動きだす時間
ルシアは俯いたまま、ぎゅっと侍女服の裾を握る。
しばらくして、カイルがふと思い出したように口を開いた。
「……ルシア」
「はい」
「明日も、ここに来られる?」
「……明日、ですか?」
ルシアが顔を上げる。
カイルは穏やかに頷いた。
「うん。もし仕事が終わったあと、時間があれば」
少しだけ間を置いて、カイルが続ける。
「交換日記……次はルシアの番だから」
「あ……」
ルシアは目を瞬いた。
すっかり忘れていたわけではない。
けれど、あの日から中庭へ行かなくなって、交換日記もそのままになっていた。
ルシアの手元には、まだ続きが書かれていない日記があった。
「……」
ルシアは迷った。
明日もここへ来る。
またカイルと会う。
それは嬉しい。
けれど、以前のように接していいのか、まだ少し怖かった。
そんなルシアの迷いを感じ取ったのか、カイルは急かさなかった。
ただ静かに返事を待っている。
やがてルシアは、小さく息を吸った。
「……はい」
かすかな声だった。
けれど、確かな返事だった。
カイルの表情が柔らかくなる。
「よかった」
「……ちゃんと、日記を書いてきます」
「うん。楽しみにしてる」
その言葉に、ルシアは少しだけ笑った。
以前と同じように。
ほんの少しだけ――二人の間に、昔の空気が戻ってきた。
「それじゃあ、明日」
「……はい」
ルシアは一度だけカイルを見つめる。
「……また明日、カイル様」
「うん。また明日、ルシア」




