ネクストビジョン
見据える先
また新シーズンが始まる。グランプリシリーズに向けて練習をする舞莉子。今のスケートリンク場やたまに「氷上のマドンナ松阪支店」に顔を出す事がある。理由は自分にとって、ここがフィギュアスケートの原点だからだ。
顔を出せるのはどうしてもシーズンオフに限られてしまうが、それでも舞莉子が行くと指を差して近寄って来てくれるノービスクラスの子やジュニアクラスの子がお姉ちゃんと懐いてくれるのがかわいくて愛おしい。
当然ながら舞莉子と同世代のシニアクラスの子もいて、年々同世代の子達が減っているのが見て分かり、寂しく感じる。怪我をしての引退であったり、やり切ったと思っての引退する子もいる。
家に戻ってフィギュアスケートでの引退する年齢を調べるとトップ選手であっても20代半ばから30代くらいと呼ばれている。怪我持ちの舞莉子にとって他人事とは言えない。後、何回試合に出場出来るのか?後何回オリンピックに出場出来るのかと考えてしまう。
ノービス時代、舞莉子よりも得点が高くて表彰台に乗っていたあの子。ジュニア時代に怪我で試合に出場出来なくて表彰台に乗っていたあの子。りんくにリンクに立てばライバルだが、試合が終わればノーサイド。全員と連絡先交換した訳ではないが、試合の前後に他愛ない話をしたのを覚えている。
当時切磋琢磨していた仲間が今の舞莉子を見たらどう思うだろうか?オリンピック団体戦でメダルまで手の届く場所にあったのに無様な演技でみすみす取り損ねてしまっていて、それならば自分が出た方がマシだと思う子もいただろう。フィギュアスケートをしていて悔しい思いの方が多い。
カオリンにはブーイングや文句を言われるのは名前が知られている証拠と言われたり、中学校の同級生からはこう言われたのを思い出した。
「中学時代、舞莉子ちゃんが怪我を負いながらもリハビリをしながらフィギュアスケートにカムバックした時、私だけじゃなくてクラスメイト全員が自分達も逆境の状況でも諦めたらダメだと悟ったよ。遅くなったけど感動をありがとう」
それだけではない。知らない人から応援していると言ってもらったり、ノービスクラス時代から応援してくれている人もいたり身近の人から顔も名前も知らない人もフィギュアスケートが始まる時期だけでも松阪舞莉子を応援したいと思える演技をしなきゃいけない。
シニアクラスでは毎年行われるグランプリシリーズや全日本選手権、勝ち上がればグランプリファイナルに進める。そして4大陸選手権とハードになる。
21歳になる年に出場出来ればいいが、もし出られないとなると次は25歳になる年になる。オリンピックに出場出来ても事実上最大2回となる。オリンピックの仮はオリンピックで返すと誓った。




