出立の朝
諸々悩んでいるシルヴィアだったが──
「お仕事とはいえ……さ、寂しいです……」
それはそれである。
悩みは悩み。
生活は現実。
基本的に合理主義者であるシルヴィアだ。
素直じゃなかろうがそれに悩もうが『これも妻の仕事』と割り切り、夫が望む台詞を吐かす程度のことはする。
もっとも、色々秤にかけて許容し、実行できる範疇にはなるというだけで。
「ッシルヴィア……!」
ちょっと噛みはしたけれど、そのことや羞恥に潤んだ目と赤くなった頬もかえってイイ感じに真実味を醸している。
そんないじらしい愛妻の様子に、夫も大感激。
サポートには長けていても、ご機嫌を取るのには長けていない(と本人は思っている)シルヴィア。ちょっとした言葉での夫の喜びように複雑な気持ちを抱えつつ、一応は安堵した。
──その夜は大変に盛り上がった。(※ヴィンスが)
折角のサービストークも虚しく、シルヴィアが「まだ辞令出てませんよね?!」と声を荒らげながらストップをかけるくらいには。
そして無事(?)本部辞令が降り、数日後。
ヴィンスは離島へ出向となったのである。
「ご武運をお祈りしています。 ……どうかなるべくお怪我をなさいませんように」
「ああ……シルヴィア、離れたくない!」
そう言ってヴィンスはシルヴィアを抱き締めた。
今更何を言っとるのか。
わざわざ自分で志願したくせに……
シルヴィアは呆れた。
呆れるのは最早いつものことだが、いつにも増して諦念と脱力感が凄い。
大体にして、『女性と仲良くして誤解はされたくないから代わりに仕事に打ち込んで嫉妬させよう』とか……無謀が過ぎる案件。
シルヴィアが仕事に嫉妬するタイプなわけがないのだから。
自分の性格を知っている癖にそこはまるっとスルーし、あっさりフレッドの口車に乗ってしまう夫。
騙されて変な物とか買わされそうで、些か不安である。
チラリと目を向けると、情けない顔をしている。
(仕方ない人……)
そんなヴィンスを宥めすかし、励ましながら抱き締め返した。
シルヴィアは「団長は優秀なくせに、シルヴィアが絡むと途端に阿呆になるよね(笑)」と色々な人に言われるが、それを『可愛い♡』と思うタイプでもない。
それでもこういう時、ヴィンスからの愛は勿論、ヒシヒシと自分の中にある彼への愛情を感じたりもする。
もしシルヴィア絡みでヴィンスのIQが著しく下がらなかった場合で、彼が自分を望んでくれていたとして。
それは対外的に見たらかなりスパダリに近い感じになっただろうが、多分シルヴィアはお断りしていたと思う。
結婚前、ヘタレすぎるが故に阿呆を露呈していなかったヴィンスに、一線引いていたのと同じ理由で。
そしてもしもヴィンスがヘタレでもなく、ガンガン愛を囁いていたら。
今ですら『釣り合わない』という引け目があるくらいのシルヴィアだ。きっと物凄く引いてしまい、やっぱり上手くはいかなかった筈だ。
(なんだかんだ言っても私は、ヴィンスさんがああだから好きなのよね……)
朝靄の中、ヴィンスの背中が見えなくなるまで見送ったシルヴィアは玄関扉を閉める。
朝食の後片付けと掃除をした後、自室へ戻ると予め荷を詰めてあるスーツケースを取り出した。
「さて、と」
駄目なところを含め、ヴィンスを愛している──
とはいえ、反省面から気遣いはしたが、勿論このまま調子に乗らせっぱなしにするつもりはないのである。
フレッドはシルヴィアにこう提案していた。
「ヴィンスの出向中、シルヴィアも好きなことをしたらいい」
女性がひとりで生きてく上にラス地区への援助とかで、独身時代のシルヴィアは金をあまり使わないようにしていた。
だが想定外に結婚し、相手はそれなりの高給取り。貯金もあるし仕事も続けているので、自由に使える金はある。
また、ヴィンスがいない間は時間も多いにある。
「多少自分の為に使ってもいいんじゃないの? 休みも指定休以外、滅多に取らないしさ」
そう言われれば、確かにそう。
そしてシルヴィアには、行きたいところがあった。




