16 嘘つき 【最終話】
目を擦った。まだ眠いし、身体が痛いし、お腹空いた。
「見知った天井だ……」
目を覚ましたらすぐ見るシミで、ここが自分の家であることを理解する。これを見るのも久々だ。ベッドでゆっくり寝る機会がなかったからな。
状況を整理して思いだそう。確か俺はサタンと戦って、二人で夜空を見上げて、そして……
「起きたか、嶺?」
「ん、おはよう」
隣には戦いを通して友になった、ブロック=ハイウェイが居た。心配してくれているようで、それで落ち着いた声色だった。14歳とは思えない大人っぷりだ。
「リリン──いや、サタンが気を失ったあの後のことだ。お前も同じように眠りこけて、半日経っても起きなかったんだぞ」
「半日……って、え? 本当に半日眠ったままだったの!?」
「ああ、寝言もないくらいにぐっすりとな」
マジかよヤバい。学校二日も休んでるのヤバい。出席日数死ぬ──今ももう死んでるけど。
開いた窓からは夕焼けの空が顔を出していた。となると時間は午後5時くらいか。
「なんか、すげー長かったな」
確かに、色々とやり残した感が否めない終わり方だった。適切に、スマートに力を使えればもっと良い終わりに近づけたかもしれない。
そんなこと思っていても、今からどうとなる訳でもないのに。考えるべきではないかもしれないけれど、やっぱ心にわだかまりは残っている。
残ってはいるのだけれど……
「なんでお前が俺ん家でくつろいでんの?」
「少しは信じてくれてもいいのに……こうして嶺の容態を見て看病してやってるんだから」
いや病気じゃないけどなって、ツッコミしたかったけれど寝起きにはきつい。
「フェルナーグは?」
「……少し外に出ている、リリンと一緒に」
リリンと、一緒に。ということは、サタンの考えは成功したということか。
少し安心する。これで『リリンは戻りませんでしたー、チャンチャン』で終わってたら自分ぶん殴ってましたわ。
1番の心配は、リリンがどこまで記憶を取り戻しているか、ということだ。俺は別に記憶があってもなくてもどっちでも別にいいのだか、俺の横にいる奴は流石に傷つくだろう。……だって俺、サタンが好きなんだし。
だけどまあ、とりあえず泣かない事だけは心に決めよう。
「ブロック。リリンは、どうなった?」
ブロックはキョロキョロと家の景色を一度見回す。
「何か、言いたくないことでもあるのか?」
ブロックははぐらかすこともなく、面と向かって話してきた。
「そんなことはない。だが、ボク達は少しミスをした」
「ミス……って、リリンに関わる事で?」
彼は首を横に振った。
「なら何に関わる……」
「ボク達の機関『ダンド』と、昭城嶺。お前に関わる事だ」
嫌な予感がする。
「実は彼女の記憶があるのか無いのか、ボク達には分からなかったんだ……!」
「それって、どういうことだ?」
ボク達には分からなかった……? どうして、なんだ?
「リリンが目覚めた時、思ったよ。『帰ってきてくれたんだ』って」
「バカだよな。嬉しくて、自分達の方から名前を教えて反応を見た」
「返ってきた言葉は?」
「決まってるよ、『ただいまブロック、フェルナーグ』。舞い上がったよ、ボク達は」
「それなら、リリンは覚えているんじゃないのか? お前らのこと、お前らの名前」
「分からないか? 優しい嘘が」
「あぁ……そういうことか」
そうだよな。俺は本当のリリンを知らないけれど、サタンが本当のリリンを模して、今のリリンの精神を作ったということは……。
『けれどこの子は優しいぞ? 我に身体を貸してくれたほどには。我には理解できない、優しい嘘を知っている。だからお前は、その嘘に潰されないようにな』
そんなサタンの言葉を思い出す。
「優しい、嘘」
「嶺のことも話した。ここも、ボク達は間違えたところだったかもね」
「そう、か。それで、リリンは今どこにいるんだ?」
きっとフェルナーグと同じ場所にいるのだろうが、そもそも外が何処かってのが知りたい。
「研究施設ルールブック。まあボク達が懇意にしている研究組織だよ」
ルールブック……って!
