第40話 容疑者不在
その奏翼は頭を抱えていた。問題が解決せず、それどころか次の問題にぶち当たるのだ。さすがに頭痛がしてくる。
「龍の血は誤魔化しだったと仮定しても、他の血が出て来なければどうしようもないな」
「ああ。まったく、どこの誰だか知らないが、とんでもなく面倒なことをしてくれている。まあ、おかげで最近は疎かになっていた有力一族どもの状況把握は出来たけどな」
奏翼の言葉に頷きつつ、奏刃はこれも緩みまくりだったと溜め息を吐く。
もちろん、平和な時代がやって来て、大乱が過去の出来事になりつつある今、氏族への締め付けが緩むことは、別に悪いことではない。龍河国が確かなものになりさえすれば、不要な呪いになる。しかし、影でこそこそと火薬を作っていたり、武器を集めていたという事実が出てきたとなれば、そうとも言っていられない。
「俺たちにも有利に働いているということになるな。一体誰がこんなことをやって得をするんだ?」
奏翼はこれで反乱分子が解ればいいのだが、火薬にしても武器にしても、国を相手取るには少ない量だった。あれは自警のためだったという見方が大半である。ということは、予め反乱の目を摘んだだけで、大きな問題は起こっていなかったことになる。
「やはり、月紫礼か、星砂明のどちらか、または両方が個人的に動いていると考えるしかないのか」
奏刃は、しかしそれこそ荒唐無稽だと、奏翼と同じく頭を抱えてしまう。
容疑者不在。それがここ数日で奏呪が得た結論だった。
だが、奏呪がどれだけ頭を抱えていようと、呪術は容赦なく龍河国を蝕んでいた。それまでは中央にまで訴えが届いていなかったキョンシー被害や、幽霊が出たという話が、直接耳に入るようになったのだ。
「一体どうなっているんだ? まるで私たちが調べ始めるのを待っていたかのようだな」
奏刃の言葉に、奏翼も確かにと頷くしかない。この場合、自分が奏呪に戻るのを待っていたのか、それとも奏呪そのものが動き出せば事は大きくなっていたのか、判断に困るところだ。が、奏刃に呪いを掛けられている今、この話題を奏刃に出すのは躊躇われる。
もう少し確証が欲しいところだが、どうなのだろう。自分の身の呪いと関係があるのだろうか。
月家に拾われたことで、歪められてしまった己の存在。それが持つ呪いが発動しているのだろうか。不安になるが、こちらも調べようがないことだ。特に、奏刃に無断で行動できないとなると、ますます手が出せない。
「おいっ」
「えっ」
問題の奏刃の顔が間近に迫っていて、奏翼は何だと引く。
「こうなったら調査しても埒が明かん。本当に私たちが疑う二人が生きているのか。これを探るとしよう。それが一番手っ取り早い」
「そ、それは」
「無理ではないだろう。私たちならば」
「あ、ああ」
なるほど。その方法が残っていたかと、奏刃の言いたいことを理解した奏翼は大きく頷いた。
「血の呼応には逆らえん。ダニから龍の血が出るなんていう悪趣味なことを施したのはどちらか、はっきりさせてやる!」
血気盛んな奏刃の言葉に、この女の短気は今も昔も同じなのだなと、奏翼は呆れるしかなかった。
「やっぱり治水工事を優先するしかないわね」
「そうですね。田畑に水が行き渡りませんと、これ以上の耕作地の拡大は難しく」
その頃。行政改革と平行して農村改革に乗り出している鈴華は、わざわざ出向いてくれた村長からの訴えに耳を傾けていた。食糧事情の改善のために様々な作物を育てたいのだが、耕作地を増やすのが難しいという話だ。
「ここから一番近い川は」
「西海川でしょうか。かなり大規模な工事が必要になりますね」
鈴華の疑問に答えたのは補佐の英明だ。しかし、工事の規模を考えると、あまりよくないという顔をしている。
「地下水は?」
「もともと、ここは肥沃な大地ではありません。望み薄かと」
「ううん。そうよね。すぐ近くが砂漠地帯なんですもの。となると、水が少なくても育つ作物を探すのが一番かしら」
「でしょうか」
ううん。鈴華に英明、そして村長は三人揃って唸ってしまう。食糧事情を改善したいという思いは一致しているのに、なかなか名案が浮かばないものだ。
「鈴華様」
と、そこに声を掛けて来たのはいとこの虎鈴明だ。今日は手伝いのために鈴華の屋敷に詰めてくれている。
「どうしたの?」
「はい。鈴華様にお目に掛かりたいという殿方が表におります」
「誰かしら?」
「私は見たことがありません」
村長がいるということで畏まった口調の鈴明は、それ以上は語らなかった。どうやら自分の目で確認するしかないらしい。
「少し失礼します」
鈴華は村長に断りを入れて外に出た。待っていたのは――
「えっ?」
一瞬、蒼礼かと思った。しかし、顔も、纏う空気も違う若い男だ。だが、同じだと確信する部分がある。
「呪術師」
鈴華の呟きに、男はにやりと唇の端を上げてお辞儀をした。




