第26話 エピローグ
朝は、いつも通りに始まるふりがうまい。わたしたちが眠っているあいだに静かに着替えて、顔を洗って、玄関で靴を並べる。そうしてから、わざとらしくないせき払いをひとつ置いて、台所の窓をひらく。冷たい空気が内側へ入ってくる。鼻先をくすぐるのは、パンの焼ける匂い。粉と水と塩をまぜた、小麦の歌みたいなにおいだ。ここはもう〈ヴェア〉ではない現実の朝。なのに、匂いだけは同じだった。
結城トワはそれを確かめるように、いつものように玄関から外へ出た。靴ひもを結び直す。膝のうらで風がしゃがれ声をあげる。紙のチェックリストは、今日も胸ポケットにある。角がすこし丸くなって、ぴんと張っていた緊張の糸を、そっとゆるめる。紙は、持ち主より先に季節に気づく。今朝は間違いなく、春のほうへ半歩寄っている。
角を曲がったところで、灰原アキが待っていた。頬に寝癖をひとすじつけたまま、メッセンジャーバッグを肩にかけている。バッグの端は糸がほつれて、そこだけ毛糸のように柔らかい。ほつれは、道具の勲章だ。
「おはよう、トワ。今日の空、目玉焼きの白身みたい」
「真ん中の黄身、どのへん?」
「駅の上。誰かがうっかり半分食べた」
「犯人は鳩だな。胸板がやけに誇らしげだ」
笑いが一度、喉の奥で跳ねる。ちょい笑いには潤滑油の役目がある。動き出す関節の音が、小さくなる。
並んで歩き出せば、耳に入るのはいつもの騒がしさの前ぶれだ。自転車のブレーキが遠慮がちに鳴り、ゴミ収集車の背中がうなずくみたいに上下する。パン屋からは焼きたての端っこが配られる合図の鈴。駅の通路では、旗を持った駅員が、まだ旗をひらいていない旗に向かって「今日も頼む」と小声で言っている。商店街のシャッターは、重たい夢を最後に吐き出すみたいに、低く長い息をはいた。
『ミカです。おはよう。みんなの息の長さ、ちょうどいい。パンは、今日も端っこが人気。猫、ひなたで伸びています。瓶のふた、今日はいじっぱり』
端末に現れた文字と声は、〈ヴェア〉のミカと同じ、しかしすこしだけ現実に似合う落ち着きが加わっている。数字は呼ばない。代わりに、湯気の角度や、音の丸みや、足音のやさしさを伝えてくる。ミカの沈黙は、以前よりも頼りがいがある。黙っているときほど、みんなの息が揃うのを待っているのが分かる。
パン屋の前に着くと、老夫婦がドアをひらいてくれた。湯気が顔にまとわりついてくる。湿ったぬくもりがまぶたにのって、目の焦点がいったん甘くなる。
「おはよう、トワくん。アキちゃん。端っこ、今日は多めだよ。夜のうちに発酵が機嫌よくてね」
「機嫌のいいやつは、角が丸い」
アキはそう言って、いちばん端の端を手に取った。かじると、音がほとんど出ない。静かなサクサクは、心の隙間にうまくハマる。老夫婦は、レジの横に小さな黒板を用意していた。チョークの粉の雪がうっすら積もっている。黒板には「今日の手順」と書かれていたが、その下にはたくさんの「お願い」が並んでいる。「列はゆっくり、焦らないで」「ひとり一枚、どうぞ」「今日の『ありがとう』は、深めで」。命令の代わりに、お願い。〈ヴェア〉で練習した言い方が、現実でちゃんと息をしている。
店の奥から、子ども記者団の顔が覗く。名札はしていないが、目のきらきらでわかる。チョークを耳にさしている子、鉛筆の芯を短くした子、リュックのファスナーに鈴をつけている子。みんながこそこそ相談して、黒板の端に小さく「取材中」と書き足した。靴音が近づくたび、字がすこしずつ躍る。
『子ども記者団から速報。パンの端っこ、おいしい。大人は「大人だから」と言って多めにくれがち。子どもは「子どもだから」と言って遠慮しがち。結論、半分こが最強』
「半分こは強い」
