第57話 クエスト『神像ビリケン捜索』1
「『「ビリケン」は、日本がいた地球という異世界にあるアメリカという国で作られた幸福の神の像である。とある芸術家の夢に出てきたものを形にしたものだ』とクエスト情報にはあります」
「ふーん……人が勝手に考えた神ですか」
レオの説明に耳を傾けていたマイラはつまらなさそうに言った。
神の実在するこの世界でも、実在しない神やあるいは物を崇める風習は存在する。
一般的にそれらは、少数の奇異な風習とみなされるものだ。
マイラにとっても興味そそられるものではない。
「それよりも、アメリカ、と言いましたわね」
「ええ。ここにそう書いてありますよ。何か気になるのですか?」
「……なんでもありませんわ」
アメリカ、という名に反応を見せるマイラだったが、逆に何の反応も見せないレオに言ってもしょうがないと思いそう言って誤魔化した。
アメリカと言えばかつてラグーザ大陸の北東において、ジャンビ=パダン連合王国のカターニア大陸遠征軍を壊滅させた海軍の本来所属する国の名である。
マイラが反応したのは当然であるが、その戦いは12年も前の話だ。
二十歳を超えているマイラはともかく、当時レオはまだ物心がついたかどうかという年頃のことで覚えていなくとも無理はない。
また、遥か大陸の反対側での事件は、西へ届くころには単に「未知の軍隊により遠征軍が壊滅」という話になり、やがてその未知の軍勢が異世界よりやってきた国であると伝わるも、それ以降聞く名は日本という国ばかりである。
マイラの様な立場の人間はともかく、レオのような庶民にアメリカの名は殆ど伝わっていなくとも不思議ではなかった。
「それで、続きをお願いしますわ」
「はい。ええっと、『日本でも多数作られたビリケンの中で、特に有名な物は大阪にある「通天閣」という塔に設置された物であった。塔に安置されたビリケン像は、32年の間地元民の信仰を篤く受けていた』」
「つまり、その塔を登って像を持って来ればよろしいのね?」
「違います。読み終わるまでお待ちください」
「あら失礼」
「はぁ……『日本が異世界を去る数か月前、ビリケン像は新しい物と取り換えられ古い像はとある楽団の所蔵物となる』今回捜索依頼が出されているのはこの古い方の像です。依頼は、「在福岡なにわの会」という団体でこれから向かう大阪出身者が作った会とのことです」
「なるほど。長年信仰してきた像が置き去りにされるのは忍びないというわけですわね」
存在しない神の像という点を除けば、物への愛着という気持ちはマイラにも十分理解出来た。
「場所に関する情報ですが、クエスト情報によると大阪の――」
「そんなものは行ってからで結構ですわ。まずは大阪にどう向かうかを決めますわよ!」
岡山以東のクエストが解禁された冒険者であるが、東行きにはいくつか条件がある。
その中でも大きな物が2つ。
まずギルドに通行許可証を発行してもらうこと。
許可証はクエストを受ければ一緒に発行してくれるので入手にまず問題は無い。クエストを受けずに発行も可能であるが、条件が更につくため並みの冒険者では手に入らないだろう。
もう1つは必ず岡山を通り東へ向かうこと。
仮にクエストの行先が岡山の北――鳥取辺りで、島根から行く方が近かったとしても、岡山を通ることが義務付けられている。
これは日本側からの要請であるが、ギルド側としても東行きを解禁したばかりの今は出発口を一本化したほうが助かることが多いため両者の思惑が一致した形だ。
このことについてはゆくゆく撤廃されるであろうが、ともあれ東へ行く冒険者は岡山にまず行くこととなる。
彦島から岡山へ向かうにはいくつかの手段がある。
まずは徒歩。
歩くことは冒険者の基本でありこの方法が一般的である。
つぎに自動車。
無論冒険者が運転するわけではない。冒険者には免許を取ることが許されていない上、現在自家用車を持つ者は少ない。
九州と岡山を行き来するトラックなどに交渉して乗せてもらうのだ。
徒歩より圧倒的に早くまた荷物も楽に運べる上、大陸ではタンゲラン以外にはない乗り物に乗れるとあり今冒険者の中では人気が高まっている手段である。
しかしそう都合よく岡山行きの車が捉まるものではなく、また乗せてくれるとも限らない。実際にはなかなかに難しい手段だ。
最後に最近始まった定期船。
