【番外編6】嫌いだ。だから、後悔はない 後編(わんこ庶務)
わんこ旅立ち編後編。
後半は海外寄宿舎での風景。ヒロイン元気です。
後悔ばかりが胸に押し寄せる。
怖がって向き合おうとしないで、ただ、冷清院にばかり理由を押し付けて、おれのどうしようもない鬱屈を……一方的に叩きつけていた。
おれって、本当に卑怯だ。
避けて、避けて、避け続けて、彼女の事をわざと知ろうとせずに。星愛の矛盾に薄々気づいていながらも、聞いてないふりで、悪者にして。
そして、傷つけた。
おれは自分のしでかした事をなんとか小さく見ようとして、大げさだ、なんて周りの反応に驚いていたけれど、笑い事じゃない。
おれにも、辛い記憶があるから分かる。
人に悪し様に言われるのは怖い。
人から嫌われるのは辛い。
そういう立場に……虚言を仕込んで、彼女を追い込んだ。星愛と二人、ぽつんと孤立した姿を見ては、笑った時もあった。だが、そんなの上手くいく訳がない。結果、友人の筈の会長まで巻き込んだ、転落人生に早変わり。
流石におれも……殺人未遂の狂言にまでは、関わってないけれど、だからって星愛だけのせいにするのも苦しいぐらいには、俺も彼女に害を与えたのだ。
おれは……いつか、彼女に謝らなければいけない。おれの、無理解を。それはかつておれが、祖母にされた事だ。嫌いな女の息子だから、嫌っていい。そんな変な理屈になってない理屈で、おれを虐待した祖母と一緒だ。それはとても、酷い事だ。
別に拒絶されてもいい。当たり前だ、その権利はあちらにある。
おれは、おれのした事を真面目に考えて、そして……。
償わなければ、ならないんだ。逃げずに、真摯に、おれはおれの罪に、向き合わなきゃいけない。無関心で流したら、いけない。人を傷付けて笑い喜ぶ、そんな狂人になりたくはない。
彼女の未来を危うく潰しそうだったと、周りが言う。それを、おれは大げさな表現と笑ったけれど、きっと、そうじゃない。
彼女は大きな会社を率いる一族の娘で。対外的にも、相当気をつかってクリーンなイメージを保たなければならない。
……子供の頃だって、知ってたのに。
政治家のおじさん達や、企業のお偉いさん達がおれの実家の料亭を使っていたのは、秘密を守り抜き、客人を満足させるサービスを提供してくれる店だと信じていたから。顧客との信頼関係。それが一番に大事なこと。
少しの油断も出来ない人達を、小さな頃から見ていたのに、何で忘れてたんだろう。彼女にとって会長との婚約破棄って事実は、大きな傷になるんだ。その上で、最低の風評を浴びせ学園から退学なんて汚点を付けたら、本当に彼女は、社会の何処にも居場所が無い、なんて、最低な事になったかも知れない。
きっと彼女のこれからは、厳しい道になる。
あの、平凡な雰囲気の男と連れ添うなら余計に。
おれはその厳しい道に、障害物を投げ込んだ。
それはなんて、酷くて、悪意に満ちた行為だったか。
去り際、彼は言った。
『それで、犬飼は上手い事あの子をハメて、あの場所に連れ出せた訳だけれど……嫌いな女を皆で叩けて、楽しかったかい?』
彼には答えられなかったけれど、今なら言える。
鎌ヶ谷。
おれ、楽しんでなんかいなかった。
ずっと……何かが違うって、分かってた。
だって、あの子は。おれの祖母じゃない。おれをいじめたその人じゃあ、ないんだから……。楽しい訳が、なかったんだ。
あれから、三ヶ月が経った。異国にも春がきた。
そしておれは、日本から遠く離れた寄宿舎で、今日も罪について考える。
「何だって言うのよぉ!? このド田舎! 遊び場もないし、アクセサリーも服一枚もまともに頼めやしない! トランク一つで来たのは、弘樹くんあたりが贅沢させてくれるんだって、思ってたからなのに、もぉー。春物も何も用意なんてしてないわよ、冬服数枚でこれからどう過ごせっての! あ、わんこ丁度いいところにいるじゃないの。あんたもブラックカードでしょ? 貸して! ネット通販でストレス解消するわ!」
本性を出した……のか?
前より色々、あからさまになった星愛が、可愛いけど季節外れな暑苦しい服で、そんな事言ってくる。
ここに来てから、彼女は毎日、不満だらけだ。
あれがない、これが欲しい。あれも、それも。あなたはこうしてよ、それからあなたはそうして。
日本にいた頃のように、言えば何でも現実になる、と思ってるのか。文句は多い。でも、ここには何もないし、かつてのように、おれたちも星愛を甘やかしたりしないから、やっぱり、不満だらけだ。
「……ううん、カード、限度、ある。おれの、小遣いぐらいだけ」
おれは首を振る。
うちは老舗っていっても、しょせん個人経営だから、そんなにお金ないし。
「ええーっ!? じゃあどうやって買い物とかするのよ! 海外編なのに海外セレブとの恋も出来ないし、どうなってるのこれ!?」
むきぃー! とお怒りの少女は、相変わらず感情まるだしで、何となく安心する。……ところで、海外へん、てなんだろう、海外変?
