引き際
どうするべきか
体育大学で公演を行った舞莉子。
話を聞いてくれた人からの感想を見ると、小難しいイメージのあったフィギュアスケートが分かりやすくてテレビで注目して観戦したい。現地に赴いて、実際に観戦したいという声が来て嬉しいかった。
本業でもあるフィギュアスケートの試合では、グランプリシリーズを制してファイナルも制していた。周りからは片手間にやってる選手に何負けてるんだとブーイングや文句を言う人がいた。ベクトルが舞莉子から他の選手に移っただけで言う人は何でも言うのかと改めて実感した。
全日本選手権を終えて、翌年に行われるドイツでのオリンピック個人には舞莉子やコトリンに結華ちゃん。そして男子には伊吹君も代表入りを決めた。オリンピックの仮はオリンピックで返すとそう誓っていた舞莉子としては再び戻って来れてよかった。
舞莉子以上に闘志を燃やしている選手がいる。それは小鳥遊琴凛シャーロットことコトリン。理由はコトリンのパパがドイツ人だからだ。3人で表彰台に乗ろうと話す。
前回のオリンピックでは、自分の事で手いっぱいだったが今回は2度目というのもあって試合中にどういう感じで実況されているのかを見逃し配信で確認してみようと決めた。
年が明けて、2月にドイツで行われるオリンピックの開会式に臨む舞莉子とコトリン、結華ちゃんと伊吹君。全員2回目というのもあって程よい緊張感で参加する。
舞莉子としては最後のオリンピックのつもりでショートプログラムで4回転トーループ、4回転ルッツ、4回転フリップに3回転アクセルを組み込んでフリープログラムで4回転サルコウ、4回転フリップ、4回転半を跳ぶ事を決めた。
ショートプログラム当日、予め提出した舞莉子は過去の鬱憤を晴らすくらいの気持ちで演技をした。するとショートプログラムの結果が出て、過去最高得点となる93・00を記録して首位スタートを果たした.
過去の舞莉子を振り返るとショートプログラムがよかったからといって、フリープログラムでもそのままいいとは限らない。過去のオリンピックでもフリープログラムからの逆転は大いにある。
翌日のフリープログラム、首位の舞莉子は最後の演技になる。孤独の時間を過ごしながらも今か今かと順番を待つ。
名前を呼ばれてリンクに乗り、大歓声で迎えられる。女子選手がオリンピックで4回転半を跳んだ選手は未だかつてない。パイオニアとして、次世代に向けて4回転半を跳ぶと着氷して成功する。
その後のジャンプも次々と決めて、代名詞でもある「舞莉子スワンステップ」も冴え渡って、自分でも驚くくらい完璧の演技を見せて、指を突き上げた。負けた気がしないと。
フリープログラムの結果が発表されて、187・00でショートプログラムの93・00ど合わせて合計280点でショート、フリー、合計の3部門で過去最高得点で優勝を果たした。
1位の舞莉子2位は結華ちゃん、3位はコトリンで表彰台を日本人で独占をした。男子でも伊吹君が1位になり、フィギュア大国の仲間入りを果たした。
その日、選手村に戻って見逃し配信で何て言われているのか気になっていた舞莉子だった。
「スケートリンクの支配者、4回転の女神降臨。氷上のフェアリーの名に相応しい。そう、彼女の名前は松阪舞莉子」
余韻に浸ったまま翌日は魅せるフィギュアスケートとも言われるエキシビションにも参加する舞莉子。点数を気にしなくていい分、気持ち的に楽だった。
魅せる華麗に滑る舞莉子。終わって帰ろうとしたら電気が消えた。え?停電かと思ってスグに電気が付くと、そこに立ち尽くしていると目の前に伊吹君が片膝を立てていた。
「中学時代の病院で相応しい人間になったら気持ちを伝える。それは今だと思います。松阪舞莉子さん、結婚してください」
そう言って婚約指輪を差し出された。嬉しいよりも驚きの方が大きい。伊吹君の事を嫌ではないし、誰よりも味方でいてくれたから当然、オッケーするつもりでいた。だが、この雰囲気的に断ったら舞莉子が悪者になるのは明白。
お願いしますと伝えると会場から大きな拍手を送られた。閉会式に参加して物思いにふけていた舞莉子。
日本に帰国して、花束をもらう舞莉子。頭を下げて出迎えてくれた人に手を振ったり、写真撮影に答える。インタビューに行脚をする日々。
オリンピックの閉会式を終えて数日後に会見に臨む舞莉子。椅子に座る途中で何もない場所で躓いて足を痛めた。古傷の捻挫かどうかは別として自分の中で気持ちが吹っ切れた。
そして、舞莉子の番が回ってきた。
「さっき、椅子に座る直前で足を痛めました。捻挫かは分かりませんが、選手としてのオリンピックは今回で最後になりました。最後にショート、フリー、合計得点で歴代最高得点を取れたのでもう後悔はありません。次の日オリンピックでは、コーチとして選手を導ける様にまた帰ってきます。フィギュアスケーター松阪舞莉子の引退がこの様な形に自分が驚いています」
会見でも述べたが、もう選手として全てやり切った気がしていた。中学校時代に出会ったマンダラチャートはコンプリート出来たのかなと思っている。
振り返ればフィギュアスケートを始めて17年、色々な人と出会う事が出来た。氷室拓郎さんに出会わなければフィギュアスケートを始める事は絶対になかった。
拓郎さんの奥さんでもある華織さんやそのライバルの小山内香凛さん「別名カオリン」が公私共にお世話になったし、ありがとうと伝えても伝え切れない。
そして、カオリンの子供でライバルでもあった結華ちゃんや伊吹君。いつもは不思議ちゃんだが、誰よりも友達思いでフィギュアスケートに情熱を燃やす小鳥遊琴凛シャーロットちゃん「別名コトリン」。
そのコトリンのお姉さん的存在の「氷上のマドンナ薩摩川内支店」の川内優愛さんといった最高の仲間、最高のライバルと出会えたのが財産だと感じている。
選手としては退くが、これからは選手松阪舞莉子を越える様な選手を育てたい。そう考えている。
まだ現役を続ける優愛さんや結華ちゃんにコトリン。そして、旦那となった伊吹君を今度は傍らが支える側になる。
今よりももっともっと日本のフィギュアスケートが発展する事を松阪舞莉子は願い続けている。




