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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第4部 追放騎士と世界のオワリ
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8話 望ましくない幕切れ (後編)


 『王の間』に、万雷の拍手が響き渡っている。


 王座まで真っすぐに敷かれた赤い絨毯の左右に、有力諸侯たちが勢揃いに整列していた。

 彼らが拍手を送っているのは、先の防衛戦争で鬼神の如き武勲を成した、ヒース・ホワイツに対して。


 全面戦争を避けるために公には明らかにされず、王政府の重役と有力諸侯たちのみに知られることとなった小さな戦争で、本隊が到着するまでの間。

 ヒースは『追放者小隊』を率いてたったの五名で敵軍の侵攻と展開を阻止し、多くの村民の命を救った。


 長らく外国との武力衝突と無縁だった王国に、突如として現れた英雄。

 この武功により、ヒースには史上類を見ない特別昇任が命ぜられることとなった。


 騎士団の一介の新人士官から、各部隊の隊長級。実質的な序列としてはそれ以上である一等王族護衛官へ。近衛兵団の将校を兼任し、王族と共に国政の中心部に存在する高級騎士の頂点として、騎士団長以上の影響力を持つと囁かれる最上級役職。


「英雄ヒースだ」

「勇者の登場だ」

「救国の英雄だ」


 絨毯の上を真っすぐに歩くヒースに向かって、諸侯たちが口々にそんな声を投げかける。


 その輝かしい任官式の中心にいるヒースは、何となく、それがどこか遠い世界の出来事のように感じられた。


 全てが緩慢で、時の流れが緩やかになっているような錯覚があった。

 足が床を捉える感覚が曖昧で仕方ない。


 ヒースが王座の前に跪くと、国王直々に黒と金の王族護衛官装束が手渡される。

 彼はそれを拝借すると、王政府参謀長による任官の言葉を聞いてから、一言求められた。


 ヒースは王と諸侯達に向かって口を動かした。


 パクパクと口を開いて何事かを言ったのは覚えているのだが、なんと言ったかは覚えていなかった。



 ◆◆◆◆◆◆



 その後に、ジョヴァン警騎副長の騎士団長への昇任式も執り行われた。


 公式には知られない武功によって団長となったジョヴァンには、防衛戦争の存在を知る者として、一旦は沈静化した他国との武力衝突に備えることが求められている。


「ファマス・ワークスタット氏は?」


 と誰かが囁き声で聞いた。


「彼にも役職と勲章が与えられる予定だったのだが、辞退したらしい」

「なぜ?」

「前線を退いて、家庭に専念したいのだと」

「話によれば、一人娘が何歳になっても言葉を話さないので、心配らしい」

「名前は?」

「たしか……アトリエだったか」


 その任官式を終えて、ヒースとジョヴァンが王城の廊下を歩いていた。


「ジディ家には、厳しい処分が下される予定だ」


 歩きながら、ジョヴァンがそう言った。


「応援が来なかったのは、あのイェスパーが敵勢に怯えてしまって、自分を守る私設兵を手放さなかったのが原因だ。そもそも彼らは予備兵力のつもりだったから、死にに行くような真似をしたくなかったんだろう。ジディ家の領地は剥奪され、爵位も大幅に降格させられる」

「そうか」


 ヒースがそう答えた。


「戦死したネヴィア、ヒマシキ、キャノンの三名には、非公式ながら銀翼護国勲章が授けられる。彼らは身を呈して、あの戦火に晒された村の人々を守ったのだ。そのおかげで、村民は誰一人として死なずに済んだ」


