第一節:拡声器の平調、渓谷を摩滅させる紅い波
かつて清朝の巨砲が穿った石壁の傷跡を、這い上がる冬の蔦が隠し終えてから、さらに長い歳月が流れていた。
雲を衝くようにそびえる碉楼の群れは、何世代もの風雨をその粘板岩の肌に吸い込み、今や山脈の起伏そのものと見分けがつかぬほど深く、この峻険な大地に根を下ろしていた。文字なき民の集落は、そうして外の歴史から忘れ去られることで、独自の静寂を保ち続けてきた。
しかし、その永きにわたる沈黙を破ったのは、鉄の銃砲の轟音ですらなかった。
それは、山の不規則な反響を一切無視して響き渡る、電気的に平坦化された「声」の津波であった。
一九六〇年代後半。外界の都市部を真っ赤に染め上げた熱狂の嵐は、ついにこの雲上の辺境にまで、唸りを上げるトラックの群れを送り込んできた。
車体の荷台から吐き出されたのは、胸に光る徽章と、剥き出しの腕に「紅い腕章」を巻いた若き紅衛兵の集団であった。彼らの貌は漢人のそれであったが、その瞳には個人としての迷いも、旅路の疲弊も見られない。あるのはただ、平地の朝廷が新しく定めた全土一律の思想を、寸分の狂いもなく執行せんとする、乾燥した狂信の意志だけであった。
彼らが集落の広場へ乱入すると同時に、木柱へ括り付けられた漏斗型の拡声器が、一斉に耳を聾する音量で鳴り響いた。
拡声器から流れる革命歌と、鋭く、平坦なスローガンの連呼。
若き祭司の継承者であるラサは、古い主塔の影に身を潜めながら、その凍りつくような音律を皮膚の震えを通じて敏感に察知していた。
それは、未だかつて山が聴いたことのない種類の、おぞましい音だった。
風のうねりや、鳥の羽ばたき、人の肉声が持つかすかな揺らぎが、その金属の筒を通過するたびに完全に削ぎ落とされ、一律の「記号」へと変換されている。それは個人の思考の差異を一本の太い線へと均一化し、大衆を一塊の巨大な兵隊へと変えるための、冷徹な平調であった。
「旧い思想、旧い文化、旧い風俗、旧い習慣を打破せよ!」
拡声器から吐き出される言葉の刃は、かつての清軍の陣形が山の地形を方陣の規矩へと強制圧縮したように、集落が営んできた数千年の時間を、「旧い迷信」という帳簿の一言で抹消しにかかっていた。
彼らにとって、この山村の土着の暮らしや、神託を伝える唄の記憶は、保護すべき文化などではない。新しき教条を書き込むうえで、速やかに削り落とされるべき「歴史の残渣」に過ぎない。
ラサは、割れた石壁に手のひらを押し付けながら、その平坦な叫びの奥にある、冷酷なまでに乾いた質量に身震いしていた。
かつての平定軍は鉄の質量をもって石を砕いた。だが、この紅い腕章の群れは、大量に印刷され、均一なインクの匂いを放つ言葉そのものに、世界を新しく塗り替えようとしている。拡声器の吠え声が広場に満ちるにつれ、怯えて立ち尽くす村人たちの輪から、なじみ深い個々の表情が消え失せ、ただ怯えを共有する記号の群れへと変貌していくのが見えた。手渡された赤い小冊子の記述通りに、人間をただの命令の操り人形へと変えていくその手続きには、一切の血が通っていない。言葉が肉体を支配し、世界を均一に侵食していく底知れない不気味さが、拡声器の金属質な微振動となって、石壁を伝い、ラサの手のひらを刺すように震わせていた。
集落の若者たちの間に、目に見えない息苦しさと諦念が広がっていくのを、ラサは自らの胸壁の不気味な共鳴によって感じていた。
かつて先祖たちが皮鼓の音の連なりをもって帝国の計算を狂わせた、あの野生の秩序が、この平坦な拡声器の騒音によって、じわじわと摩滅させられていく。
ラサは懐の中に隠した、真鍮の神杖の冷たい感触を強く確かめながら、朝靄のなかで行進を続ける紅い波を、冷酷な捕食者を見つめる獣のような目で、じっと睨み据えていた。




