第六話:陰謀
東方での最後の仕事は、森の奥にある魔物の巣の掃討だ。
街道からは離れているが、放っておいたら、また商路を脅かしかねない。
宿場の外れで、見覚えのある三人組が出発の準備をしていた。
離れていても見間違えようがない。ヴェスペラだ。後ろには、昨夜の二人。
ヴェスペラが何か言っている。
一人が頷き、もう一人は黙って装備を整えている。
目を逸らさずに見ていると、リーネが横に並んだ。
「あの方々は……」
「先日、街道で会った連中だ」
気になったが、背を向けた。
四人で街道を進んだ。
二刻程度歩いてから、南の森に入る。
さらに一刻ほど歩くと、魔物の気配が漂い始めた。
「いますね……」
リーネが剣を抜く。傭兵二人も、それぞれの得物を構えた。
森の奥には、蜥蜴型の魔物が群れていた。
巨大な母蜥蜴は銭投げで仕留めて、残りの子蜥蜴は、リーネと傭兵で処理した。
「これで全部だな」
「ああ。日が暮れる前に宿場に戻れるそうだ」
傭兵の二人が、周囲を見回りながら言った。
「お疲れ様でした」
リーネが、剣についた魔物の血を払って、鞘に納める。
聖銭の消費量は最小。負傷者も出ず、最初から最後まで順調だった。
帰路についた。無事に任務を終えて、足取りは軽い。
獣道を半刻ほど、進んだ頃だった。
金属の音がした。それと、女の叫び声。
近い。リーネと目が合った。傭兵の二人も、同じ方向を見ている。
頷き合って、走った。
***
木々の間を抜けると、少し開けた場所に出た。
魔物の死骸が転がっている。
だが、戦いは終わっていなかった。
ヴェスペラが走っていた。肩で息をしている。
手に握っているのは、枯れ枝。魔法の触媒だ。
振り向きざまに何かを唱えた。地面の土が跳ね上がって、追ってくる男の足元を崩す。
男がよろけた。だが、もう一人が横から回り込んでいる。
昨日の野営地の二人だった。明らかに、ヴェスペラに刃を向けている。
魔物を倒した直後に、味方が味方を追い回している。
ヴェスペラの動きが鈍い。支援魔法を使い切った後だ。
触媒で足止めはできても、二人を相手にし続ける余裕はない。
男たちの刃が、無防備な背中に振り下ろされそうになった。
背後から走り込んでくる俺たちには気づいていない。
走りながら足元の石を二つ拾い、続けて投げた。
一つ目。回り込んでいた男の側頭部に当たった。横に崩れた。
もう一人が驚いて振り向いた。ヴェスペラから目を離した。
二つ目。こめかみに叩き込んだ。前のめりに崩れた。
ヴェスペラが足を止めた。肩で息をしている。枯れ枝を握ったまま、俺を見た。
「ハンジ、どうして……」
「怪我はないか?」
「ええ、助かったわ」
声は掠れていたが、応答は、しっかりしていた。
倒れている二人に近づいた。意識を失っている。
リーネが武器を取り上げて、傭兵の二人が手首と足首を縛り上げた。
縛られた二人を見下ろす。
何故ヴェスペラを襲ったのか、聞き出さなければならない。
***
しばらくして、一人が意識を取り戻した。
もう一人はまだぐったりしている。
ヴェスペラは少し離れた倒木に腰を下ろしていた。
リーネが横に立っている。
「誰の指示だ」
黒髪の男が唇を噛んだ。
もう一人が目を開けた。自分が縛られていることに気づいて、顔が青くなった。
「しらばっくれても無駄だぞ。目撃者が四人もいる」
「……知らん。魔物との戦闘中に混乱しただけだ」
「見え透いた嘘をつくな。お前らは明確に殺そうとしていた」
風が木の葉を揺らした。魔物の死骸から、血の匂いが流れてきた。
「このまま衛兵に突き出しても良いんだぞ? お前らだけが、『仲間殺し』で裁かれる。指示した奴は、知らん顔だ。それでいいんだな?」
先に口を開いたのは、後から目覚めた方だった。
「……カスパルだ」
あの部屋が頭をよぎった。銀縁の眼鏡。眼鏡を押し上げる、白く長い指。
黒髪の方も口を開いた。
「カスパルに、殺せと言われた。遠征中に事故に見せかけろと」
「俺たちだって好きでやったんじゃない」
「あいつには逆らえないんだ」
一度喋り出すと、二人とも止まらなかった。
ヴェスペラを見た。倒木に座ったまま、二人を睨みつけている。
「カスパルと何かあったのか?」
ヴェスペラが顔を上げた。視線が二人組から外れ、俺に向いた。
膝の上で、組んだ指の力が緩んだ。
「ハンジが切られた後、私はカスパルに抗議した。アルフレードのいないところで、勝手に決めたことだったから、筋が通っていないと思ったの。だから、アルフレードに伝えると言ったわ」
知らなかった。あの後、そんな悶着が起きていたとは。
「カスパルは『ご自由に』と言った。その後、この二人と一緒に、遠征に出されたってわけ」
カスパルは、アルフレードにヴェスペラの声が届くことを恐れた。
それを口封じで止めようとするほど、知られたくない何かがあるということだ。
「……歩けるか」
「ええ、魔力は尽きたけど」
ヴェスペラが立ち上がった。
縛られた二人を見下ろす。二人組は目を逸らした
「アルフレードに会う」
カスパルには、きっちり落とし前をつけてもらわなければならない。
そのために、やるべきことは決まっていた。




