小さな失敗
その日の午後。
仕事を終えたルシアは、いつもの中庭へ向かっていた。
けれど、いつもなら足取り軽くやってくるはずのルシアが、今日は俯いたままだった。
木の根元で本を読んでいたカイルが顔を上げる。
「ルシア、こんにちは」
「……こんにちは、カイルさん」
声も少し小さい。
カイルは本を閉じた。
「どうしたの?」
「……今日、仕事で失敗しちゃって」
ルシアは隣に座った。
「私の確認が足りなくて、届けるはずだった書類を間違えて別のところに持っていっちゃったんです」
「それで?」
「すぐに気づいて戻したんですけど……」
ルシアは膝の上で手をぎゅっと握る。
「周りの人にも迷惑をかけちゃって。自分ではちゃんとやっているつもりだったのに……」
普段なら失敗しても笑って、「次は気をつけます」と切り替えるルシア。
今日は珍しく、その顔に元気がなかった。
「私、侍女に向いてないのかな……」
カイルは少し黙ってルシアを見る。
そして、穏やかな声で言った。
「一回失敗しただけで、向いてないことにはならないよ」
「……でも」
「僕だって失敗するよ」
「カイルさんが?」
「するよ」
「庭師なのに?」
「庭師でも失敗するよ」
ルシアは少しだけ顔を上げた。
「……本当に?」
「うん。枝を切りすぎたり、植える場所を間違えたり」
「ふふ……」
ほんの少しだけ、ルシアの口元が緩む。
カイルはそれを見て、安心したように微笑んだ。
「失敗したことより、ちゃんと間違いに気づいて直したことのほうが大事だと思う」
「……そうでしょうか」
「うん」
カイルは木の葉を見上げる。
「今日のことを覚えていれば、次は同じ失敗をしないかもしれないし」
「……はい」
「だから、今日はもう少しここで休んでいけばいいよ」
「でも、仕事が……」
「もう終わったんでしょう?」
「……はい」
「じゃあ、休もう」
ルシアはしばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
「……カイルさんといると、少し気持ちが軽くなります」
「それならよかった」
ルシアは木陰に背を預ける。
「今日は本当に落ち込んでたんです」
「うん。見ればわかるよ」
「そんなに顔に出てました?」
「かなり」
「……恥ずかしいです」
「僕しかいないから、いいんじゃないかな」
「……それもそうですね」
ルシアはようやく、いつものように笑った。
静かな中庭に、二人の穏やかな時間が戻っていった。