 ジョヴァンは、ヒースに言い聞かせるようにして続ける。


「彼らは特別昇任により幹部に任官し、遺族には三世代に渡って騎士団の幹部年金が支給され、生活と身分が保証される」

「そうか」

「ヒース、大丈夫か」


 空返事を繰り返すヒースに対して、ジョヴァンがそう聞いた。


「大丈夫じゃなさそうに見えるか?」

「いいか、ヒース。妙な気は起こすなよ」


 立ち止まったジョヴァンは、ヒースに釘を刺す。


「たしかに、ジディ家の応援が早期に駆けつけていれば、状況は違ったかもしれない。だが、奴らには相応の制裁が与えられる」

「わかってる」

「裁きを下すのはお前ではない。わかったな?」

「わかってるよ」

「私も部下を失ったことはある。お前が辛いのはわかる」


 ジョヴァンは慎重に言葉を選びながら言った。


「だが私も、彼らの死を糧に頑張って来た。彼らのことを忘れたことはない。お前も、私の養子(むすこ)なら……」

「俺は」


 ヒースが口を挟んだ。


「あんたとは違う。血も繋がっていないしな」 



 ◆◆◆◆◆◆



 一等王族護衛官に与えられる豪華な職務室には、すでにフィオレンツァがいた。


 彼女は広い部屋の隅に椅子を引いて、その上に座り込んで爪を齧っている。

 彼女は泣き腫らした目で、ガチガチと硬質の爪をかみ砕いていた。感情が不安定で人化の制御が上手くできず、唇の端から犬歯が覗いている。


「着ろよ」


 ヒースは机の上に、筆頭護衛官の証である黒色の幹部礼服を放り投げながら、そう言った。


 それは、フィオレンツァの足元に無造作に置かれている、特別任官した真っ白の幹部礼服を差した台詞だった。


「私がもっと速く走っていれば、もっと速く応援を呼んでいれば……」

「お前より速い奴なんていない」


 ヒースは上着を脱いで白い肌着姿になると、今さっき国王陛下から授与されたばかりの礼服に着替える。大体の規格で裁縫された通常の幹部礼服とは違い、どこもかしこもヒースの体格にぴったりだった。


「見ろよ。似合ってるか?」


 黒と金色の護衛官装束に着替えたヒースが、フィオレンツァにそう聞いた。

 彼女には聞こえていないようだった。


「みんな死んでしまった……まだたくさん一緒に居たかったのに……まだたくさん遊びたかったのに……たくさん教えて欲しかったのに……」

「死んだものは仕方ない」


 ヒースはそう言い捨てると、職務室の窓から外を眺めた。

 輝く太陽から、陽光が差し込んでいる。

 あまりに眩しかったので、ヒースはカーテンを半分閉めると、目元に光が当たらないようにした。


「ヒース様は、悲しくないのですか?」

「悲しいよ」


 ヒースは何でもないようにそう答えた。


「……私は悲しいです。とっても悲しいです。胸が張り裂けそうで、さっきから息が上手くできません」

「そういうものだ」

「もう二度と会えないなんて、信じられません。信じたくありません。ネヴィアに、ヒマシキに、キャノンにまた会いたいです。またみんなで、一緒にご飯が食べたいです」

「俺もだ」


 窓の外に、ちょうど王城から出ていく様子のイェスパーとその父親が見える。先の防衛戦争で、保身のために私設兵を運用しなかったジディ家が審問を受けていたのだ。


「イェスパーの野郎がいるぞ。ノコノコと歩いてる。生き恥を晒して、よくも息がしていられるものだな」

「……殺してやりたいです。ヒース様。命令してください。命令してくだされば、私は奴らの屋敷に乗り込んで、一人残らず噛み殺してやります」

「復讐しても何にもならん。やめておけ」


 それを聞いて、フィオレンツァは鋭い犬歯をギリギリと伸ばしながら、吠えるように言う。


「……ヒース様は、悲しくないのですか? どうして、そんなに冷静でいられるんですか?」

「先のことを考えているからだ」


 ヒースはそう答えた。

 窓の外には、馬車に乗り込むイェスパーと、父親であるジディ家の当主が見える。


 差し込む陽光の陰から、ヒースの鋭利な目が向けられていた。


 おぞましい何かが渦巻いていた。



 ◆◆◆◆◆◆



 数日後の夜。


 領地を剥奪される予定のジディ家の屋敷では、イェスパーが引っ越しの支度をしていた。

 貴金物や貴重品など、様々な物を籠に詰めて召使いたちに運ばせている。


 彼はベッドの上で書棚の物を整理しながら、溜息をついた。


「はぁ……大変なことになってしまったなあ……」


 防衛戦の夜。近衛兵の士官も兼ねる王族護衛官として従軍し、意気揚々と自分の家の私設兵を率いたまでは良かったが……。


 ヒースの部下のフィオレンツァが必死の形相で連絡に駆けつけてからというもの、身が竦んでしまって……つい部隊に待機命令を出してしまった。状況から見て、すぐに駆け付ければ本隊よりもずっと早く到着してしまう。そんな、殺されに行くような戦場に行くのが怖かったのだ。


