7話 望ましくない幕切れ (前編)
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—————数年前。防衛戦の夜。
闇夜の中で蠢く、漆黒の軍勢の姿が見えた。
彼らは甲冑と馬を黒と暗色の緑で迷彩しており、風の魔法で行軍の音をかき消している。それは正確には、音を消滅させているのではなく、音を拡散させて鎮めているのだ。
『追放者小隊』は、その軍勢が向かってくる国境付近の小さな村に陣取っていた。
「困ったな」
小高い見張り塔の上から単眼鏡を覗いていたヒースは、そう呟いた。
「こっちに来やがったぞ」
「数は?」
と傍のネヴィアが聞いた。
「迷彩されててよくわからん。遠視も妨害される。だがとにかく多い」
「どうする、大将」
ヒマシキが聞いた。
「待機しておいて、勲章だけ貰って帰るつもりだったんだが」
そう言うと、ヒースは単眼鏡を下ろして顔をしかめる。
「とんだ災難だな」
ヒースは単眼鏡をネヴィアに貸すと、傍のキャノンの横にしゃがみ込み、その肩を掴んだ。
「キャノン。村民の避難先はわかるな」
「…………………………………………………………………………わかります」
「お前はそこで、彼らと一緒に待機していろ」
ヒースはそう言って、キャノンの瞳を覗き込んだ。
彼女の虹彩が月の光を反射し、淡い紫色に煌めいた。
「敵が乗り込んできたら、すぐに降伏するんだ。わかったな」
「…………………………………………………………………………了解です、隊長」
「全力で命乞いするんだぞ。みっともなくたって、生きてりゃいいんだ。自分の命が危ないと思ったら、村民の方を見捨てろ」
キャノンに言い聞かせるようにして、彼女が背負う大盾を何度か叩くと、ヒースは緊張した様子のフィオレンツァを見やる。
「フィオレンツァ。お前は今すぐ駆けて行って、イェスパーの私兵が待機してる中継点に向かえ。途中にロストチャイルが飛んでたら、彼にも状況を伝えろ。最後は義父さんがいる本隊まで到達して、彼らと一緒に行動しろ。無理して帰って来るなよ」
「わ、わかりました……」
「わかったらとっとと行け」
フィオレンツァは獣化すると、塔の窓から身を投げて下へと降りて行った。
同じく、キャノンも避難先へ向かうために塔の階段を降りていく。
ヒースが立ち上がると、単眼鏡で軍勢の様子を見ていたネヴィアとヒマシキが彼の方を見た。
「ネヴィア、ヒマシキ」
「はい」
「うっす」
「二人は避難先までの中間地点に潜んで、軍勢にちょっかいを出しながら攪乱しろ。援軍が駆けつけるまでの時間をちょっとでも稼いでくれ。フィオレンツァの足なら、中継部隊が到着するまでそれほど時間はかからんはずだ。イェスパーの野郎が即時即断でいてくれればな」
ヒースはそう言うと、念を押すように言う。
「いいか。ヤバいと思ったらすぐに逃げろよ」
「ヒースさんは?」
ネヴィアがそう聞いた。
「俺は単騎で突っ込む」
「マジすか」
「死ぬぜ、大将」
ヒマシキがそう言った。
「ふん」
ヒースは鼻を鳴らして腕を組むと、窓の向こうに見える軍勢の影を見つめた。
「俺が死ぬと思うか。指揮官の首だけ取って戻る。グッチャグチャのギチャギチャに暴れてやって、お前らが生き残る確率を少しでも高めてやる」
「こうなったら、ヒースさんは止まらないからなあ」
ネヴィアは困ったように笑うと、ヒースの厚い胸板を小突いた。
「それじゃあ、ヒースさん。また後で。帰り道で、勲章の話でもしましょうね」
「大将、生きて帰ってきてくれよ。宴会しなくちゃならんからな」
ネヴィアとヒマシキがそう言うと、ヒースは彼らとコツンと拳をぶつけ合った。