トワは胸ポケットから紙を取り出し、今日の欄に「半分こ」と書き込む。鉛筆の芯は、紙の上ですこし震える。震えのぶんだけ、文字が生きる。書いているあいだに、黒板の前に人が集まってきた。通勤途中のスーツ、夜勤明けの清掃員、保育所の先生、鼻を赤くするおばあさん。誰もが手に、ちいさな「いつも」をひとつ持っている。
「駅の階段、片側に人が寄りすぎると、朝が片足びっこになるんです。今日は均等に、両足で行きたい」
駅員がそう言えば、旗が軽くうなずく。うなずく旗に、子ども記者がそっと触れる。触った指が白くなる。白くなった指で、黒板に「両足」と書き込む。ひらがなの「りょう」の、まんなかの小さな丸がやけに可愛い。丸の可愛さは、歩幅を揃えるのに効く。
清掃員の青年は、箒の先を手でほぐしながら言った。
「落ち葉が角にたまると、角が怒るんです。怒った角は、人の裾をつかもうとする。今日の角は機嫌がいいですけど」
「角にも機嫌があるの、分かる」
『角メモ:今日はなでれば落ち着くタイプ。なでる順番は左から右』
ミカのメモが端末に現れる。順番を言葉にすると、心がひとつ列を作る。列ができると、焦りは行き場をなくして、どこへともなく薄くなる。
保育所の先生は、ベビーカーのブレーキをカチリと鳴らして、通りの端を少し広げた。ベビーカーの持ち手についた鈴が小さくなる。鈴の音は小さいほど効く。大きい音は人を急がせるけれど、小さい音は人をのんびりさせる。
「今日の歌、出だしは低めにします。眠そうな朝には低い声が似合うから」
歌の最初の音は、湯気に似ている。透明なのに、色がある。低い湯気は、鼻の奥で丸くなる。
パン屋の前でひとしきり段取りが整うと、商店街全体がゆっくりと歩き出した。パンは袋に入り、笑顔はマスクのうえからでも目尻で分かる。瓶のコーナーでは、おばあさんがふたを相手に説得を始めていた。
「今日くらい、素直になんなさいよ」
ふたは最初つんとしたが、湯気を浴びせられ、布で包まれ、やわらかく撫でられて、とうとう小さく「はい」と回った。その瞬間、周囲の空気がぱちんと明るくなる。こういう小さな勝利は、遠くの猫の背筋まで伸ばす。
『猫、伸びました。背中が、きれいなカーブ。誇らしいカーブ』
端末の隅で、ミカの声がくすくす笑う。笑いは、言葉に混ぜると甘くなる。甘くなった言葉は、長持ちする。
駅へ向かう道すがら、道端の掲示板に貼られた紙が目に入った。黒いインクの文字で、見慣れた四角い枠がある。「街のニュース・朝版」。子ども記者団の新聞だ。紙の端に、猫の足跡のスタンプが押されている。記事のひとつは「外から帰ってきた人の声」。べつのひとつは「パンの端っこの分配」。もうひとつは「角の機嫌」。どれも、名もない毎日の真ん中から切り出した話だ。
アキが新聞の端を指でつまんで、顔の前に持ち上げる。目をほそめる。活字の並びがアキのまつげの影と重なって、紙の上で小さな森ができる。
「この新聞、うちのバッグに入れといてもいい?」
「もちろん。角を立てないでね」
「角、丸めるの得意」
アキが新聞をバッグにしまうと、端からはみ出た紙が、歩くたびに膝に触れる。触れるたび、昼の方角がひとつ、心の中で光る。
駅前の広場では、旗の係の人が腕を回している。肩のあたりの筋が一本、しなやかに動く。旗に、柔らかい目ができる瞬間だ。広場のすみに、黒板が立てられた。今日のテーマは「わたしたちの『いつも』」。紙の切れ端とペンが用意され、人々が思い思いの「いつも」を書いては貼っていく。
朝、庭の水まき。ニンジンの皮をむく音。靴べらの冷たさ。家を出る前の深呼吸。ポケットの小銭の位置。階段の四段目でいつもつまづく。散歩で会う黒い犬。メールの最初の「おつかれさまです」。コンビニの袋の持ち手を指にかける癖。自転車のサドルがちょっとだけ低い。踏切で赤い帽子のおじさんと目が合う。
