言った
〝 今話した事は紛れもない真実だ 〟
それからの百年 奴について調べに調べた
世界を旅してとある発展したての団体で聞いたその言葉が始まりだった
〝 賢聖絶 〟と〝 奴に永寿を与えた存在 〟
賢聖絶とは 神に聖別・選別された呪われた者を指すと言う
己を捨てた己の肉体は神の所有物となり
団体の人間曰くその者その時点で物と例えられる空の器となり
〝我等が崇める人類の救世主の一人〟として私の父は崇められた
正直吐き気がして仕方なかった
旅を続けると賢族と呼ばれる人達に出会った 正直救われた
彼等は奴等の言っていた救世主を裏切者と言い張った
そして父に永寿を与えた存在の名を教えてくれた その名は〝 憤度に寝返た神 〟
かつて賢族に力を与えた神と共に滅ぼした筈だと賢族は嘆いていた
私は彼ら賢族と共に父の下へと向かった
故郷である楽園から遥か東の孤島へ追い詰められた父はその時初めて人間の顔を私に見せた
私はその素顔に情は抱かなかったが動揺してしまった
この日記を書いているときには後悔を覚えてしまっている
こうして裏切りの賢聖絶ヴォルフガングをその孤島に二つの賢族の尽力もあって封印
お礼として片方の賢族には楽園を与えた
私に至っては旅を続けることにした 内心実の父親を敵対視してしまったのだから
これで良かったのかと自分に問いかける旅だった
裏切者を崇拝する団体が気になったので目的としてはその実態を調べようとしたが
全てを知る事は叶わなかった
奴等は〝救世主の一人〟と言っていた おそらくだが父に取り憑いた存在だけではないのだろう
力がいると分かった私も組織を結成して来る時に備えて蓄えた
団体の名は何がいいだろうか 【火女桜】
父を封印した途端にその孤島に咲き始めた まるで燃えるような赤い花が枯れ木に咲き
元々その孤島の木々に桃色に咲くサクラに似ていたことから赤桜と名づけられた
どこかで父親としてではなく一人の人間として恐怖を覚えていた父親を見ているかのような赤桜
思い出が無く ただ優しくて温かいという印象しかなかった母親を見ているかのようなサクラ
まったくかけ離れた色でも統一されているかのような 敵対ではなくとても仲の良さそうな
今では誰にも聞けない両親の思い出 失って初めて思うモノがある
追記
最後の文から数年後に彼は寿命でこの世を去った
父ヴォルフガング・ファウストスに与えられた永寿の力を受け継いだものとばかり認識していたのか
死ぬ間際の会長の心中は常人には理解しえない程のものだっただろう
死ぬ寸前に会長はおっしゃられていた
〝 定められた寿命があるから人は生き方を見つけられる
永寿を手に入れたのなら見つける必要は無い
何故なら生涯を終わらせない限り全ての生き方を実行することが可能なのだ
私は不幸だ 生まれた時点で前者でもなければ後者でもないのだから
人はどんなに辛い苦行をも耐えて 生まれてきて良かったと言える選択があるというのに
私には生まれてきた事を後悔するしかないのか 〟
一寸先にでも手を伸ばそうとする会長を看取る側としては
とても耐えられるものではありませんでした
彼の生涯は数奇ながらも怪奇で酷な人生だと思います
どうか私の父であり尊敬できる彼の生き様を糧として
彼のような人間の心を持った人間が現れ続けることを祈ります
ホムンクルス・ピグミー 〟




