第10話 判断
「はあ。でも、キョンシーじゃなくて生きている人だったなんて。あの人たち、大丈夫なの?」
鈴華は丸裸にされて転がされている男たちをちらっと見る。さすがに年頃の娘らしく、じろじろと見ることはなかった。
「さっき噛まれた方は大丈夫だ。俺の術で復活させられるだろう。ただ、もう一人はどうだろうな」
いくら治癒の呪術が使えるとはいえ、死にかけの男を救えるかは微妙だ。しかも長い間、低体温と低栄養状態だっただろうことは見ただけで解る。身体が健康になったとしても、どこかに不具合が出るはずだ。
「見捨てないわよね」
解らないから無理と切り捨てないか。鈴華は心配になって確認していた。それに蒼礼は肩を竦めたが
「やるだけやってみるが、それで救えなかったとしても恨むなよ」
とだけ言う。
「それはもちろん。医者に診せたって、みんながみんな治るわけじゃないし」
鈴華はそれに腹を立てることもなく、しかし棘のあることを言ってくれる。医者が治せなかったのは呪術による傷や病気だろう。それはすなわち、虎一族を呪った奏呪のせいだ。さらに言えば、その多くを行ったのは奏翼だった蒼礼だ。
蒼礼はやれやれと思いながらも、まずは噛まれたばかりの男に対して治癒を行う。
「癒呪」
鈴華にやった時はおっかなびっくりなところがあったが、この三日でやり方は確立している。呪符とともにそれに見合う言霊を乗せてやると、男の身体がぼんやりと輝いた。
「これで大丈夫だろう」
同時に意識を失わせる術を解除して終わりだ。だが、問題はもう一人。
ダニがいなくなったことで回復するかと思っていたが、かなり呪術の浸食が進んでいたようだ。真っ青な顔に血の気は戻らず、呼吸も浅い。
「どう?」
蒼礼が険しい顔になったことで、鈴華は不安になって訊く。
「正直、ここで終わりにしてやるのが一番だ」
そして蒼礼は無情な判断を下した。もちろん、治したくないというわけではない。しかし手遅れだ。腕を取って脈を診ても弱い。ダニがいなくなったことで、むしろ血の巡りが悪くなっている。この男はすでに呪術に生かされていたに過ぎない。それこそ、ダニの次の寄生先を探して彷徨っていただけなのだ。
「じゃあ、ダニに寄生されてからしばらく経つと」
「いずれ死ぬってことだな」
蒼礼はどうすると逆に鈴華を見た。
ここで楽にすることは蒼礼にすれば簡単な作業だ。しかし、普通の人、特に呪殺の怖さを知る鈴華はいい思いをしないだろう。
見ると、鈴華の顔は真っ青になっている。しかし、浅い呼吸を繰り返す男を見て、意を決したようだ。
「蒼礼の判断に従うわ。ただし術を使わないで」
そう言って、腰に差していた剣を差し出す。これを使うならば、というわけだ。
「解った」
救いの旅は時にその人の最期を決めることにもなる。これはそれを示す例となった。蒼礼は男の心臓と首に素早く剣を突き立て、男は苦しむこともなく息を引き取った。
「さあ、片付けよう」
蒼礼は手ぬぐいで綺麗に血を拭って剣を鈴華に返し、死んだ男の身体を担ぎ上げた。
それから息を引き取った男を二人で丁寧に埋葬し、まだ気を失っている男が起きるのを待つ。その間に自分たちの夕食の準備も進めた。
二人ともその間黙々と作業し、口を利くことはなかったが
「殺すことに、躊躇いってないんだね」
野鳥と山菜の鍋が出来上がる頃、ぽつりと鈴華が呟いた。手際の良さが気になったのだ。
「殺さなきゃ殺される世界にいたからな」
それに対し、蒼礼が答えられる言葉はこれだけだ。自分が死なないために磨いた技は、どんな場面でもぶれることはない。呪殺だけでなく他の殺し方に躊躇いがないのも、その結果だ。
「そっか。たった十年前まで、それが当たり前だったんだよね」
それに、鈴華も反論は出来ない。その頃はまだ七歳だったとはいえ、過酷な世界が広がっていたのを覚えている。だからこそ、せっかく訪れた平和を壊すような、今回の騒動を見過ごせなかったのだ。
「ねえ、あのダニって何なのかしら?」
だから自然と話題はあのダニへと移っていた。