日本ではここ数か月の間に、中国地方各地に冒険者ギルド支部が設置された。大半は大陸の田舎町にあるような小さな支部であるが、広島・岡山・松江には比較的大きな支部が立ち特に岡山はその中でも群を抜いて大きい。
これは日本のギルドが方面支部として独立した後にゆくゆくは方面支部本部を岡山へと移すことを計画しているためである。
その岡山と彦島、ついでに途中の広島には定期船の航路が引かれ既に運行されていた。
いずれ彦島で大陸からの冒険者を迎え、岡山へと運び東へと送り出すという流れが形作られるであろう。
「また船ですの……」
岡山への移動手段を知ったマイラは、眉間に皺を寄せながらそう言って徒歩を選ぼうとしたが、これにレオが猛反対した。
「ここから岡山という町まで、歩くと順調にいっても5日はかかるそうです。他に手段がないならともかく時間の無駄ですよ!」
レオにしてみれば、歩くとなるとその間主の荷物の一部を持たねばならない。
流石に全部持たせるほどマイラも酷ではない。
が、この距離を荷物を持たずに済むかどうかというのはレオにとって大きな問題であり、それだけに説得にかける気迫は並々ならない物があった。
「ですがレオ。船はどうも――」
「……おや? お嬢様は船酔いが怖いのです――」
「さあレオ! 急いで船着き場へ行きますわよ!!」
(ちょろいなぁ~)
「計画通り」とでも言いたそうな顔をしたレオに気付くこともなく、あっさり乗せられたマイラは、岡山への船旅を決めると勇んで船着き場へと向かう。
この後、再び船上の人となったマイラはあっさりダウン。
船室で苦しむマイラを余所に、レオは美しい瀬戸内海の船旅を心行くまで楽しむことが出来た。
中国地方岡山。
その姿を一言で言うならば、
「大都会ですわね!」
瀬戸内海から児島湾港へと入り、新岡山港で船を降り、県道45号を北上。
市中心部へと至ったマイラは、その街の大きさに思わずそう言った。
「しかし、福岡の方が規模は大きかったはずですが?」
「あちらは首都でしょう」
大陸のどの国も及ばないという日本。
その首都――正確には経済首都――ともなれば、それが想像以上ではあったが巨大なことには納得できた。
しかし、この岡山は違う。
「ここは、言ってみれば日本の辺境。境界線を守護する防衛都市のようなものだと聞いておりました。そんな場所が、これほど発展しているなど思いもよりませんでしたわ」
現在の岡山は中国地方最大の都市となっている。
モンスター侵攻後、東日本からの避難民の大半は九州四国へと移住した。
中国地方も、直接大規模なモンスターの侵攻にこそ遭っていないが、小型モンスターの進入により人々が生活するには危険度が増すこととなる。
そうした状況を避け、九州四国へと移住した者は少なからずいた。また転移時の高齢者大規模な死亡もあり、中国地方各地の人口は減少。
そんな中にあって岡山のみは、現在自衛隊最強である第4師団が駐屯しているという事情から、九州四国へと渡らなかった或いは渡れなかった人々が集い逆に人口が増加しているのだ。
人口は市全域で80万人を超えており、街の中心地では新たなビルの建設すら進められていた。
岡山駅から東へと伸びる目抜き通り、桃太郎大通りにあるとあるビルに現在ギルドの支部はある。
現在ギルド会館は市内を流れる旭川の東、川沿いに建設中でありここは仮の事務所だ。
そこで手続きを終えたマイラは、ギルドから紹介されたホテルにて一泊。
明けて翌日、ギルドの指示通り市内の東の端、吉井川へと向かった。
「……」
「……」
その光景にマイラは、そしていつになく真剣な表情の彼女にレオは、押し黙ったまま川沿いに建つそれを見ていた。
現在の日本を東から訪れるモンスターより鎮護する鉄壁の要塞『吉井川城壁』。
コンクリートと鋼鉄による5mの城壁が川に沿い数kmに渡って続く。
城壁の上には大小の砲が並び、日本の兵隊と思われる物が奇妙な筒を持ち城壁の上を歩いている。
所々監視台があり、望遠鏡を手に周囲を監視していた。
「うわ~……色んな大砲がありますね。でも、軍艦なんかで見る大砲より小さいみたいですよ」
「ええ……小さいですわね。まったく話の通りですわ……」
「?」
確かに小さい。
ルマジャンの港に並ぶ軍艦の大砲や、陸上で使われる固定砲台の砲身よりもずっと小さいのだ。