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紫煙と炎と血液。それに月明り。
千切られて飛び散った四肢が辺りに転がっていた。
「あー……」
ヒースは疲労とダメージで朦朧とする意識の中で、背後に見える村の方へ、血まみれの顔を向けた。
押し留めたつもりだったが、かなりの人数を後ろに逃がしてしまった……村からは火の手が見える。すでにイェスパーの……ジディ家の応援部隊は到着しているだろうか。
俺の部下たちは、上手いこと逃げおおせているだろうか。
彼の手には髪の毛が掴まれていて、それは切断された指揮官の頭にしがみついている。
ヒースの傍らに、仰々しい形の甲冑を着た身体が、馬と一緒に倒れていた。
その身体には首がついていない。
「悪魔だ……!」
誰かがそう呟いた。
「将軍がやられたぞ!」
「敵の援軍だ! もう駆けつけてきた!」
周囲に喧しい声が響いている。
負傷した身体と疲労した脳に響く、耳障りな声だ。
自分を取り囲んで剣先を向けている兵士たちの背後から、また誰かが叫んだ。
「突撃してきた敵は何人なんだ!」
「さっきから敵の姿が見えない!」
「一人だ! 信じられない!」
最後に怯えた声を上げたのは、震えた手で剣を握り、血まみれのヒースに向かって剣刃を向けている兵士だった。
「落ち着け!」
遠方から馬を駆って来た別の将官が、怯えて統率を失いかけている兵士たちを鼓舞する。
「まだ指揮官殿がやられただけだ! これからは、私の指揮下に入るように!」
副指揮官と思しき男がそう叫ぶと、彼の下に兵士たちが集結し始めた。
次はあいつか……。
ヒースは新たに現れた指揮者を見止めると、今しがた切り離してやったばかりの首をその場に放り投げる。
彼はこの戦いの中でレベルアップし、レベル100に到達していた。
覚醒したユニークスキルは『強奪』。
『ガラクタ集め』でスキルを奪い、『ガラクタ趣味』で自分の物として起動させる。この発現したばかりの強奪スキルを最大限に利用し、敵の脅威となるスキルを片端から奪って無力化しながら、逆にこちら側で起動させることで、圧倒的な多勢に無勢を攪乱して制圧することができた。
奪われる前に奪う……俺らしいユニークスキルだな、とヒースは思った。
ヒースが次に台頭した指揮官に狙いを定め、襲い掛かろうとする直前。
兵を束ね直していた敵の新しい指揮官が、兜の下から。
不意に、ヒースに向かってウィンクをしたように見えた。
「……あ?」
「見よ! 奇襲で混乱している間に、敵の援軍が駆けつけてしまった!」
指揮権を移譲されたと自称する新しい指揮官は、馬上で剣を抜き、遠方に見える大軍勢を指し示した。
ヒースもそちらを見てみると、突然に大軍勢の馬の足音が鳴り響く。
信じられないことに、いつの間にか本隊の本隊……つまりは、まだずっと先かと思われた王国の大軍勢が到着していたのだ。
「……は?」
ヒースはその光景を見て、自分の目を疑った。
あんな兵力は用意できていないはずだ。
ここに集まっているのは、騎士団の長距離機動部隊を含めて、せいぜい百人規模の部隊のはず。
しかしヒースの目には……そしてその場にいる誰の目にも、何千何万という大軍勢が馬の蹄を鳴らして大地を轟かせ、こちらに向かってくるように感じられた。
その光景を見て、兵士たちは恐怖と混乱に陥った。
「話が違う! 作戦はずっと前から知られていたんだ!」
「もしかしたら、辺境伯の乱心も演技だったのかもしれない!」
「くそっ! 誘い込まれたというわけか!」
兵達が恐怖に次々とそう叫ぶのを聞いて、新しい指揮官殿はどこか楽し気な様子に見える。
ヒースには、もう一つ疑問があった。
……あんな奴、いたか?
