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雲の上の咆哮 ―羊の民、三千年の歌―  作者: 武陵隠者
第三章:牧野(ぼや)の残響、音と狼煙のアルゴリズム

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第一節:鉄の陣形、渓谷を圧縮する規則性

 それは、山の静寂をすり潰すような、無機質な地鳴りから始まった。


 いびつに入り組んだ岷江みんこうの険しい渓谷へ、一本の巨大な「鉄のくさび」が打ち込まれるように、清朝の緑営兵がその姿を現した。


 隘路あいろを埋め尽くした兵の群れには、人間個人の恐怖も狂気も存在しなかった。


 そこにあるのは、ただ北京の朝廷が定めた戦術書『兵法』の記述を、寸分の狂いもなく物質化するための、巨大な執行機構としての意志だけだった。


 兵士たちの足並みは、太鼓の拍子に合わせて完璧に均一化されていた。数千の足音が同時に地を踏み、同時に上がる。彼らが掲げる「八旗」の旗印が風に一斉に翻る様は、まるで一つの巨大な多節の生き物が、冷徹な機械運動を繰り返しているかのようだった。


 その陣形は、山の不規則な地形を、帝国の方格の網(マトリクス)へと強制的に圧縮していく。


 先頭の盾が隙間なく並び、その後方には、火縄銃を構えた鳥銃兵が三列の横隊を狂いなく整えていた。一列目が放ち、二列目が構え、三列目が弾薬を詰める――その一連の動作は、工廠マニファクチュアの歯車そのものであった。


「紅夷大砲、据え付け完了。射程、角度、固定」


 伝令の乾いた声とともに、渓谷の入り口に巨砲が固定された。砲術書に記載された弾道計算に基づき、仰角が冷徹に調整される。


 彼らにとって、目の前にそびえる碉楼ちょうろうは畏怖すべき山の要塞などではなかった。一定の火薬量と鉄の質量を投下すれば、理論上必ず崩壊する「数式上の障害物」に過ぎない。


「放て」


 合図とともに、均一に制御された熱気エネルギーが炸裂した。耳をろうする轟音とともに放たれた砲弾は、正確な放物線を描いて、山の不規則性を圧殺せんと肉薄する。


 碉楼の矢狭間やざまからその光景を見下ろしていたルオの肌は、かつてないほどの濃密な危機感に粟立あわだっていた。


 大砲が放たれた瞬間、渓谷の空気が爆風で烈しく引き裂かれ、ルオの鼓膜に針を刺すような衝撃が走る。遅れてやってきたのは、山の草木の匂いを一瞬で消し去る、おぞましいほどの火薬の焦げ臭さだ。硫黄と硝石が混ざり合ったその硬く熱い臭気は、容赦なく風に乗り、ルオの喉を、そして肺の奥を焼くように侵入してきた。


「くるぞ……! 身を潜めろ!」


 ルオが叫ぶと同時に、主塔の正面に砲弾が激突した。


 ズゥゥン、と、大地の底がひっくり返るような凄まじい衝撃が石塔を駆け抜ける。組み合わされた粘板岩同士が烈しく擦れ合い、きしむ音が塔内に不気味に響いた。頭上から微細な泥の粉が降り注ぎ、ルオの視界を白く遮る。


 しかし、石塔は耐えた。


 ルオはすすまみれになった顔を上げ、再び窓の外を睨みつけた。


 朝靄あさもやを引き裂いて進軍してくる清軍の隊列からは、兵士たちの流す脂汗と、幾百もの鉄の銃身から漏れる油の冷たい臭気が、塊となって押し寄せてくる。それは、個人の命の気配を消し去った、巨大な「国家」という生き物が放つ、冷酷な捕食者の匂いだった。


「奴ら、一歩も歩幅を崩さない……」


 隣に立つ若者が、鉄砲の硝煙を吸い込んで激しく咳き込み、恐怖に目を見開く。


 敵の放つ火縄銃の弾丸が、雨のように碉楼の外壁を叩き、激しい火花と石片を飛び散らせる。山のうねりを無視し、ただ平坦な直線としてこちらを圧迫してくる鉄の陣形。


 その圧倒的な「規則性」の前に、村人たちの間に目に見えない息苦しさが広がっていくのを、ルオは自身の皮膚の震えを通じて敏感に察知していた。


 このまま帝国の計算通りに間合いを詰められれば、山そのものが、あの帳簿のなかに完全に磨り潰されてしまう。ルオは割れた爪から血を滲ませながら、かつて大地の底で先祖の記憶に触れた、あのノミの柄を強く、強く握り締めた。

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