番外編:彼が守り通したもの。
どうしても、たった一つだけ、絶対に守りたかったもの。
姉ちゃんと五斎さんのその後。三人称。
茂崎の二つの大迷宮が踏破・破却されて、早くも一か月が経った。
だというのに、祝賀パーティの予定がいまだに立っていない事に、周辺の住民もマスコミも首を傾げる日々が続いている。
いや、マスコミ側は、主賓たちの都合が付かない、と迷宮管理局から明快に回答を得ているのではあるが。
公式発表では、第一迷宮と第二迷宮は、共にダンジョンマスターを配し、更には深部で接続しているという特殊構造であったこと、第二迷宮側のダンジョンマスターは、行方不明になっていた元大学教授であり、モンスター化した状態で発見され討伐されたこと、そして第一側のダンジョンマスターは確保救出された事だけが記載されていた。
拉致されていた第一迷宮側のダンジョンマスターの素性と状態に関しては、一切書かれていなかったのだ。
とはいえ、中堅以上の探索者たちはその実情をある程度知っている。
『勇者代理』アズミはこの地域の探索者の間では一番の有名人だし、彼女が迷宮に入る理由自体が、行方不明となった彼女の夫が、拉致されたダンジョンマスターであると推測し、救助の為に攻略を進めているから、という話は、彼らにとっては周知の事実だったからだ。
そして彼らは、取材を試みる、主に他地域のマスコミに対して、一貫して「だってあの人一般人だし」で全ての質問をシャットアウトするという手段に出た。
実際、世界の変動、そして迷宮が生成された当時の彼は、製薬会社勤務の無名の一般会社員だ。
いちいち実名を報道する意味などないだろう、というのが迷宮管理局以下、探索者たちに至るまでの一貫した姿勢であり、取材側も一旦アプローチを諦めるしかなくなった。
二つの世界が融合する大混乱の収束期に、ゴシップ誌のほぼ全てが一旦淘汰されてしまっていたことも理由としては大きい。
エルディム人は、虚実の虚を大袈裟に書き立てるタイプのメディアを完全拒否したので。
インフラの再整備に手を貸す条件に加えられた時点で、ゴシップ誌各社は撤退せざるを得なくなったとされている。
探索者掲示板ではいろんな情報が交わされていたが、それらも取材するのは基本的に不可能だ。
なにせ探索者組合を管理する迷宮管理局は、国の組織だ。
記者と探索者という二足の草鞋を履いている者はどのメディア企業にも相応数いたのだが、探索者という準国家資格をふいにしてまで紙面を飾ろうなどという輩は、結局現れなかった。
如何せん、落ち目を通り越してほぼ死に体の雑誌の記事を書くより、真面目に探索者をやる方が、遥かに実入りが良かったので。
おまけに、彼らを抱えているメディア側も、探索者関連のガイド記事や有用情報の記事は定期的に載せれば確定で購読者を得られるから、社主の意に染まぬからと彼らを切り捨てることもできない。
余談であるが、健康上の理由でパワーレベリングを受けた人々は、よほど適性があって自ら転身した者でない限り、探索者としての登録はしていないので掲示板の存在も知らないことが多い。
一部のメディアはそういった人々にも情報を求めたが……
ほぼ全員が、追い返された。
探索者たちへの恩を仇で返させるつもりかと怒鳴られたものまでいたようだ。
そして、追い返さなかったごく一部の者はといえば、噓八百並べて記者を翻弄して笑っていたという。
そんなわけで、五年ぶりの再会を果たした若夫婦の平穏は、今のところ保たれている。
では、実態としてはどうだったか。
実は、この時点で救出された元ダンジョンマスター、若附五斎は目覚めていない。
ダンジョンコアによる迷宮最末期の急激な階層改変には、彼自身の存在に必要なリソースも生存可能なギリギリまで奪われ、浪費されており、そのダメージが心身を深く蝕んでいたからだ。
それでも、救出パーティによる詳細不明の応急処置や、医療関係者の尽力で、生命維持には問題ないレベルの身体状態は取り戻しているのが現状だ。
「起きるそぶりどころか、寝言一つもないのよねぇ」
「エルディムのお医者さんも言っていましたけど、魂魄そのものへの損傷もあるようなので、どうしても時間がかかる、とは……」
弟と仕事の相棒は、自分たちは目立つからと、この病院に見舞いに来ることはない。
その代わり、普段から業務で病院に出入りのあるジーシャや、アズミと付き合いの長い、迷宮管理局の管理職勢、これも主に別件で普段から病院に出入りのある連中が、時折様子を見にきてはくれている。
それとは別に、今日見舞いに訪れているのは、ノノだ。
彼女は自分の通院のついでに来るので、今のところ関係者だとばれてはいない。