冷清院を陥れている時ですら明るく元気だったんだから、この子はどういう精神構造をしているんだろうか、と多少不安にはなる。
でも……感情をセーブした、何考えてるのか分からない女っていまだに苦手で。これぐらい吹っ飛んでる相手だと、気を使わなくていい。
それに、ささいな事かとは思うけど、彼女はおれの趣味を笑う事がなかった。
美味しいね、って。おれの菓子を食べて、笑ってた星愛の笑顔は嘘じゃないと思う。
洋菓子を作る趣味は、母との少ない思い出の中で、出来たもの。
拒食症の改善が進み自宅通いになって、でも祖母のいる家には帰れなくて。アパートに隠れ住んだあの時期。若女将のハードな仕事をぬって、まだ食べ物もろくに食べられないおれに、何か食べられるものはないかと試行錯誤していた頃の、名残で。
『お菓子作ろう。ふっくらホットケーキ。タケの好きなもの何でも作るからね!』
祖母の影を、折檻の記憶を思い出す箸は持てず、和食は、全く受け付けなくて。炊きたての飯の匂いでダメになってたから。
実家では出された事もない、フォークとスプーンで食べられる甘い洋菓子や洋食を、母は作ってくれた。
今でも、少し焦げた不恰好なパンケーキは、おれの最高のごちそうだ。
星愛も、おれの不恰好なパンケーキに笑う。いびつなマフィン、膨らまないスポンジ。
今でも、たまに失敗してしまうけど、一人で処分してた失敗作を、美味しいねって、星愛はおれと一緒に、全部食べてくれるんだ。
強欲で、当たり前に人を陥れる。それをちっとも悪く思ってない星愛。そんな姿も分かってる。あいつは、悪女だ。
でも、憎めない。
……分かってる。我ながら女の趣味は、最悪だと思う。
おれたち、日本から来た新人三人組は、大人の意向で訳も分からないうちに来てしまったから、多彩も多彩、国際色豊かなこの監獄みたいな学校では、色々無防備な感じもあって。
いつかは、マフィアみたいな大男に絡まれて、監視員の砺波のSS達に助けて貰ったりもした。
そんな風に周りに色々迷惑を掛けながらも、雄大な(雄大過ぎて隣町までバスで半日) 広々とした陸の孤島の学校で、今日も日々を送っている。
「あの、星愛」
「なによ?」
古びたお城風の学校の廊下でエキサイトする少女は、ジロリと俺を見上げる。
「ここ、反省も、兼ねた、とこ。良家の子息、一杯。……いつも監視の目、ある。もっと、注意、しないと、絡まれる、よ。あと、本物の、金持ちは……」
「なに? 海外セレブをカレシにして買わせろってこと?」
そういうの得意よ! って、幾ら何でも酷いよ、星愛。その発言は流石におれもいただけない。
「違う。生徒、は、ここで、お金、使わない。側近に、買って、貰う」
「ちょ……! あたし達に張り付いてるの、砺波のSSじゃない! 彼らに、ストレス発散に散財させろって言える訳ないでしょ!!」
あ、それぐらいの分別はあったんだ。意外だ。
「自販機も深夜営業の店もないし、不便ばっかり! なんなのよ本当にこの、見た目だけいい監獄みたいな学校は!!」
じたんだ踏んで手を振り回し、全身でお怒りを表現しているが、ここは、その通りの役割なので、怒るのは今更な気がする。
「あの、星愛」
「何よ!?」
「……えっと。星愛は、その……」
ちゃんと、人の人生を虚言で狂わせたの、反省してるの? なんて、なかなか言い出せない。
おれも、自分の悪者ぶりを直視するのにくじけて、すぐにおれは悪くない、って思いたくなって……ちゃんと反省、なんて出来てないから、余計に。
「……なんでもない」
「んもぉ。わんこは相変わらずグズグズしてるわねぇー。苛つくから少しはしゃっきりしなさいよ!」
星愛はきゃんきゃんとよく吠える。その姿はまるで小型犬みたいで愉快だ。
……あの、人の事も。そう表現した人が、いたな……。鎌ヶ谷は元気、だろうか。
「おい、何やってるんだ二人とも。廊下で騒ぐとまた教師に俺が怒られる。もう少し大人しくしろ」
尊大な態度で注意する、弘樹の顔にこれほどほっとしたのは初めてかも知れない。おれたちがうるさいと、何で弘樹が怒られるか、といえば。何しろ、誰にでもこの態度だから、三人の中のリーダー格だと、周りに思われているのだ。
「ごめん、星愛、止められ、なかった……」
「ちょっと、二人して問題児扱いするの、やめてくれる!?」
おれたちはこうして、遠い空の下で、生きてる。
他愛なく笑いながら……己の罪を、見つめながら。いつかあの人に会いに行くまで。おれはずっと、罪というものと、向き合い続けるんだ。
これにて、番外編も締めとなります。
お読み頂きましてありがとうございました。