並ぶ「いつも」は、どれも小さい。けれど小さいほど丈夫だ。強い風が吹いても、目立たないから飛ばない。飛ばないから、いつまでも残る。残るものが重なって、街は立っている。証明は大げさな紙ではなく、指の腹で確かめるざらつきだ。
『証明写真、撮れました』
「え、どこに」
『みんなの歩き方。歩幅が似てきた。人と人の間の空気が、ふくらんでは戻る。その往復が、ちゃんと呼吸している』
ミカは「証明」という言葉を、ぜんぜん偉そうに使わない。胸の内側からそっと出して、風に当てるみたいに言う。風に当てた言葉は、角が冷えて、熱くなりすぎない。
広場の真ん中に、見覚えのある木箱がふたつ並べられた。誰が置いたのかは分からない。たぶん、みんなの手が少しずつ運んだのだ。木箱の上に立つのは、旗の係の人でも、駅員でも、パン屋でもない。今日の朝の代表は、黒板係の小学生だった。髪にチョークの白い粉がついている。
「おはようございます。『いつも』の書き足し、ありがとうございます。黒板、重くなってきたので、あとで裏にも書きましょう」
声は小さいのに、不思議と遠くまで届く。ペンを持つ手の震えが、言葉の端を少し丸くする。丸い言葉は、人の耳にやさしい。
「それと……『いってらっしゃい』と『ただいま』の箱を作りました。入れたい言葉があれば、こっちに」
木箱にはそれぞれ、手書きの札が貼ってある。書き損じの線が残っていて、そこがいい。人差し指と親指でねじって、ピンでとめた跡があるのもいい。最初に紙を入れたのは、おばあさんだった。瓶のふたを説得したばかりの手で、紙をそっと押し込む。次に、夜勤明けの青年が、汗の乾いたシャツの裾で手を拭いてから紙を入れた。保育所の先生は、子どもたちと相談して、一枚の紙を四つ折りにして入れた。四つ折りの角についた折り目は、まるで知らないだれかの指の跡みたいに親しい。
「ね、トワ」
「うん」
「わたしたち、守れたんだよね」
「守れた」
即答すると、喉の奥がすこし熱くなった。守れた、という言葉は軽くなりがちだ。だからこそ、こうして朝の匂いの中で言う必要がある。空気が重みの分だけ支えてくれるから、言葉の底が抜けない。
『わたしからも、報告。〈ヴェア〉で集めた『いつも』の記録、こちらの朝にならべたら、ちゃんと合う場所がありました。合わないところは、まだ空欄。空欄は、これからの楽しみ』
「空欄、いいね」
「うん。埋めるために生きるんじゃなくて、空欄を空欄のまま愛せる日も、きっとある」
アキは、駅のホームを見上げた。電車がやってくる風が頬を撫でる。ホームの端に立っている人たちが、自然と半歩ずつ下がる。誰が言ったわけでもないのに、足が同じリズムを覚えている。歩幅は、練習しないのに揃っていく。揃うと、音楽みたいに聞こえる。
駅を出ると、商店街を抜け、のんびり通路に出た。路地の一角で、猫がひなたに溶けている。猫は、たまにだけ仕事をする。今朝の仕事は、段ボールのふたの上で丸くなることらしい。丸くなることで、通りかかった人の足をいったん遅くする。遅くなった足が一拍、呼吸に追いつく。追いついた呼吸が、また『いつも』の側に帰ってくる。
「あのさ」
「ん」
「いま、歩幅、合ってる?」
「だいたい。ときどき、君が半歩先を行く」
「え、誰かの真似をしてるんだよ。旗の係の人の」
「いい真似だ」
からかうでもなく言うと、アキは肩で笑った。肩が笑うと、バッグの中の新聞がかさりと音を立てる。音は、昨日の黒板の粉の匂いを連れてくる。粉の匂いは、手を動かした記憶、つまり「やった」の感触を呼び戻す。
「トワ」
「うん」
「扉が戻ってきた日、わたし、実は少し怖かった」
「知ってる」
