10 母の面影
阿片窟の奥から現れたハオランは、猫によく似た顔で笑う。
「ビスクドールのお姫様が我の店に何しに来たと聞き耳を立てていたが、なかなかどうして賢いじゃあないか。」
「私の推理に間違っているところはございまして?」
カメリアに問われたハオランは「いいや、完璧さ。」と首を振った。
「貴君は17年前の真実を見抜いた。
故に貴君の力を信じよう。
エバーグリーンを襲ったのは、フィッシャーという男だな。」
ハオランは瞳に妖しい光を宿す。
「彼の者は、我らの友人を2人も奪い我らの姫君に手を出そうとした。
我らの街で起こったことには我らのやり方で始末をつけるのが筋よ。」
ヒルダは、「エバーグリーンへの暴行罪でフィッシャーを逮捕するよう警察に連絡いたしましょうか。」とカメリアに囁いた。
それを見たメイティンは「よしな。」と釘を刺す。
「この街では秩序を守るのは警察じゃないのさ。
あたしたちはみんな、あぶれ者だからね。
万一警察が動いてくれたとしても、兄者が奴を捕まえるほうが早いね。」
フィッシャーにとっては、警察に逮捕されたほうがましだっただろう。
フィッシャーの所持する地位も資産も、彼を捉えんとする東洋の虎の前では意味をなさないのだから。
出て行こうとするハオランを、おれは「待ってください。」と呼び止めた。
「まだ貴方に母のことを話してもらっていません。」
ハオランはふっと顔を緩めた。
「アレクシス、我は貴君が全てを知ったときに話すと言ったね。
約束通り話すとしよう。」
ハオランは阿片窟の奥の方に置かれた長椅子を指す。
「エバーグリーンはあそこに腰掛けていた。
あれは我が初めて一人で店番を任されたときだった。
幼い我は西洋人を追い出そうとしたが、ハンメイに痛く叱られたよ。」
ハンメイとエバーグリーンは、生まれた国も超えた無二の友人だったのだ。
ハオランは「ハンメイに翡翠の簪を渡されたエバーグリーンは、受け取れないと言ったんだ。」と話す。
「ハンメイが恋人から貰ったものだから受け取れないとね。
だけどハンメイは、とても大切な物だからこそ持っていてほしいと、エバーグリーンに簪を渡したのさ。」
ハオランはおれの瞳をじっと見て、「アレクシス、貴君の母君は誠に強い女性だ。」という。
「ハンメイが消え、我らはいっそう西洋人を敵視した。
エバーグリーンが一人で阿片窟に来たのはそんな時だ。
エバーグリーンは我らに殺される覚悟でメイティンを届けに来たんだ。
我らは同志の娘を守った貴君の母君に、変えせぬほどの恩義を感じているのさ。」
そう語るハオランの表情には、僅かに憧憬の色が浮かんでいた。
ハオランは「貴君には思うところもあるだろうが、メイティンを恨まないでやってはくれまいか。」と懇願する。
「恨んだりなんかしませんよ。」
「そうか。
芽吹いたばかりの春に亀裂が入ることを恐れ真実を話さずにいたが、我の杞憂であったか。」
ハオランの言葉で、おれは頬があつくなった。
おれはメイティンのほうを見る。
メイティンはにこりと微笑んだ。
母が命をかけて守ったこの美しい娘の微笑みに、おれは生まれて初めて母の面影を見た。