 結果として、領地は剥奪。当然騎士団も追放され、爵位は剥奪まではされなかったものの、大幅に降格されて最下層貴族の一人になってしまった。不幸中の幸いは、作戦自体が公にできない非公式なものであったため、醜聞が世間に広まることはなかったことか。


 しかし……ヒースには悪いことをしてしまった。合わせる顔が無い。たしかに奴のことは気に食わなかったし、殴られたし……嫌がらせもしたし、いつか奴よりもずっと出世してやって、見返してやろうとは思っていたが。

 あんな戦場で、意趣返しをするつもりは無かったのに……。いつか、「お前は凄い奴だな。参ったよ」って、あいつに言わせたかったのに。


「でも、父さんもとにかく僕が無事で良かったと言ってくれたし……。これから家を建て直す方策はあるみたいだし……よし。僕も気持ちを入れ替えて、お父さんのために頑張らないとな」


 イェスパーはそう呟いて立ち上がると、開け放った扉の向こうに声を上げる。


「おーい! 執事長! 召使いでも誰でもいい! 荷物が一つ出来上がったから、運んでくれないか!」


 シン、と妙に静かな沈黙が返って来た。

 誰も近くにいないのか? お仕えのメイドも?


「おーい。誰かいないのか? 荷物があるから……」


 イェスパーが仕方なく廊下へと出ていくと、彼は言葉を失った。


「やあ、イェスパー君」


 廊下に居たのは、あのヒースだった。


 幹部候補生学校の同期。自分と首席の座を争った男。

 自分とは対照的に、あの防衛戦争で華々しい偉業を成し遂げた男。


「俺とお前は同期だったよな? どうしてすぐに応援を寄越してくれなかったんだ?」


 世間話でもするような調子で近づいてくるヒースを見て、イェスパーは腰を抜かしてしまう。


 それは彼が、黒色の礼服と顔を血まみれにして、

 その手に、切断されたイェスパーの父親の首を握っていたからだ。


「ひ、ひひひヒース、ど、どうして……」

「グハハハ、嫌だなあ。それはこっちが聞きたいぜ。お前のせいで、俺の可愛い部下が三人も死んじまったんだ」


 ツカツカと歩み寄って来る異形の風貌のヒースに対して、イェスパーは腰が抜けながらも這いずって逃げようとした。


「だ、誰か! 助けてくれ! 誰か!」

「いいか? 俺の部下は取り換えが効かないんだ。お前の屋敷の召使いどもとは違ってな。どうして応援を寄越さなかった? すぐに駆け付けてくれれば、俺の可愛い部下は助かったかもしれない。なあ、どう思う?」


 ヒースは切断した首を手に、もう片方の手でイェスパーを指差しながら近づく。


「死んだのはネヴィアとキャノンとヒマシキって名前なんだが、お前は知ってたか? 無礼講が過ぎるのは玉に瑕だが、みんな気の良い奴らだったんだ。よく俺のモノマネをして笑ってたよ。もしかして、候補生学校で殴ったことを恨んでるのか? あれは悪かったよ。すぐに手が出ちまうのは悪い癖だと思ってるんだ」