「そこ俺の所属じゃん」
俺が頭弄られたり薬飲まされたりしてるところじゃん。
「へー、え。本当か?」
「本当だ。ってことはリリン逃した研究員ってトオルさんじゃん……あの人真面目だから、お酒でも入ってたのかなぁ」
あの人優しくて誠実な人格者なくせに酒癖悪いんだよ、それがなけりゃタイプなのに……。
まあ今一番好きなのはサタンだけど。もしかして俺ロリコンか? っと、ロリといえば。
「リリンの身体はどっちになってる?」
「小さいままだ。身体の中に杭が入ってないからそうなっているのだろう」
そうか。じゃあもうおっぱい触れないのか……。
「昭城嶺、今最悪なこと考えてるだろ」
「思考盗聴したなお前!?」
「は? なに言ってんだ?お前」
完全に引かれてんなー。ごめんなさい。
団欒の中、インターホンの音が聞こえた。
「帰ってきたよ。フェルナーグと、リリンが」
「ああ」
ゆっくりと立ち上がった。彼女達が帰ってくるんだ。面と向かってただいまって言おう。
「覚悟はしておけ。あと泣くなよ」
「分かってんよ、それぐらい……!」
そうだよな。俺とリリンは感動の再会なんかじゃない。感動の初対面だよ。
「おかえり、リリン」
「ただいま……れい!」
「起きたのですね、昭城嶺」
「ああ、ありがとな。リリンと一緒に外行っててくれて」
耳打ちするようにフェルナーグは俺に言った。
「……彼女は、今腹ペコですよ」
そうか。同じだな、最初と。
リリンと同じ目線になるよう屈む。リリンの顔が目の前にくる。うん、可愛い。
「大丈夫か? お腹とか空いてない?」
「うん、たしかにおなかすいた。なにつくってくれるの?」
「そうだな」
少しだけ、意地悪でもしてみようか。
「初めに作った……ハンバーグでも作るよ」
「ほんとに? ありがと」
……どうして首をかしげない。
「でもほんとうにおなかすいちゃった……」
「大丈夫、時短して15分で作っちゃうから!」
「ふふん、ありがと」
違う。この子は、記憶なんて持ってない。
なのに、どうして笑えるんだよ。嘘ついて、傷ついている俺とは違う。
嘘を使って、俺たちを喜ばせている。
悲しくはない。悔しくもない。だけどただ。
「……嘘、ついてないよな」
一人台所で呟いた。
「……嘘なんて、あるはずないよな」
手はただ動く。味には問題ないのだろうが、愛情というものを入れることは今の俺には出来ない。
機械的に調理をしていく。頭の中には色んな感情が渦巻いている。色々と、沢山の。
ハンバーグはもう出来ている。けれど、リリン達のところへ持っていけない。
「落ち着け俺、大丈夫。俺ならできる。俺ならこれくらい簡単だ……」
ゆっくりゆっくり息を吸う。ゆっくりゆっくり息を吐く。
……。
「よし」
一歩づつ歩く。一歩づつゆっくりと。
「お待たせ、ハンバーグだ!」
おお! と二人の人間は感嘆詞で喜ぶ。
肝心のリリンは。
「うん、初めてと同じだ!」
……まあ、そうだよな。わかってる。
当たり前のこと。だって俺がリリンに初めて作った料理は、もやし炒めでもなんでもない。ハンバーグだ。
なら俺だってやってやるよ。それが嘘でも構わない。それで、リリンが笑えるなら。俺はリリンのための嘘つきになる。
だから笑って、当たり前の、こんな言葉を。
「ああ。リリンと俺の、初めての味だ!」
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