下級貴族だけに伝わる場所
「おや、ずいぶん早かったな。東屋は空いていなかったのか?」
私が落胆した気持ちのまま寮の自室に戻ると、同室の上級生が「残念だったな」と声をかけてくる。
私は去年の領地対抗戦で両家の親と顔を合わせ、彼女と色合わせを終えた。今年の貴族院では正式な婚約者になったことだし、恋人らしいことをしたいと思っている。講義を終えたら一度くらいは恋人同士で訪れる定番の東屋へ行ってみようと約束していたので、彼女と今日行く予定だと同室の者達には話をしていたのだ。
「東屋は空いていました」
「空いていて、この時間に戻ってきたということは……よほどのことをして彼女を怒らせたのか? あれほど女性への触れ方には気を付けろと……」
まるで私が東屋で彼女に不埒なことをしたような言い方に、私は「違います!」と間髪を入れず否定した。
「彼女に触れるどころか、ほとんど話もできないまま上級貴族に睨まれて東屋を追い出されただけです!」
「あぁ、建前としては先に来た者が優先になっているが……な」
「東屋の周りをうろうろする上級貴族に睨まれながら彼女と話なんてできるわけがないでしょう!」
「まぁ、それは無理だな」
東屋の入り口前に騎獣を置いておけば、他の者は不干渉というのが原則だ。だが、空いている東屋がないか探しているだけだと言いながら東屋の周囲をぐるぐると回る者がいれば気にならないわけがない。それも自領の上級貴族が相手となると、彼女だって萎縮する。気まずくなった私達は早々に東屋を出るしかなかった。
上級貴族は「なんだ、もう話は終わったのか」とご機嫌で私達と入れ替わるようにして東屋に入り、自分の恋人へ「空いている東屋があったよ」とオルドナンツを飛ばしていた。
「腹立たしいことに、相手は私達に圧力をかけて譲らせたと思っていません。自分は東屋が空くまで待っていただけで、私達は逢瀬を終えて立ち去ったのだと考えているのです。空いている東屋があった? 空いてなかった! 立ち退かせたと正確に言ってくれ!」
「わかる、わかる。上級貴族の傲慢さには驚くよな」
上級生が愚痴に同意して相槌を打ってくれるだけで、私は少し救われる気分になった。世の中、そんなものなのだ。四人で寮の一室を使う下級貴族が、上級貴族を相手に抗議や抵抗なんてできるわけがない。
「上級貴族に邪魔されないところがどこかにあればよいですね。冬でなければ外でピクニックくらいはできたのに……と彼女が落ち込んでいました」
貴族院は冬の間にしか開かれない。社交期間の半ばを過ぎれば吹雪くほどの雪は珍しくなるが、それでも雪が残っているところは多く、とても外でのんびり過ごせる気温ではない。東屋周辺、各領地の採集場所のように気候から守られている場所でなければ難しい。ちなみに、採集場所は魔獣が出るので逢瀬には向かない。
「おい、これを持て」
盗聴防止の魔術具を差し出され、私は目を瞬きながら受け取った。今この寮の自室で、この話の流れで使う必要があるのだろうか。
「……下級貴族だけに伝わる場所はある」
「え!?」
思いもかけない言葉に目を丸くした私に、彼は簡単には口外するなと言う。
「伝えてもよい相手は下級貴族のみ。それから、他領の者と正式な婚約を終えていること。同じ領地の婚約者ならば寮の会議室を押さえることもできるし、話をするだけならば多目的ホールでできるからな」
「確かに、同じ領地の婚約者は距離が近くて羨ましいです」
領地が違う恋人同士がお茶会室を使うことも可能だけれど、社交期間に下級貴族が独占することは難しい。婚約者のいる者達が何人かで借りて、衝立で仕切って使うことはあるけれど、何度もできることではない。東屋のように気兼ねなく会える場所は心の底から欲しい。
「最後の条件は、誰に対しても横暴な振る舞いをしない者だ。人目がないところで女性に横暴な振る舞いをする者に教えるわけにはいかないからな」
「わかりました。下級貴族で、他領に婚約者がいて、横暴ではない者ですね」
「知る者が増えると使いにくくなるから、不用意に口にするなよ。伝える相手はよく選べ」