 早口で何かを言い続ける、歩幅の大きな足が近づいてくる。

 イェスパーは屋敷の廊下を這いながら、恐怖で力の限りに叫んだ。


「誰か! 誰もいないのか! 助けてくれ! 許してくれ! そんなつもりはなかったんだ!」

「どうして応援をすぐに寄越さなかった!? 説明してみろ! このクソカス野郎がぁっ!」


 ヒースはイェスパーを捕まえると、その首を掴んで壁に叩きつけた。


 まるで人形でも放り投げるようにしてイェスパーの身体が宙を舞い、壁の表面が砕ける。

 ヒースは彼の胸倉を掴みながら、吠えるように叫んだ。


「俺の目を見ろ! 何が見える!? 俺の目を真っすぐ見てみろ! そして説明してみろっ! イェスパァア、ジディィイッ!」



 ◆◆◆◆◆◆



「イェスパーが、自分の屋敷で殺されてるのが発見された」


 騎士団長室で、ジョヴァンがそう言った。

 目の前に立っているヒースは、それを聞いてわざとらしく驚いたような顔を浮かべる。


「なんと。それは可哀そうに」

「普通じゃない殺され方だった」


 ジョヴァンは資料を眺めながら、呼びつけたヒースに向かって説明する。


「ひどい拷問を受けて殺されたんだ。父親の斬首死体も転がっていたと」

「むごい話ですね。正気じゃないな」


 じっ……、とした目をジョヴァンに向けられて、ヒースは肩をすくめた。


「執事や召使い達は、一人残らず昏倒させられて倒れていたそうだ。レベル80以上の相当な手練れが、複数人でやったとしか思えないらしい。使われたと思しきスキルの多様さから見て、単一のレベル高位者では不可能だと」

「凄い奴もいたものだなあ」

「ヒースよ」


 ジョヴァンは彼の眼を真っすぐ見据えると、静かに尋ねる。


「何か知らないか?」

「うーん。僕は知らないですね」

「僕?」


 ジョヴァンはそう聞き返した。


「ああ、変えたんですよ」


 ヒースが微笑みながら、そう答える。


「高級幹部になっちゃいましたからね。公の場でも“俺”だと何かと角が立つでしょう。“僕”の方が良い感じだ。そう思いませんか?」



 ◆◆◆◆◆◆



「復讐っていうのはスッキリするが、やっぱり何にもならんな」


 自分の職務室で、ヒースはそう呟いた。

 彼は机上に置いた鏡を見ながら、整髪剤を使って、下ろしていた髪をオールバックに撫でつけている。


 部屋の隅では、フィオレンツァが紅茶を淹れていた。何だか色々な茶葉を試しているようだ。彼女には紅茶の違いなどわからないはずだが、ネヴィアに教えられたのだろう。


「どうぞ、ヒース様」

「おっ。ありがとう」


 ヒースは淹れてもらった紅茶を飲むと、ふむ、と呟いた。


「良い感じの紅茶だな。美味しいよ」

「それは良かったです。バールジレンっていうんですよ」


 そう言って、フィオレンツァが微笑んだ。

 疲れたような笑みだが、とにかく彼女が笑うのは久しぶりだった。


「新しい髪形も似合っていますね」

「ちょっとした気分転換だ。なあ、フィオレンツァ」


 紅茶を飲みながら、ヒースが呼びかける。

 美味いとは言ったものの、何がどう美味いのかはやっぱりわからなかった。


「どうしました?」

「僕たちは、バッドエンドで終わっちまったのかな」

「わかりません。でも、三人にはたくさん、色んなことを教えてもらいました」

「俺は……いや僕は、そういう言い方は嫌だな」


 ヒースがそう言った。

 フィオレンツァは自分の分の紅茶も淹れると、ヒースの机の前に椅子を引いてきて、そこに座った。


「嫌だというと?」

「彼らの死を肯定してるみたいだ。まるで、“死んでよかった”って感じじゃないか?」

「そんなつもりはありません」


 フィオレンツァが、不満気にそう答える。


「色んな言い方がある。“彼らの死を糧にして頑張ってます”とか、“天国の彼らに見て欲しいです”とか。僕はそういう言い方は嫌だ。人の死をポジティブにしようとしてる。駄目なものはダメなんだ。変に誤魔化すのは良くない」

「どうしようもないことを、人はそういう風に誤魔化すのでは?」

「僕は嫌だ。誤魔化したくない」


 ズズッ、とヒースは紅茶を啜った。


 飲み物を音を立てて飲むなと何度もジョヴァン団長に怒られたことがあった。ネヴィアにも指摘されたことがある。


「物語はハッピーエンドで終わらないといけないよな。みんな幸せに、本当に良かったね、って言いながら終わりたいもんだよな」

「その方がいいですね」

「ならそうしよう。きっと方法があるはずだ」

「……どのような?」


 フィオレンツァが、訝し気な目を向ける。


「密偵部を組織して、世界のありとあらゆる情報を集めよう。きっとどこかに方法がある。ハッピーエンドに辿り着く方法がな。必ずあるさ。僕は諦めるのが苦手なんだ。僕たちはきっとまた、本当の意味で笑えるはずだ」


 ヒースは笑った。


「バッドエンドでは終わらん。物語はハッピーエンドで終わらないといけない」



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