第二節:灰の肉体、泥を這う熱き掌
天を衝く火柱は、辺境の薄い空気を貪り食いながら、なおもその勢いを増していた。紅衛兵たちは、文字という「迷信」の記号が跡形もなく消滅していく光景に狂喜し、拡声器の騒音に合わせて足を踏み鳴らしている。彼らの視線が、次なる標的を求めて集落の家々へと向けられ、一瞬の空白が生まれた。
その隙を、ラサの肉体は逃さなかった。
思考よりも早く、彼の血脈に宿る野性の反射が、その身を猛火のただ中へと突き動かしていた。
「ラサ、よせ!」
誰かの押し殺した悲鳴が聞こえたが、それよりも早く、ラサは広場の冷たい泥の上に身を投げ出していた。這いつくばり、燃え盛る火床の縁へと、滑り込むようにして手を伸ばす。衣服の袖が熱風に煽られてじりじりと焦げ、酸っぱい煙が鼻腔を貫いたが、彼にはそれを顧みる余裕などなかった。
標的は、まだ完全に炎に呑まれていない、半解けの木箱の残骸のなかにあった。
ラサは、黒煙の向こうに身をよじる、未だ焼け落ちぬ羊皮紙の端を視認した。それはかつて大夏の民が独自の知性を刻み、幾世代ものシビが命を懸けて秘匿してきた経典の、最後の「皮膚」であった。
泥まみれの掌が、熱を帯びた灰の層を掻き分け、その燃えさしへと直接突き入れられる。
「がっ……!」
歯を食いしばるラサの口から、掠れた呻きが漏れた。
容赦のない火傷の激痛が、手のひらから前腕を駆け抜け、直接脳の芯へと突き刺さる。熱い灰のざらついた感触が、割れた指先の皮膚に食い込み、肉が焼ける微かな匂いが立ち上った。しかし、ラサの指は拒絶を許さなかった。炭化しつつある羊皮紙の、驚くほど脆く、今にも崩れ去りそうな感触を繊細に捉えながら、その指先は獲物を掴む獣の爪のごとく、経典の断片を泥の底へと引き剥がした。
さらに別の手が、もう一つの「骨」を求めて灰を薙ぐ。
指先が硬質な金属の破片に触れた。先代のシビが振るい、今や火の熱でひしゃげて煤まみれになった真鍮の祭具の欠片である。熱せられた真鍮は、ラサの掌の肉に焼き付き、肉体を物理的に損なう傷跡を刻んでいく。だが、その痛みの熱量こそが、彼にとって「先祖がここに存在した」という、何よりも確かな身体的証明であった。
泥と汗、そして己の血を混ぜ合わせながら、ラサは回収した記憶の残骸を胸に抱きすくめ、再び泥の上を激しく這い回って火床から遠ざかった。
紅衛兵たちの一人が不審に思って振り返ったとき、ラサはすでに群衆の影、ひび割れた石壁の暗がりに身を潜めていた。
彼の衣服はあちこちが黒く焼け焦げ、掌は水膨れと泥、そして炭化した灰によって見る影もなく汚れていた。荒い息を吐き出すたびに、肺の奥が熱を帯びて疼く。
それは、制度に対する無謀な反逆ではない。形ある物理的な遺産がどれほど帳簿から抹消されようとも、先祖の皮膚感覚と血脈の記憶だけは、この肉体の痛みを介してでも繋ぎ止めねばならぬという、文字なき民の執念そのものであった。ラサは激しく脈打つ自らの手を見つめ、傷ついた掌のなかに残された、不服従の重みをただじっと噛み締めていた。