「誠に残念!」
新しい指揮官が、妙に響き渡る……というよりは、脳に直接響くような声で叫んだ。
「作戦は失敗である! 我々は一度拠点まで戻り、態勢を立て直すとしよう!」
「導いてください! 指揮官殿!」
「指揮官殿のお名前は!?」
兵達がそう聞くと、その自称指揮官は頭を振って答える。
「私は、前の指揮官殿の仇を打ってから君たちと合流しよう! さあ、一時的な敗走と洒落こもうではないか! 心配するでない、最後に勝利するのは我々である!」
彼の言葉を聞いて、何百という兵士たちがやや散り散りになりながらも、馬を駆り、自分の足で駆けて、来た道を戻っていく。
とてもではないが声が聞こえていたとは思えない距離に居る兵士達までも、彼の指示に従って一目散に逃げようとしていた。
それを確認してから、その新しい指揮官はわざとらしく剣を掲げて、ヒースと対峙する。
「……ちょっと、今にも対決しそうっていう感じを出してくれない? しばらくさ。彼らが見えなくなるまで」
「……ファマス・ワークスタット……『催眠魔法』か……」
ヒースの目には、すでに目の前の男が……仰々しい甲冑を身にまとった指揮官ではなく、シックなコートを着たただの魔法使いに見えている。
端正な顔立ちをした銀髪の男は、ヒースに向かって微笑んだ。
「ご名答。君は催眠が切れるのが早かったね。強力にかけたつもりだったんだけど」
「最強の系統とも言われるわけだな……これは」
ヒースは呆れ混じりにそう呟いた。
「とにかく、君たちが時間を稼いで混乱させていたおかげで間に合った」
「俺の部下はどうなってる?」
戦火が上がっている村の方を見やってから、ヒースがそう聞いた。
「イェスパーの私兵はもう到着してるはずだ。こっちで手一杯で、様子まで窺っていられなかったが」
「ジディ家の私設兵? ……見ていないな」
「なんだと?」
ヒースはそう返した。
到着していないはずがない。
ファマスらを擁する本隊が到着しておいて、いまだ中継部隊が着いていないなど有り得ない。
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家々を片端から焼き払われた村は、真夜中だというのに赤く、明るかった。
到着した長距離機動部隊と各部隊の副長たちが雑兵を制圧している騒々しい中を、ヒースはよろよろと歩いている。
なぜジディ家の待機部隊が到着していない?
中継地点から、本隊よりも早く応援に駆けつけるはずだ。
そのために置かれたんだろ。
赤い炎の中から、血に染まった剣を握ったジョヴァン副長が歩いてきた。
彼は歩きざまに何人かの兵士を斬りつけながら、ヒースに近づいて行く。
「ヒース! 無事だったか!」
「俺の部下はどうなっている!」
突き返すようにヒースが叫んだ。
「なぜ中継部隊が応援に駆けつけていない!」
「何もわからん!」
ジョヴァンがまた、近づいてきた兵士を一太刀で斬り伏せる。
目にも止まらぬ太刀捌き。それは見る限りにおいては、剣を振るったというよりは、高速の鞭を叩きつけたようにも見える。彼は自分が死んだことにすら気付くまい。
「どこに居ろと指示した!」
「フィオレンツァはどこだ!」
「彼女なら、我々に状況を伝えた後にすぐ戻っていったぞ!」
「なぜ引き留めなかった! このクソ野郎!」
行き場の無い、方向性を失った憤怒を滾らせてズカズカと歩いてくるヒースを、ジョヴァンは思わず素早い前蹴りで突き飛ばす。
混戦と連戦で疲弊しきっていたヒースは、その蹴りを避けられずに後ろに転がった。
「止められなかった! 獣化してしまって、追いつけなかった!」
