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56.忌まれし古代竜の覚醒


私が意識を失っていたのは一瞬だったらしい。

またしてもメル姐さんに抱き起され、気がついた時、私はかなりな速さで流れる白い雲を目で追っていました。

思考が追い付いてきて、数度瞬きをすると、それらの雲がある方向へ引き寄せられているのが分かりました。……アスタナだ。雲は王都へ流れているらしい。


「アスラン、起きた?これ飲んで」


姐さんは私を抱え起こすと右手に瓶を2本持たせてきました。最近何だかこのパターンが多過ぎる気がするんですが、例に漏れない魔力回復剤だったりします。ゆっくり飲みこむと、冷えきった身体の奥底がゆっくりと温まってきた気がしました。


「確かに、お前のお陰で一気にカタが付いたが、アレは先があるときは止めてくれ。殺されるぞ」

「そうですね。死にたくないので気を付けます」

「回復したンならさっさと行くわよ。柱に動かれたら今度こそお仕舞だわ」


2本目は一気に呷って飲みきり、私はふらりと立ち上がりました。

この地にあった封じの魔力は、もうどこにも感じられない。

替わりに、不安を呼び起こす地を揺するような古代竜の息吹や波動を感じました。

恐らくサラさんがそれを一番感じ取っているのでしょう。彼女から垣間見えていたいつもの自信が見当たらなかった。


「……私が、あの方から力を奪わなきゃいけないのよね……」

「そうよ。出来なかったら全部終わり。アンタがケリを付けるの。……黄のフラーウム自慢の秘蔵っ子だったでしょ?」


同期であるメル姐さんに鼓舞され、サラさんの目に力が戻ってきました。


「それに何より、軸が私ですから今と同じ様な枠なんて作れませんから、気負わないでください。竜族皆でちょっとずつ支えて頑張ってもらいましょう」


だから気楽にして下さいと言ったら、みんなに責められました。何故だ。

上空の雲の流れが先程より速くなってきました。フラーウムに動かされているのでしょう。

目線を前に戻したら、ベルナーク様と目が合って力強くうなずかれました。


「さぁ、世代交代の時間だ。今度はちゃんと歴史に残さねェとな」

移動門(ゲート)をアスタナの城の前に設定するわ。行きましょう」


ベルナーク様が移動を決意し、メル姐さんがゲートを作り出す。彼を先頭に、順に潜っていきました。



移動先は城の正門の筈でしたが、抜けた先には山積みの瓦礫しかありませんでした。

振り返って見た後ろには、城下町が広がっている。こんな状況なのに何故か人の気配が感じられない。

ではやはり瓦礫が王城なのでしょう。フラーウムの行動が早すぎる。


「くそっ!封じられていた場所は後宮だったよな?急ぐぞ」

黒龍ニドヘグに先頭は荷が重いわ。ついて来なさい」

フェル君に乗って飛び立とうとしたベルナーク様を制し、サラさんが竜化する。彼らと共にふわりと浮き上がった。

キラキラと金の光を巻きながらサラさん達が飛んでいくと、ゲートを閉じた姐さんもすぐさま竜化して追う体制をとりました。


「待ってください!これを」


動きを止めた姐さんの前足に、急いでじゃらじゃらと手持ちの戦闘補助魔具を括りつけました。

彼女はその手で私を掬うように持ち上げ、はばたいた。


「実験中の竜用品ですけど、私の補助魔法より使えますから安心して下さい」

「ありがとう。ちょっと単語が気になるけど、借りとくわ」

「ところで…………あの黒いのは何でしょう?」


南側の城下町の先にある城壁の近くに、黒い何かが渦巻いているように見えました。

それは城門からゆっくり流れるように城下町を黒で犯し、壁などを崩しながらだんだんこちらに流れてきます。恐らくこの王宮の、後宮だったところを目指しているのでしょうか?まだまだ時間がかかりそうな感じはありますが、ぞっとする光景でした。


「フラーウムが引き寄せているんでしょうね。合流させてはいけないわ」

「ではまずアレ対策に結界を張っておきましょう」

「誘導して」


言うなり姐さんは私を背に乗せなおす。私は首元に跨り、普段の騎乗の体制をとります。装具が無いため、彼女の鬣を掴み、指示を送る。


「落ちないでちょうだいね」

「あぅぁっ!?」


直後、姐さんはぐるんと半回転して背面飛行になって急降下した。グンとかかる重力は、単なる反転では無くて魔法による加速でしょう。っていうか、そんな指示してないよ私!

