絞首台にて
目の前に輪が揺れていた。
やはり擦れた時に血が着くのだろうか。黒い染みが幾つか見えた。
取り囲む大歓声に混じり投げられる石礫が、他人事のような気持ちを現実に引き戻した。
「この女、ボニータ・ブルックスの絞首刑を行う」
死刑執行人の宣言に、観衆の歓声と興奮の足踏みが大気と大地を揺らした。
「ボニータ・ブルックス。強盗、殺人、脱獄幇助の罪により死刑とする」
後ろ手に縛られ、やや前かがみの私の前で、執行人は高らかに罪状を読み上げた。
「アレは正当防衛だろ」
吐き捨てるように呟いた私の耳元で「女たちは全員処分したよ。余計なことを」と神父が囁いた。
「汝の罪が許され、神の御許に召されますように」
顔を上げるまでの数瞬——
神父は下卑た笑みを慈愛の微笑みに塗り替え、そう祈った。
神父が一歩下がったのを合図に、目隠しをされた。
そして背中を押されると、床が軋む音が聞こえた。落とし板の上に立ったようだ。
首筋に冷たくざらりとした縄が軽く擦れた。油と僅かに鉄錆の臭いが鼻に触れた。
そういえば、ビールを飲ませて貰う約束だったな。私はこの街に来た最初の夜を思い出して、ふと笑った。
ハルドゥの悪魔の噂を耳にしたのは、剣と羊亭——ミルトの町の酒場だった。
「それでよ、女、子供をさらっちまうんだよ!」男は酒臭い息を撒き散らしながら、ジョッキを叩きつけるようにカウンターに置いた。
「ハルドゥの悪魔か」
「半年で四人も連れ去られちまった」
「キッシャーなんて新婚だったのによ」
酔客が私の周りに集まって行方不明になった女性達と少年の話を始めた。
「なぁ、アンタ。女ひとりで流れ者なんてやってるなら、腕に自信はあるんだろ」
黙って話を聞いていたマスターが、騒がしくなった周囲を収めるように口を開いた。
「ああ、まぁ。いつも一人って訳じゃないけどね」
ぬるいエール酒を流し込んでマスターを見た。こういう時は、大抵依頼がある。ギルドを通さない分、リスクは高いが実入りも多い。
「まぁ、集団討伐や傭兵仕事もあるよな」訳知り顔の酔客の一人が、口を挟んだ。
「俺にも娘が居るからよ、他人事じゃないんだ」マスターは給仕をする若い女性に視線を遣った。
「ハルドゥの退治と行方不明者の救出を頼めないだろうか」
「報酬は?」
私がそう言うと、マスターは銀貨三枚をカウンターに置いた。
「前金に帝国銀貨三枚。解決出来れば報酬としてあと銀貨七枚出そう」
「娘を案じるのは分かったが、随分と羽振りがいいな」
一旦収まった周囲が再びざわつき始めた。
「一ヶ月以上は暮らせるだろ」
「俺もやるかな」
「葬式代に消えるぞ」
「——足りないね」
私は銀貨を一瞥してそう言ったあと「成功報酬に、ビールをジョッキで追加してくれ」と続けて銀貨を掴んだ。