……それが本音か。
少し呆れた気分になるが、競争率が上がるのは避けたいのは私も同じだ。
「どこですか?」
「講堂横の階段だ」
「それは、卒業式の日だけ使われる、あの階段ですか?」
卒業式の日に講堂は変化する。祭壇が剣舞や奉納舞が行われる舞台が出現し、観覧席ができる。その観覧席に行くための階段だ。普段は用がないので近付くことはない。
「そこだ。扉を通り過ぎた奥、階段の上部、階段下の三箇所が逢瀬の場所になっている。階段は講堂の左右にあるから計六箇所だ」
「……知りませんでした」
「当然だ。其方は今まで婚約していなかったではないか」
教える相手が厳選されているとよくわかる言葉だった。
「階段下が使えるならば講堂以外にも……」
「講義を終えて使われなくなった教室の一部や付近の階段下は中級貴族が出入りしているから近付くなよ」
私が思いつく程度のことは誰しも考えるらしい。釘を刺されて、私は頷いた。逢瀬の場所を探して中級貴族に睨まれたくはない。
「まず、階段のところへ行って印を確認する」
「印?」
「命の神エーヴィリーベの印だ。魔法陣でも描くからわかるだろう? ゲドゥルリーヒとの逢瀬を邪魔するな、この先に立ち入るなという意味になっている」
冬の間、ゲドゥルリーヒを氷の中に囲い込むエーヴィリーベの印は、貴族院での逢瀬を知らせる印としてピッタリだと思う。
「最初に確認するのは、階段脇。そこに印があれば誰かが階段下を使っているということだ。なければ印をスティロで描いて階段下を使って構わない」
「階段下に椅子でもあるのですか?」
「あるわけがないだろう。自分で敷物くらい持っていけ。雪の中のピクニックよりは幾分マシという程度の場所だ。少なくとも東屋のように逢瀬のために調えられた場所ではない」
それでも誰にも邪魔されず、恋人同士で過ごせる場所と時間が欲しいと思う下級貴族が行くところだと言われ、私は頷いた。階段下の暗い場所で床に座るなど、上級貴族にはとてもできまい。
「次に階段を上がる途中で踊り場の壁に印があるかどうか確認する。印があれば上は使われている。諦めろ」
「なければ、踊り場を回って先の階段へ進んでも構わないということですか?」
「あぁ、そうだ。階段を上がっていった先に印があるかどうか確認する。なければ奥が空いている。スティロで印を描いて奥まで行って彼女と逢瀬を楽しめばよい」
階段を上がりきる前に見えるように、印は大きめに書くように言われる。
「印がある場合はどうするのですか?」
「奥はすでに誰かが使っているということだ。階段を戻って踊り場の壁に印を描き、自分達は階段で逢瀬を楽しむ。上へ行く時は奥から順番に使っていくことになる。通り過ぎて確認するなど気まずくてできないからな」
婚約者と二人で会っているところに誰かが入ってくるなど考えたくはない。そう思うと、お互いに鉢合わせしないように考えられていることがよくわかる。
「会話が漏れないように盗聴防止の魔術具を使うこと。帰る時には必ずヴァッシェンで印を消すこと。あと、鐘が鳴ったら逢瀬は終わりだ。いくら名残惜しくても、必ず一旦撤収しなければならない」
奥にいる者が出る機会を作る意味もあるし、順番を待っている他の恋人達と穏便に交代する意味もあるらしい。
「つまり、鐘が鳴った後に行けば空いている可能性が高いということですか?」
「そうだ。私は婚約者と次の鐘で約束している。そろそろ出かけるか。では」
私の手にあった盗聴防止の魔術具を取ると、彼はニコリと笑って立ち上がった。
……婚約者がいるのに私と違って余裕があると思ったら!
上級生と違って余裕のない自分に少し悔しい気分になりつつ、私は先程ガッカリしていた婚約者を呼び出すためにオルドナンツを出した。
完全に名前なしのモブ視点で書いてみました。
ふぁんぶっく11に載せるSSは講堂の変化がメインで、それに関連する設定ではあるもののアナスタージウス視点には入れられない部分です。
下級貴族達の逢瀬の場ということで、キスの日SSとさせてください。