一瞬、足が滑って腕だけで掴まった状態になったが、必死でどうにか元の体制に戻った。

……乗せられてすぐ色んな補助魔法を自分にかけていたので落とされずに済みましたが、彼女、普通の乗り手というのを知らなさすぎる。後ちょっと遅かったら今頃地面に屍を晒すところでした。後で文句を言わねば気が済みません。


考えも術も定まらないうちに城壁にたどり着き、姐さんが方向性のある風魔法で黒の塊を払う。

水に浮かべたドライアイスの煙のようなそれは、一瞬だけ削れたように後退したがすぐにフワフワと元通りになってしまいました。


「ちっ。何なのよコレはっ!」

「普通に魔法では駄目みたいですね。とりあえず風の結界だけ張って戻りましょう」

「そんな事で…――」


姐さんが文句を言いかけたその時、王宮の北の方がカッと光って、ドオォォォン!!と派手な音がしました。もう既に始まってしまったらしい。


「――アスランっ!」

「--……古の守り手たる風よ、『護り』をっ!!」

「風よ!!」


ぶありと巻き起こった二種類の風は、城下町に流れ込んだ黒を巻き上げ城門の外までそれを運んだ。その後城壁の内側に沿うように風の壁を作りあげた。

目に見えない壁に阻まれ、黒は城壁前に滞った。

加護札を媒介にした古代神聖語による風の障壁は黒の煙をまるで透明な壁のようにきっちり遮っており、姐さんの起こした風は障壁に黒がこびり付かないように常に流れている。

目に見える範囲ではなく意識の届く範囲で壁を作ったので、早々に越えてくることは無いと思いたい。

こっちで出来ることはもう無いはずだ。


「姐さん、行きましょう!」

「急ぐわよっ」


渦巻く風を助走に使って姐さんが飛ぶ。

あっという間に後宮のあった辺りにたどり着いて、そのままの勢いで彼女はサラさんに手を伸ばしていた巨大な金の竜の腕に爪をかけて引き裂いた。

バッと飛び散る血をかいくぐって、フェル君を駆るベルナーク様が竜の2枚ある右翼の片方の皮膜を破る。


グガアァァァァッ!!!

恐ろしいほどの唸り声をあげて、フラーウムと思われる金の竜は濁った眼を私達に向ける。

瞬間、地面から無数の岩の塊が噴き上がった。


「風の護りよ!」


とっさに風の結界を張ったが、岩の重量に負けて進路を逸らすことすら出来ない。

姐さんは私のせいで魔法をかけそこねて岩を受けてしまい、地上に落とされた。彼女は地面に激突する寸前に重力魔法を発動させて、叩きつけられるのは逃れた。

サラさんは同属性を利用して制御をかけたらしく無傷、フェル君も重力魔法で避けられたらしい。

姐さんはそのまま私を降ろすと、落ちる時に仕掛けたらしい魔法陣を次々と発動させてフラーウムを足止めした。

その間に、私は寄ってきたサラさんを加護札で一気に治し、フェル君に目配せしての彼の裂傷用に術を唱えて待機する。彼が側を通り抜けるのに合わせて急いで術を放った。


「それにしても、古代竜とも思えないようなずいぶんと荒い魔法ですね」

「ええ、見た目はフラーウム様なんだけど……」


何かを悩むようなサラさんの言葉に、姐さんの猛攻を受けているフラーウムを見やる。

巨竜種スキュラなんか目じゃない位立派な身体に二組の翼、光にあたると金に煌めく鱗を持つ畏怖の対象。

だがその濁った眼には、それぞれの古代竜達に見られたような知性も慄く様な恐怖も感じられない。しかし操られているとは違う気がした。


「フラーウムは、生き……」

「遅かったな。何があった?」


思いつくまま口に出た言葉を言い終える前に、ベルナーク様が声をかけてきた。

フェル君を姐さんのフォローに回して、右腕を血まみれにしながら彼が私の隣に来たので、話を中断して治癒に入る。


「俺たちがここに来た時、アレがここに居ていきなり襲ってきた。サラが言うにはフラーウムらしいんだが…………どう思う?」

「フラーウムなんでしょうか?あと、なんで街の人が居ないんでしょう?」


ルグオォォォォーーッ!!

フラーウムの咆哮が轟く。あまりの音量に、まだギリギリ壊れていなかった離宮がグシャリと潰れました。

巻き上がる粉塵を隠れ蓑に、瓦礫が真横に飛んでくる。姐さん達はそれぞれ魔法で、私達はサラさんが作った岩壁に護ってもらった。


「なんだか他に居そうな感じですね」

「何にしてもアレは倒すしかないな」


攻撃が止んだのをみて剣を構えたベルナーク様が飛びだしていきました。

彼と姐さん、フェル君の連携で、フラーウムは確実に傷ついている。それがとても腑に落ちない。


「その通りだよ。抜け殻(あんなの)に負けるようなら僕が手を出すまでも無いんだけどね」


壁からちょっと顔を出して様子を窺っていた私は、後ろから聞こえたその声に飛び退すさっていた。


「……ウィリ、ディス?」

「サラ。せっかく色々教えてあげたのに、残念だね。面倒だけどまた新しく育てることにするよ」


瞬きほどの時間でサラさんの角を捻り頭を地に押し付けた青年は、以前夢に見た緑の竜の、人の姿だ。

綺麗な黒髪に切れ長な緑の瞳、フラーウムを抑えて共に封じられたとされる、フィルさんの、フレアブラスの片翼。優しげな見た目なのに、今は何故かとても恐ろしい。


私が情報を理解する前に、彼は腰から取り出した短剣を……サラさんの首元に躊躇いも無く埋め込んだ。




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