「……知ってたのか」
「靴ひも、何回も結び直してたから」
「ばれてる」
ちょい笑いがまた跳ねる。跳ねた笑いは、足首から膝、膝から腰へと移動して、最後に背中で落ち着く。落ち着いた笑いは、長く続く。
「怖かったけど、扉の前の、あの『いってらっしゃい』の空気、覚えてる。誰も急がせなかった。順番っこ。あれが、勇気になった」
「順番っこは強い」
「うん。きっと、これからも」
ふたりで、並んで歩く。道の白い線が、昼の陽にすこしだけ光る。線を踏んでは離れ、また踏む。その単純な繰り返しが、なぜか楽しい。単純な繰り返しは、いつでも人を救う。箒も、歌も、旗も、パンも、みんな同じことを続ける。続けるために、たまに休む。
小さな公園にさしかかる。ブランコに座る子どもは、まだ朝の重さを足に残している。座板は冷たい。鉄の棒は、触ると冬の名残が指に移る。ベンチに座る老人が、新聞を広げたまま空を見ている。新聞の端が、風に言い訳するみたいにぴらりと揺れる。
そのとき、黒板係の小学生が駆けてきた。息が切れて、額に汗が光る。手には封筒。折り目がやさしい。表には、少し大人びた文字で「トワさん、アキさんへ」とある。封を切ると、中から小さな紙がいくつも出てきた。子ども記者団からの手紙だ。
──ありがとう。『いつも』を見せてくれて。
──うちの朝の匂い、ちゃんとここにもあった。
──いなくなるのは、ちょっとさみしい。でも、『いってらっしゃい』って言い合えたら、ぜんぜん平気。
──パンの端っこは、世界を助ける。
──角が怒ってるときのなだめ方を教えてください。(できれば絵も)
──あした、また取材させてください。
──『ただいま』の箱、いっぱいにしたい。
最後の紙には、猫のスタンプ。その上から、ペンで猫の目が描き足されている。ちょっと寄り目だ。猫に謝れ。口の中で小さく言うと、アキが肘でつついてきた。「声に出てる」と目で言う。出てたか。じゃあ謝る。猫、ごめん。
「返事、書こう」
「今?」
「今」
ベンチの端に座って、膝の上を机にする。ミカが、端末の画面に大きめの文字板を出してくれる。白地に黒い文字。それだけで、何かが始まる気がする。
『手紙の代筆、手伝います。誤字は愛嬌で』
「愛嬌は強い」
トワは、鉛筆を持った。最初の一文字は、すこし震える。でもいい。震える字は、相手の心の上でも小さく震えるから。心がふるえると、読んだ人の背中が一度だけ伸びる。伸びた背中は、一歩前へ出やすくなる。
──こちらこそ、ありがとう。
──君たちの「いつも」を、わたしたちが見せてもらった。
──いなくならない。毎朝、同じ時間に、ここにいる。
──パンの端っこは、世界を助ける。異論はない。
──角が怒っている日は、角を角として扱うこと。丸くしようとしないで、角のまま撫でること。絵はアキに任せる。
──取材はいつでも。できれば、ココアを持ってきてください。
──『ただいま』の箱、いっぱいにしよう。『いってらっしゃい』の箱も同じだけ。
アキは、角の絵を描いた。四角の角に、小さな顔。眉を寄せて、口をひつじみたいにすぼめている。角を撫でる手の絵も描いた。手は大きめに、指はまるく。見ているだけで、こちらの指も丸くなる。
返事を封筒に戻すと、小学生は「配達してきます!」と胸を張った。胸板の張り方が鳩に似ている。いい胸板だ。鳩と競ってもいい勝負をするだろう。
『鳩、勝負は遠慮すると申しております』
「賢明」
公園を抜けると、パン屋のほうから再び鈴の音がした。昼の部の始まりだ。わたしたちはもう一度、商店街を通って駅へ戻る。駅の階段は、朝よりも軽い。昇る足と降りる足が、夜のことを約束し合っているみたいに、すれ違いざまに小さく会釈を交わす。
「トワ。最後に、数えようか」
