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第30話 決意

 その蒼礼は、城壁にある見張り台から鈴華の馬車を見送っていた。

 姿を見せると、鈴華が駄々をこねるかもしれない。そう思って、ここから見送ることにしたのだ。

「ようやく解放されたな」

 そんな蒼礼に、長い髪を掻き上げながら奏刃がわざとらしくそう言ってくれる。

 確かに鈴華の鬱陶しさからは解放された。治癒してくれ、国を救ってくれなんていう無責任な期待からは解放された。

 でも、代わりにまた、いつでも人を殺す場所へ捕らえられた。

「そうだな」

 蒼礼は何とかそう返すと奏刃を見る。奏刃はこの十年のことで何か言いたいだろうに、特にそれについて触れることはなかった。逃げられないという枷さえ嵌められれば満足しているらしい。

「奏翼。今回のダニの件だが、誰がやったと思う?」

 それどころか、すぐに仕事の話をしてきた。

「奏呪として、その点はすでに調べたのだろう」

 だから、蒼礼も気負うことなくそう問い返す。

「ああ。考えられるのは月紫礼、星砂明の二名だが、他の可能性もある。だが、最も問題なのは、そいつらを使って謀反を起こしている氏族が誰か、ということだ」

 また大戦の時のようなややこしい状況になっているぞと、奏刃は蒼礼を睨む。それに、蒼礼は大きく頷いた。

「総ての氏族に掛けられた呪を辿ろう」

「頼んだ」

 奏刃はぽんっと蒼礼の肩を叩くと、そのまま見張り台を去って行った。

 あまりに無防備な信頼だなと思うも、裏切れないのだから当然かと思い直す。

「大戦でなければ活躍のない俺だ。やれるだけのことをやろう」

 蒼礼は溜め息を吐くと、ひょっとしてこの大規模な呪術は、雲隠れしていた自分を探し出すためだったのだろうかと、ふとそんな嫌なことを考えてしまった。

「その場合、奏刃が考えるとおり、月紫礼か星砂明かのどちらかになるが」

 一体、何が起きようとしているのだろう。

 大きな陰謀が渦巻くことは解るものの、まだその輪郭さえ捉えることが出来ない。

「また、乱れるのか」

 この地は、龍河国は、安定することがないのだろうか。

 蒼礼はいつになく多くの不安に襲われつつも

「俺が死んで何事もなく眠るためにも、龍河国は守り抜いてみせる」

 そう決意を新たにしていた。




 翌日。奏呪に正式に戻った蒼礼は、奏翼として現状確認の会議に参加していた。

「キョンシーもどきになる理由は、呪術が施されたダニだった。これは間違いない。そしてダニの寄生が完全ではない場合、ダニを殺せば人間は正気に戻る。これだけでも高等な術だ」

 奏翼の指摘に、そのとおりと奏刃は頷く。高等な術が使えるのは、今や奏呪しかいないだろう。しかし、奏呪ではない誰かが成し遂げ、そして国全体に広げるなんて芸当をやってのけた。

「ダニという小さいものであること、さらに龍河国全体に広がっているということがあって、我々の感知を掻い潜れたのだと思う。知らない間に蔓延したことで、そういう気配があるのが当たり前になっていたのだろう」

 奏刃は盲点を突かれたと唇を噛む。しかし、そのおかげで十年もの間、雲隠れしていた奏翼を連れ戻すことが出来たのだから、ただ憎々しいだけではない。これがより複雑な気分にしてくれる。

「一体どこのどいつがこんなことを」

 考えれば考えるほど訳の解らなくなる事態だ。

 村を滅ぼすほどに蔓延しているというのに、今まで何一つ気づかなかったなんて。

「お前らが疑ったのは二人だったよな」

 奏翼は調べ始めていたんだろと確認する。

「ああ。お前の養父の月紫礼、そして私の兄の星砂明、この二名ならばこれだけの事が可能だろうとは思った。が、こんな、回りくどく、そして大変な呪術をやるだろうか。そしてやるならば個人の意思なのか、他の誰かの依頼なのか。これも考えれば考えるほどよく解らなくなる」

 疑ってみたものの、どこにいるのかも解らないしと奏刃は肩を竦めた。

 正直、何も解らないに等しい。

 そんな中で奏翼が倒れた気配を察知して連れ戻したのだ。こちらが情報提供をしてもらいたい。しかも、馬一族の反乱まであったのだ。ダニの捜査ばかりをしていたわけではない。

「それもそうか。とはいえ、俺も解らない事ばかりだ。俺はあの姫君に連れ回されていただけだぞ」

 奏翼はこっちだって情報を持っているわけではないと、頬杖を突いて溜め息を吐き出す。

 虎一族の姫君、虎鈴華に目を付けられたせいで、こうして奏呪に強制的に戻ることになったのだ。ある意味で被害者であり、この件に積極的に関わっていたわけではない。

「あの娘はお前に治癒能力があると知って、探し出したんだったよな」

 奏刃はその辺りも詳しく聞きたいと確認する。

「そうだ。とはいえ、俺もあの娘の挑発に乗るまで、自分が治癒を出来るなんて知らなかったよ。そもそも、誰が虎鈴華に呪術力の高い者は治癒能力も持つなんて情報を与えたんだか」

 奏翼は根本的な部分さえ何も解っていないよと付け加えた。

「ふん。邪魔だからと帰したのは間違いだったか」

 虎鈴華は奏翼を発見した功績により、西の地を離れた罪を許されて送還された後だ。後宮に入って虎一族の罪を軽くするという方法も提示したが、向こうに断られてしまったので、早々に首都がある龍央州から立ち去ってもらっている。

 しかし、情報源として残すべきだったかと、奏刃は眉間に皺を寄せた。

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