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第53話 守り神の名前

 さて、どう対応したものか。最後に残ったってことは、おそらくもっとも高貴な立場の二人だ。エステラの王子と王女なのだと思うが、素性を知っていると不自然だろうか。


 一般庶民じゃないのは見てわかるから、貴族の子弟と思って扱うくらいでいいか。実のところ、その貴族子弟への扱いがわからないんだが。丁寧に接すれば問題ない……よな?


 こういうのは苦手だ。レンは……エルフが顔を出すとまた話がややこしくなるか。大人数で囲むと威圧感を与えることになるし、村長の俺が対応すべきなんだろうなぁ。


「えー……高貴な方とお見受けします。エステラの落ち延びて来られたのですか?」


 穴の縁から、見下ろす形で呼びかける。王子と王女相手に無礼な振る舞いだが、この場は勘弁してもらいたい。引きあげたところで暴れられたら困ることになるので、まずはお互いの素性をすり合わせておきたい。


「……それを聞いてどうする? 外の兵たちはどうなったのだ」


 答えたのは王子の方だ。警戒しているのがありありと伝わってくる。こちらでの基準でもまだ成人前だろうにしっかりしてるな。


「ここらにいた兵は排除しました。連中の様子から見て、あなたたちの護衛ではありませんよね?」

「……ああ、そうだ」


 敵を排除したと伝えても、王子の表情は険しいままだ。まぁ、こっちの素性はわからないだろうからな。


「何故、兵たちを排除した?」


 何故?


 ああ、そうか。普通の村人は、兵を見たからと言って襲いかかったりしないものな。もしかして、野盗か何かと思われているのか?


「この先に我々の隠れ里があります。住人の多くは獣人で……ハリム王が獣人から人と認めないという布告を出したのはご存知ですか?」

「ああ、聞いている」


 王子の雰囲気が少し柔らかくなった。


「つまり、ハリムから逃れてきた獣人たちが暮らす里ということか?」

「全員ではありませんが、大半はそうですね」

「……あなたは違うようですね?」


 お。王女の方も喋った。でも、まだ完全に警戒を解いたわけじゃなさそうだな。


「そうですね。もともと私が住んでいたところに彼らが合流する形になったので、私が代表のような立場になっています」


 と言葉で話すよりも、実際に姿を見せたほうがいいだろう。論より証拠だ。


「おーい、ファンガ」

「おう、なんだい。旦那」

「ちょっとした顔見せだよ。こちらのファンガが獣人のまとめ役みたいなものですね」


 そう言って、ファンガを穴の縁に立たせる。すると、途端に慌てはじめた。


「か、勘弁してくれよ、旦那。俺がそういうのが苦手だって知ってるだろ! 王族相手に何を話せってんだよ」


 おっと。無理矢理話させた俺も悪いが、テンパりすぎだ。こちらが素性を知っていることは伏せていたのに。まぁ、ファンガには言ってなかったのだから、仕方がないか。


「何故、私たちが王族だと?」


 聞き逃さなかったようで、王子から質問が飛ぶ。しかし、思ったほど警戒された様子はないな。単純に疑問に思っているようだ。


 さて、どう説明するか。情勢と服装である程度予想はつくと言ってもいいが、こんな森の中で情勢に詳しいのも不自然だよな。


 うーん……ここは正直に話そう。信じるかどうかは個人の自由だ。


「信じられるかどうかわかりませんが、お告げがありまして」

「お告げ?」

「ええ。女神のような存在から。ファンガ……ええと、こちらの男も女神のお告げを聞いてこちらに来たらしく」

「あ、え、ハイ。聞いたのは俺じゃねぇ……ですけど」


 ファンガの言葉遣いがだいぶ怪しい。だが、王子も王女も気にした様子はない。それよりも、“女神”という言葉に興味を持ったようだ。


「女神が私たちを助けよと仰ったのか?」

「ありがとうございます、ルーンソフィ様……!」


 二人の顔色がぱっと明るくなった。


 ここはファンタジー世界、神の存在は地球よりもずっと近い。神聖魔法は神の奇跡を体現し、高位の神官は神の声を聞くこともあるらしい。つまり、神の加護というのは、決して気休めなどではないのだ。


 二人が喜んだのは、女神が自分たちに手を差し伸べている、加護を与えようとしていると考えたからだろう。国が滅びようとしている今、二人には希望の光のように思えたかもしれない。


 しまったなぁ。変に期待を持たせてしまったか。実際には女神でもなんでもないポンコツで、二人を救えとも言ってないんだが。


 しかし、今さら言えないよな。この希望に満ちた顔を見たら。


 とはいえ、あとあと問題になったら困るので一応訂正しておこう。


「ええと、女神と言いましたが、実際のところはよくわかっていません。少なくともルーンソフィ様ではありませんね」

「そう、なのか……?」

「はい。伝え聞く特徴と全然違いますので」

「特徴が違うとは……まさかお姿を拝見したのか!」


 あ、ミスったか?


 どうもこの感じだと、他の神は声をかけることはあっても姿は見せないのかもな。


「え、ええ、まぁ。きっとルーンソフィ様のような大神ではないので、フットワークが軽いのでしょう。おそらく」

「いえ。どんな神でもお姿をお見せになるのはごく稀だと聞きます。きっと、あなたの尊き信心に応えられたのでしょう」


 わぁ。王女から純粋な敬意の視線を向けられてとても居心地が悪い。


 そうじゃない、全然そういうのじゃないんだ。しかし、だからといって、この場でヤツとの因縁を語るわけにもいかない。獣人たちはわりと本気でフィクスを女神として信仰しているみたいだからな。下手な発言はできないんだ。


「女神様は何というお名前なのでしょう?」

「そ、それはフィクス……様と」

「そうなのか、旦那! そうか、村の守神様はフィクス様というのか!」


 名前には王女ではなくファンガが反応した。


 ぐぬぬ……しまったな。これで、村で信仰されている守り神が正式にフィクスと結びついてしまった。実害があるわけではないが、あれが女神扱いされるのは何か腹が立つ。


「そうなのですね。では、フィクス様に感謝を」


 王女が祈りを捧げる。ついに村の外にも女神フィクスが認知されてしまった。


 ま、まぁ。問題ないだろう。この大陸の宗教は創造主たるルーンソフィを崇める聖神教会で統一されているが、その従属神に信仰を捧げることは禁じられていないらしい。フィクスもそんな従属神の一柱ってことにすれば、咎められることもないはず。


 ただ……教会関係者にはあまり接触しないようにしておこうか。異端扱いされたら困るからな。


「ひとまず、村に戻りましょう。お二人をお迎えできるような屋敷はありませんが、夜露をしのげるだけでもマシでしょうから」


 さてさて。ハリム兵は倒せたし、エステラの王族も救えた。予定通りといえば予定通りだが……どうするかな。エステラを支援してハリムに対抗させるつもりだったが、子どもを利用するのは抵抗がある。


 まぁ、本人の意志次第かな。しばらくは村でゆっくりしてもらおうか。

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