「うん」
ふたりで、立ち止まらないまま数え始める。声に出すほどではない、でも口の中でちゃんと形になる音量で。
「パンの端っこが、笑ってた」
「旗の端が、やさしく揺れた」
「瓶のふたが、素直になった」
「猫が、仕事をした(寝た)」
「鳩が、勝負を断った」
「歌の出だしが、低くてあたたかかった」
「角が、角のまま撫でられた」
「『いってらっしゃい』の箱が、少し重くなった」
「『ただいま』の箱も、ちゃんと重くなった」
「子ども記者が、誤字を誇った」
「ミカが、沈黙で応援した」
「朝が、朝に見えた」
数え終えるころには、広場の匂いがまた少し変わっていた。午前の粉の匂いから、昼のバターの匂いへ。匂いの層が重なって、目に見えないケーキみたいになる。層はどれも薄いが、重なればちゃんと甘い。
『お知らせ。針、いちど深呼吸しました』
「針の深呼吸?」
『はい。深呼吸すると、時間がほのかにふくらむ。ふくらんだ時間は、だれかの歩幅にぴったり合う』
「誰の歩幅?」
『いまは、ふたりの』
言われて、ふたりは笑って足元を見た。靴の先が、同じ方向を向いている。当たり前のことのようでいて、そんなに簡単でもない。簡単じゃない当たり前が、いちばん好きだ。好きだと、続けられる。続くと、守られる。
「帰ろうか」
「うん。明日のために」
駅の端まで歩いて、手すりの温度を指先で確かめる。すこしだけぬるい。人が触れたあとだから。ぬるさは、人の証拠だ。証拠は紙にも残るが、手すりにも残る。どっちの証拠も好きだ。
ふたりで階段を降りながら、アキが空を見上げた。今日の雲は、食パンの耳に似ている。耳の端っこが少し焦げて、香ばしい色をしている。雲のくぼみに、鳩が二羽。鳩は胸を張って、こっちを見下ろす。見下ろされても、悪い気はしない。上からの「よくやってる」が、たまには必要だ。
トワは胸ポケットの紙をもう一度確認した。今日も、欄は埋まりすぎていない。空欄がちゃんと残っている。空欄は、あしたのぶん。あした、そこにどんな「いつも」を置くか、いまはまだ決めない。決めない自由を持って帰る。それも今日の仕事のうちだ。
『最後に、ひとつだけ。あしたも同じ時間に会いましょう。場所は、パンの匂いのするところ。目印は、鳩の胸』
「了解」
「了解」
ハイタッチはしない。かわりに、うなずきをひとつずつ。うなずきは短く、でも重い。重さは、背中に移る。背中に移った重さが、扉の方角をおしえてくれる。扉は、目の前にあるけれど、目には見えない。見えないものを、見えないまま信じるのは、むずかしい。でも、きっとできる。だって、パンの端っこは目を閉じて食べても端っこだし、猫は目を閉じたままでもまっすぐ寝る。
ふたりは、歩き出した。歩幅は自然に揃う。揃った歩幅の上で、影がひとつに近づいては、またすこし離れる。離れては近づく。その往復が、音楽みたいに気持ちいい。音楽があるなら、踊らなくてもいい。歩くだけで、じゅうぶん。
現実の朝の匂いは、やっぱり〈ヴェア〉と同じだった。少しの違いは、塩の量みたいなものだ。多くても、少なくても、気づくのは作る人と食べる人だけ。だから、作る人と食べる人が、いつまでも同じ場所に居合わせますように。そう願いながら、ふたりは角を曲がる。角は今日、機嫌がいい。撫でれば、ちゃんと撫でられる顔をする。
「またあした」
「同じ時間に」
それで十分だった。十分な言葉は、多くを要らない。要らないものがないと、必要なものがよく見える。必要なものは、たいがい、指の腹で触れるぐらいの大きさをしている。パンの端っこ、旗の布の端、瓶のふたの溝、猫のひげ、鳩の胸板、黒板の粉、紙の角、うなずきの重さ。
あしたも、あの匂いの中で、また会おう。あしたの朝を、もう一度。




