第一節:鉄の陣形、渓谷を圧縮する規則性
それは、山の静寂をすり潰すような、無機質な地鳴りから始まった。
歪に入り組んだ岷江の険しい渓谷へ、一本の巨大な「鉄の楔」が打ち込まれるように、清朝の緑営兵がその姿を現した。
隘路を埋め尽くした兵の群れには、人間個人の恐怖も狂気も存在しなかった。
そこにあるのは、ただ北京の朝廷が定めた戦術書『兵法』の記述を、寸分の狂いもなく物質化するための、巨大な執行機構としての意志だけだった。
兵士たちの足並みは、太鼓の拍子に合わせて完璧に均一化されていた。数千の足音が同時に地を踏み、同時に上がる。彼らが掲げる「八旗」の旗印が風に一斉に翻る様は、まるで一つの巨大な多節の生き物が、冷徹な機械運動を繰り返しているかのようだった。
その陣形は、山の不規則な地形を、帝国の方格の網へと強制的に圧縮していく。
先頭の盾が隙間なく並び、その後方には、火縄銃を構えた鳥銃兵が三列の横隊を狂いなく整えていた。一列目が放ち、二列目が構え、三列目が弾薬を詰める――その一連の動作は、工廠の歯車そのものであった。
「紅夷大砲、据え付け完了。射程、角度、固定」
伝令の乾いた声とともに、渓谷の入り口に巨砲が固定された。砲術書に記載された弾道計算に基づき、仰角が冷徹に調整される。
彼らにとって、目の前にそびえる碉楼は畏怖すべき山の要塞などではなかった。一定の火薬量と鉄の質量を投下すれば、理論上必ず崩壊する「数式上の障害物」に過ぎない。
「放て」
合図とともに、均一に制御された熱気が炸裂した。耳を聾する轟音とともに放たれた砲弾は、正確な放物線を描いて、山の不規則性を圧殺せんと肉薄する。
碉楼の矢狭間からその光景を見下ろしていたルオの肌は、かつてないほどの濃密な危機感に粟立っていた。
大砲が放たれた瞬間、渓谷の空気が爆風で烈しく引き裂かれ、ルオの鼓膜に針を刺すような衝撃が走る。遅れてやってきたのは、山の草木の匂いを一瞬で消し去る、おぞましいほどの火薬の焦げ臭さだ。硫黄と硝石が混ざり合ったその硬く熱い臭気は、容赦なく風に乗り、ルオの喉を、そして肺の奥を焼くように侵入してきた。
「くるぞ……! 身を潜めろ!」
ルオが叫ぶと同時に、主塔の正面に砲弾が激突した。
ズゥゥン、と、大地の底がひっくり返るような凄まじい衝撃が石塔を駆け抜ける。組み合わされた粘板岩同士が烈しく擦れ合い、きしむ音が塔内に不気味に響いた。頭上から微細な泥の粉が降り注ぎ、ルオの視界を白く遮る。
しかし、石塔は耐えた。
ルオは煤まみれになった顔を上げ、再び窓の外を睨みつけた。
朝靄を引き裂いて進軍してくる清軍の隊列からは、兵士たちの流す脂汗と、幾百もの鉄の銃身から漏れる油の冷たい臭気が、塊となって押し寄せてくる。それは、個人の命の気配を消し去った、巨大な「国家」という生き物が放つ、冷酷な捕食者の匂いだった。
「奴ら、一歩も歩幅を崩さない……」
隣に立つ若者が、鉄砲の硝煙を吸い込んで激しく咳き込み、恐怖に目を見開く。
敵の放つ火縄銃の弾丸が、雨のように碉楼の外壁を叩き、激しい火花と石片を飛び散らせる。山のうねりを無視し、ただ平坦な直線としてこちらを圧迫してくる鉄の陣形。
その圧倒的な「規則性」の前に、村人たちの間に目に見えない息苦しさが広がっていくのを、ルオは自身の皮膚の震えを通じて敏感に察知していた。
このまま帝国の計算通りに間合いを詰められれば、山そのものが、あの帳簿のなかに完全に磨り潰されてしまう。ルオは割れた爪から血を滲ませながら、かつて大地の底で先祖の記憶に触れた、あのノミの柄を強く、強く握り締めた。




