年の瀬と その3
「では。今年も一年、おつかれさまでした。もう少しだけ業務はありますが、とりあえず。乾杯!」
「乾杯―!」
貫田部長の声に合わせ、ビール缶四つと紙コップが中央でぶつかる。
「ローストビーフ、取った!」
「黒石、取り過ぎだろっ」
「あっ! そのチキン狙ってたのに!」
「カラスがニワトリ食ったら、共食いだろ」
「今は人だから、いいんですー」
すぐに始まったのは、柴山と黒石による肉料理の争奪戦。
「まだ無くならないから。ゆっくり、ゆっくり」
そう言ってなだめているのは、貫田部長。しかし、その手にあったビール缶は既に軽く潰されてデスクに置かれていた。
「部長も、お酒のペース速いですよ」
「そうかな? さて、日本酒を……」
いそいそと立ち上がる貫田部長に、天原が口を尖らせる。
「忘年会だもの、いいかな……ほら、司くんも食べたい物は取って置かないと。特に肉類は、早く無くなるからね」
「はい」
営業部の室内に、三つの寝息が響いている。
「あらら……みんな寝ちゃった。司くんは、まだ平気?」
「はい。ただ、少し酔ってきてはいると思います」
「部長の日本酒、司くん氷で飲んでなかった? お酒強いんだね」
「そうみたいです」
空いた缶や汚れた紙皿を片づけ始めた天原に、司も続く。
「ちょっとだけ、ゴミ集め任せていいかな? 私は、彩を部屋に帰らせるから」
そう言って、天原が黒石の耳元に顔を近づける。そして口元に手を添え、何かを言った。
次の瞬間、
「配信!」
そう叫んで、黒石が起きる。そして、コートとバッグを持つと走って出て行った。
「これで、彩は大丈夫。司くん、部長とタロの周りをお願いしていい?」
「わかりました」
司が、大事そうに日本酒の大瓶を抱える貫田部長に「瓶、取りますよ」と声をかけたり、柴山が握りしめたままの缶を取ったりとしている間に、天原がゴミを分別していく。
一通り終えた頃には、日付が変わる一時間前になっていた。
「本当に、置いて帰っていいんですか?」
月明かりに照らされた寮への道を、天原と並んで歩く。
「変身薬も切れる頃だし、大丈夫。そのときって、イヤでも意識が戻るようになってるから」
そう言って、天原は鼻歌を始めた。
どんな歌なのか、司はわからない。けれど、どこかで聞いたことがあるような曲調。
それは思い出せない。
だが。
「天原先輩」
相手に聞こえるよう呼んで、司は足を止めた。
「どうしたの?」
ほんの少しだけ先へ行った天原が、司に向き合う。その顔には、いつもの微笑み。
「……僕、見てしまったんです。天原先輩が早退した日、夜遅くにとくつみしょから寮に帰っているところを」
司が言った瞬間、木々の葉が鳴るほどの風が背後から吹いた。そうして出来た影が、天原の顔を隠す。
「見間違い……って誤魔化すのは、違うね」
不思議と、天原の声は風の音に消されず、司の耳に届いた。
けれど、影でその表情は見えない。
「大丈夫。司くんは、もう自分で立てるから。私がいなくても」
風が止んでいく。同時に、影が動いて天原の顔が見えるようになっていた。
「それは、どういう――」
意味ですか。
それは、司の唇に置かれた人差し指が飲みこませた。
「答え合わせは、すぐだから」
今度は、正面から風が吹く。
思わず司は目を閉じる。
風が止んで、目を開けた時。
天原の姿は無かった。
次回その4は、5月29日(金)16時10分に投稿予定です。