そもそも無名のひよっこ探索者、しかも未成年で、いずれ行われる祝賀パーティにも出ないのがもう決まっているし、少し成長したうえに迷宮適応が現れ始めている現在の本人の姿を、過去の知己にもまるで知られていないというのもポイントが高い。
「身体的には、もういつ起きても大丈夫なんですけどね……」
「起きたら速攻レベリングに連れていくんだけどなぁ」
「鹿狩りに行くといいってジーシャさんが言ってましたっけ」
魂魄そのものへの問題への言及は聞かなかったことにする、といった体で、アズミはレベリング療法の事を口にする。そしてそれに気付きつつも、話を合わせるノノ。
垂水迷宮で探索者としての練習がてらレベリングを再開しているノノは、既に200レベルを超える辺りまでに至っている。
そうしたら、診断系の技能が生えてきたのだといい、最近では通院と言いつつ、この病室を訪問するのが主目的になっている。
「それにしても中学生でレベル200はやりすぎでは?」
「家系的にもう背は伸びないだろうし、いいかなって……そしたら何故かレベルアップで背が伸びたんですよ。意味が分からないですよね?」
「流石にそれは聞いたことないわねえ。若返る話ならいっぱいあるけど」
そう、実はレベリングを再開してから、彼女の背はずいぶんと伸びた。
レベルアップで背が伸びるってどういうことだ?と、手伝っていた大人二人が首を傾げる事態だ。
実は、今も彼女の病院通いが続いているのは、そういうイレギュラーの経過観察が本来の目的であったりもする。
ただ、現状では何の異常もない健康体である、としか診断できないそうだし、本人も妙な現象ではあるが、生命に異常を及ぼすような事態ではないし、と気楽なものだ。
「安宿はどうしてる?レベリングには付き合ってるよね?」
「そろそろお姉さんの顔が見たいってぼやくようになってきましたねー」
アズミ本人のマスコミからの隔離も兼ねているため、五斎の入院以降、彼女も一切外出はしていない。
なので当然、弟にもリケラにもずっと会えていないのは、本人も気になってはいるようだ。
「成人はしてるし、探索者としての地位ももう確立できてるんだから、姉離れしてくれてもいいんだけど。こっちはイツキを取り戻した以上、あの子まで構ってられないわよ?」
「そこは判ってるんだけどさあ!、だそうですよ?」
恩人の口真似をして、ノノはふふ、と笑う。中学生らしからぬ、謎の余裕を持った表情。
「……また前世の人、出てきてる?」
「出てきているというより、ゆっくりとですけど、混ざりだしてますね。迷宮に入るまえからその傾向はあったので、今更ですけど」
多分、実質彼女のものになっている名前を使っているせいじゃないですかね、と言われて納得する、名前に拘りの強いエルフ族の知己が多いアズミである。
「ってあら?」
唐突にノノが首を傾げ、笑みを引っ込める。
「何?」
「あ、手を取ってあげてください。目覚める、かも」
「えっ……イツキ……!」
ノノの言葉に、点滴の通っていない側の夫の手を掴み、迷いなく自らの胸に押し当てるアズミ。
その指先が僅かに動き、睫毛が震え……
「……ぁ……」
「イツキ!!あたしよ、判る?!」
掠れた、小さな声。開いた双眸は焦点が合っているような、いないような。
その夫の手を、更に強く、己の胸に埋めるアズミ。
(言葉よりお胸の方に反応が強いような……いや、アズミさん大きいからインパクトは高いのかもしれない、けど……いやいや?)
診断技能を働かせてみたら、中学生女子にはちょっとセンシティブな結果が出てしまって、内心で困惑するノノを他所に、若い夫婦はようやっと、真の再会といえる状況に至る。
「……アズ……!」
「そうよ、あたしよ!よかった、あたしの事は、覚えてるのね?」
「……うん。アズ。」
その感動の再会に、診断しなきゃよかったな、とちょっぴり後悔するノノだった。
問題は、そのあと発覚した。
エルディム人医師やノノは予測していたのだが、五斎は、妻であるアズミの事以外の、ほぼ全ての記憶を喪失していた。
「アズ」
「はいはい、ここにいるわよ」
そのことを特に悲観する様子もなく、妻は夫の世話を焼く。
アズミとしては、自分の事をちゃんと覚えていてくれただけで、大勝利なのだそうだ。
でも暫く休業継続ね、と笑う彼女に、五斎も常時べったりだ。
但し。
「ほんとあのコア、やっぱりあたしがぶん殴っとくんだったわ」
そんな言葉は、あったとかなかったとか。
そんなわけで究極ギリギリまでの搾取だとこうなるんだが……
奥さんの事だけは絶対忘れないように頑張ったら他が全部吹っ飛びました。
『死守する部分』がなければもう少しマシだったんだが。
ノノさんの判定が余計?そんなことはない。多分。




