第17話
「ふむ、なるほど。お前は、オルソン聖王国の魔導師たちによって、違う世界から召喚されたのか。伝承にある『遠き地』とは、遠い国ではなく、遠い世界のことだったのだな、おもしろい」
「いや、おもしろくないですよ。いきなり見知らぬ世界に連れてこられて、めっちゃくちゃに罵倒されて、散々でした」
罵倒される原因となった黒髪をかき上げながらそう言うと、エリウッドは小さく頷く。
「オルソン聖王国の連中は、古い因習か何かのせいで、黒髪の人間を蛇蝎のごとく嫌っているからな。まったく、くだらん奴らだ」
「そう言えば、パーミル王国の人たちは、別に黒髪の人を嫌ったりしないんですね」
「無論だ。オルソン聖王国とパーミル王国は最も近い隣国であり、そのルーツをたどれば親戚のようなものなのだが、国としての在り方は全く違う。パーミルの国民は、その半数近くが他の地域からやって来た移民であり、髪も、肌の色も多種多様だ。いちいち差別などしていたら、社会生活などおくれんよ」
エリウッドは足を止め、一輪の花を愛でながら話を続ける。
「一方、オルソン聖王国は、古くからの権威と血統主義を最も尊いものと考え、異分子を決して受け入れようとしない。そのくせ、自国の利益のために、違う世界から無理やり人間を召喚したりする。あまりにも利己的で、身勝手とは思わんか?」
私は頷いた。何も言葉は発さなかったが、エリウッドがまともな考え方をする人であることが分かって、嬉しかった。
「今でも交易はしており、遠縁の王家同士、それなりの付き合いはあるが、ハッキリ言って、あんな差別主義者どもとは、顔も合わせたくない。しかし、一応は友好国だ。波風を立てるわけにもいかんし、月に一度は会談を開かなければならない。会いたくない連中に会うのは、実にストレスがたまる。誰かが代わりにやってくれるといいのだが」
そう言って、やや大げさにため息を漏らすエリウッドを見て、私は微笑んだ。
「どうした、何かおかしかったか?」
「いえ、その、『会いたくない人に会うとストレスがたまる』って、王子様も、私たち一般人みたいなことで悩んだりするんだなーって思って」
「王族も一般人も、結局は同じ人間だ。立場は違えど、人の悩みなんて、大して変わらぬよ。……それより、その『王子様』というの、いい加減になんとかならんか?」
「あっ、すいません。『殿下』ってお呼びした方がいいですよね」
「違う、そういう意味じゃない。さっきも似たようなことを言ったが、マリヤ、お前は俺の家臣ではないのだから、変にかしこまって接しなくていいんだ」
「えっと、じゃあ、エリウッド様って、お呼びしますね」
「『様』はいらん。呼び捨てにしろ。あと、敬語も使わなくていい」
「えぇー……流石にそれはちょっと……」
そこで一旦会話は切れ、私たちは無言で遊歩道を歩く。歩みを進めるうち、生け垣はしだいにまばらになり、小さな噴水が見えてきたところで、エリウッドは再び口を開いた。
「俺には、友がいない。幼き頃より王太子として教育を受け、普通の少年たちのように、無邪気に遊びまわることができなかった。最も歳の近い兄、ジェロームですら、俺に敬語を使い、よそよそしく接する。……もう一度言う。俺には、友と呼べる存在が、誰一人いないのだ」
いきなり、何の話だろう。
エリウッドの真意を測りかね、私は黙って、彼が続きを話すのを待った。
「姉上は気安く接してくれるが、それでも立場上、あまり慣れあうわけにもいかん。……一人でいいのだ。身分を忘れ、気も張らずに、リラックスして話せる相手が欲しい。」
「はぁ、なるほど……王子様って、けっこう大変なんですね」
「だから、その『王子様』と敬語をやめろと言っているだろう。今までの話を聞いていなかったのか? マリヤ、お前に、俺の友人になってほしいと言っているんだ」
「ええっ!? なんでいきなり、そうなるんです!? 王子様が友達を欲しがってるのは分かりましたけど、今日あったばかりの、それも、異世界人の私なんかじゃ……」
慌てる私を見て、エリウッドは笑った。
「何を言う。『今日あったばかりの、異世界人』だから、良いのではないか。先程から話していて分かったが、マリヤ、お前、元の世界では、王侯貴族と接したことなどないだろう?」
あるはずがない。
私が元の世界で接したことのある最も偉い人と言ったら、大学の教授くらいだろう。私が「はい」と頷くと、エリウッドもまた、満足げに頷く。
「だからなのだな。礼法も言葉遣いも、そこら辺の子供以下で、まるでなっちゃいないが、それ故に気安く、話しやすい」
「そこら辺の子供以下で悪かったですね。しょーがないでしょ。王族との接し方なんて、習ったことないんだから」
「ふふふ、それそれ。そう言うところだ。それがいいんだよ。物怖じしない、率直な言葉で話されると、実に気分が良い」
「そういうもんですか?」
「そういうものだ。『王太子様』『殿下』『次期国王陛下』などと、上辺だけは敬意に溢れているが、いちいち持って回ったような言い方をして、腹の底では何を考えているか分からん連中と話すのはとても疲れるんだ。こんな、気苦労ばかりの王子を哀れに思うなら、これからも友として、話し相手になってくれ」