「クソ野郎ども! クソ野郎どもがぁ!」
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避難先まで歩いて行く中で、ヒマシキの死体を見つけた。
腹と胸が深く抉れていた。
傷口は焼け焦げていて、血はあまり出ていない。炸裂弾のような火炎魔法を喰らった跡だ。
致命傷を受けながらも、しばらくの間は応戦していた痕跡があった。
ヒースはヒマシキの死体を背負うと、そのままキャノンに待機を指示した避難先まで歩いた。
ファマス・ワークスタットの催眠にかかりながらも退却できなかった敵の雑兵たちは、そのほとんどが騎士団の最精鋭部隊によって処理されており、戦況はすでに後処理の段階に移行しようとしている。
背中に彼をしょい込みながら歩くと、すでに息絶えていているヒマシキの顔が、視界の端でカクカクと揺れ続けた。
視界がぼやけて、夜空の暗黒と周囲の燃え立つ炎が、抽象画のように入り混じり始めた。描いたばかりの水彩画の上に水が滴ったように、輪郭の全てが曖昧になって混在していく。
クソッ。ヒースは呟いた。クソ野郎。馬鹿野郎。クソども。カスども。
なぜ逃げなかった。村民など無視して、逃げりゃ良かったのに。
なぜジディ家の私設兵は到着していないんだ。
避難先まで辿り着くと、集会用の背の低い建物の目の前で、誰かが死んでいた。
一目見ただけではわからなかったので、ヒースは目を擦ってみた。
視野が少し復活して、それがキャノンの死体だとわかった。
大盾が砕けていて、左の半身が焼け焦げて、頭蓋が割れていた。
そこから何かが滴っていた。
ヒースは彼女の無残な姿を見て、自分がいつのまにか泣いていることに気付いた。
避難先の村民を守るために、一人で攻撃を凌ごうとしていたのだ。
周囲は砲撃を何発も立て続けに喰らったような、凄まじい状況になっている。
盾スキルしか使えないのに。馬鹿野郎が。逃げればよかったのに。
キャノンの襟を掴んで引きずりながら、ヒースは避難所の中へと入っていった。
怯えた様子の村民たちが、集会場の中で縮こまって所狭しと座り込んでいる。
その入り口の近くに、ネヴィアとフィオレンツァがいた。
仰向けに横たわるネヴィアに、フィオレンツァが必死に胸骨圧迫を試みている。
顔を蒼白にして口を開きっぱなしにしているネヴィアの胸を、両手を重ねたフィオレンツァが何度も突いていた。
「フィオレンツァ」
ヒースがそう呼ぶと、ハッとしたように彼女は顔を上げた。
彼女は泣きじゃくりながら、彼に対して口を開く。
「ヒース様。ネヴィアが息をしてません」
「……もう死んでる。よく見てみろ。腹から下が吹き飛んでるだろ」
ヒースはフィオレンツァにそう言った。
横たわるネヴィアには、下半身が無かった。
身体を真っ二つに吹き飛ばされたようで、千切れた腹部から内臓が覗いている。
眼鏡は割れていて、見開かれた瞳に破片が突き刺さっていた。
「脚が見つからなかったんです」
「そういう問題じゃない」
ヒースはヒマシキとキャノンの死体をその場に置くと、よろよろと壁に手をついて、そのまま腰を落とした。
フィオレンツァがまた、ネヴィアの死体に胸骨圧迫による蘇生を試みようとする。
ヒースはそれを止めようかと思ったが、そんな気力も沸いてこなかった。
彼はその場に尻をついて、壁に背中をもたれながら、三人の死体とフィオレンツァを眺めていた。
馬鹿どもめ。
なぜ指示に従わなかった。
なぜ本隊の方が先に到着しているんだ。
中継部隊はどこに行ったんだ。
馬鹿どもめ。クソどもめ。
クソが。




