第15話
「そうか、では、やる気が出るように、そこそこ抵抗させてみるとするか」
エリウッドはしれっとそう言うと、先程と同じように横を向いて、「おい」と声をかけた。たぶん、隣室にいる魔法使いか何かが、あの空っぽ甲冑を操っているのだろう。
次の瞬間、これまでただフラフラしていただけだった空っぽ甲冑の雰囲気が一変した。彼らはまったく同じタイミングで首を回し、存在するはずのない瞳で私を睨みつける。そして、こちらに猛然と突っ込んできた。
まるで、短距離走のスタートダッシュだ。
あっという間に目の前にやって来た空っぽ甲冑一号が、私に殴りかかろうとする。
危ない!
ギリギリのところで身をかわし、事なきを得るが、ホッとしたのもつかの間、今度は空っぽ甲冑二号が、横側から私を蹴り飛ばそうとする。
もの凄いキックだ。
直撃したら、まず間違いなく、骨の二~三本は折れるだろう。
私は必死になって、床を転げまわり、なんとか回避する。
しかし、回避した先には、空っぽ甲冑三号が待ち構えており、床に倒れたままの私の頭を、今まさに踏みつけようとしていた。
ちょっ、何が『そこそこ抵抗させてみるとするか』よ。
こいつら、殺す気満々じゃない!
まっ、おかげでこっちもやる気になったけどね。
空っぽ甲冑たちの激しい連続攻撃を受けたことで、本能的な闘争心に火がついた瞬間、体からあの『黒い光』が溢れ出した。『黒い光』は三つの太い束となり、それぞれ別の方向に発射されると、まるで誘導弾のように空っぽ甲冑たちに着弾し、彼らを跡形もなく消し去った。
最も近くでその光景を見ていたグラディスとジェロームの、息を飲む音が聞こえる。しばらくして、「くくく」とも「ふふふ」とも聞こえる、かすかな笑い声が響いてきた。……エリウッドが、笑っているらしい。彼は立ち上がると、私の元へ近づいて来ながら、言う。
「素晴らしい……伝承の通りだ。マリヤ、お前は我がパーミル王国の救世主となるだろう」
そしてなんと、エリウッドは私の前に跪き、優しく手を取って、いまだに倒れたままだった体を抱き起こしてくれた。先程までの俺様全開の態度とはまるで違う、慈愛に満ちた所作に、なんだかドキドキしてしまう。
立ち上がった私は、胸の高鳴りをごまかすように、尋ねる。
「あの、伝承って?」
エリウッドは小さく頷き、答える。
「パーミル王家には、古くから語り継がれている言い伝えがある。……『国、乱れる時、黒き聖女、遠き地より現れ、万難を消し去る』というものだ」
なんか、古文みたい。
「えっと、その言い伝えの『黒き聖女』っていうのが、私のことだと?」
「そうだ。『黒い髪』に、あらゆるものを一瞬で消し去る『黒い光』、まさしく『黒き聖女』と呼ぶにふさわしい」
そうかなあ。
なんか、短絡的すぎる気もするけど……
まあ、オルソン聖王国の連中みたいに、黒い髪をボロクソに言われて追放されるよりは、聖女だと思われてる方がずっといいか。私のことを、伝承通りの救世主だと信じているなら、大事にしてくれそうだし。
そこで、もう一つ気になったことを、私は尋ねることにした。
「あのぉ、言い伝えの中に、『国、乱れる時』って言葉がありましたけど、この国、乱れてるんですか? そもそも、玉座に王様がいなくて、代わりに王子様が座ってるのって、なんか変ですよね?」
私の歯に衣着せぬ問いがおかしかったのか、エリウッドは小さく苦笑して「ハッキリ言ってくれる」と呟いた。それから、いまだに膝をついて待機しているグラディスとジェロームに視線を移し、最後に私の方を見て、言葉を続ける。
「お前の言う通り、この国は今、平穏な状態ではない。少し前に、国王陛下が体調を崩されてな。……もともと体の強い方ではなかったが、医者の話によると、もう長くないそうだ。一部の高官以外にはまだ伝えていないが、陛下は政治権限を三人の実子に譲り、今は遠く離れた療養所で、静かに余生を過ごしておられる」
その言葉にかぶせるように、ジェロームが少しだけ声を荒げた。
「殿下、何もそこまで教えなくても……!」
「マリヤには、これから力を貸してもらわなければならんのだ。ならば、彼女が知りたいと思ったことには、正直に答えるべきだろう? 誠実な対応をしなければ、信頼関係を築くことはできないからな」
それで、ジェロームは黙った。彼は、まだ何か言いたげな視線を、ちらりと私に向け、それから、俯いてしまう。
う~ん……残念だけど、なんだか私、ジェロームにはあんまり好かれてないみたい。いや、まあ、『近衛騎士』っていうくらいだから、王族の安全を一番に考えなきゃいけないだろうし、色んな事に気を配ってるだけなのかな。
そういえば、もう一人の近衛騎士であるグラディスは、先程から随分と静かだ。なんとなく気になって、彼女の方に目をやる。