しかし、この小さいとさえ思える砲が軽々と軍艦の側壁を貫く威力を持っていることをマイラは話に聞いていた。
「ここが日本防衛の要だと聞いてもしやと思っていましたが、まさか本当にこの目で見られるとは。やはり直に来てみるものですわね。おーっほっほっほっほ!!」
吉井川にかかる備前大橋。その東側。
簡易に建てられたゲートの前で胸を大きくそらし高笑いする金髪の美女に、警備の日本の軍人――自衛隊員が奇妙な物を見たとばかりに好奇の目を向け、お互いに何か耳打ちし合っている。
「リアルで高笑いするやつとか初めてみたぞ」
「いるんだなぁこんなお嬢様キャラ。さすが異世界だ」
「どこぞの貴族のお嬢様と従者ってところか?」
「貴族もそんな危ないことをするのか……」
「聞いた話だと結構いるらしいですよ」
「ちょっとそこの貴方がた」
世にも珍しいリアルお嬢様キャラに、口々に感想を言い合っていた自衛官へマイラが声をかける。
「先ほどから私を見ていらっしゃいますが、一体何ですの?」
「あ、失礼しました!」
「冒険者の方ですね。私たちはここで東へと向かう冒険者の方のチェック――確認を行っている者です」
「あら、そうでしたの」
「ではさっそくで申し訳ありませんが、ギルドの発行した通行許可証をお見せください」
この場の責任者であろう少し年配の自衛官に促され、マイラとレオはギルドで受け取った通行許可証を差し出た。
受け取った自衛官は、手持ちのファイルを繰りこの2人が確かにギルドから通行を認められた冒険者であるかを確認する。
「マイラ・ルマジャン・イカライネンさんと、レオ・ブラガ・ダールマンさんですね。確認出来ました、許可証をお返しします」
「ご苦労様ですわね」
「いえ、これが任務ですので」
マイラの言葉に自衛官は柔和な笑みを浮かべそう答えた。
「行先は大阪とのことですね」
「その通りですわ」
「道は分かりますか?」
「地図を持っていますわ。彦島で購入いたしましたの。ですが、日本の地図は細かすぎて逆に不便ですわね」
そう言いながらマイラが取り出したのは道路地図であった。
中国地方、そしてギリギリで大阪までが入った1枚地図だ。
細かな道路は載っていない地図だが、それでもマイラたちが大陸で日常的に見る地図に比べて情報量が多い。
「見せていただきます。――なるほど、国道2号を通るつもりですか」
「ええ、これが大きな道だと聞きましたので、それを使うつもりですわ」
「国道2号というのは、今立っているこの道がそうです。後は道をそれずにひたすら進めば数日で大阪に着く筈です。日本語は読めますか?」
「当然ですわ! まあ、さすがに全部は読めませんけれど」
「では、所々に道路案内がありますのでそれで確認してください。途中、この地図のここ、赤穂という辺りまでは所々に我々の観測所がありますし隊員が巡回していることもあります。もし出会ったら彼らに道を確認してみると良いでしょう」
「随分ご親切なこと。お礼を申し上げますわ!」
軍人とは思えないほど細やかな対応してくれる中年の自衛官に、感じ入ったマイラは優雅な仕草で頭をさげ一礼する。
お気になさらず、という隊員にマイラは重ね重ね悪いですがと前置きをして質問を投げかけた。
「大阪までの道中で何か見どころはございませんこと?」
「見どころ、ですか」
見どころ、観光名所かなとここから大阪までの道のりを思い浮かべる。
この周辺は彼らの所属する第4師団の庭といっていい。彼自身も何度か哨戒で少し東の方にまで遠出をしたことがあった。
いくつか候補は浮かぶ、だがあまり道から外れては彼女たちが迷ってしまう可能性が高い。
そういう条件を考えると――
「ここから歩いて行けば、明日か遅くとも明後日には姫路という場所に着くでしょう。そこに城があります」
「まあ日本の城!」
「『姫路城』といいます。日本で一番美しい城といっていいでしょう。現在は整備が出来ていませんが、離れて観る分には問題ないと思います。ああ中には入らない様に、モンスターも侵入しているようですし修理もしていないので危険ですので」
白鷺城の別名で知られる姫路城は、現在第2種特別地域内にある。
そのため整備補修作業がまったく行われておらず、その上モンスターも侵入しているとあってはどうなっているか分からない。
少なくとも外から異変は見当たらないことは自衛隊で確認されているが、中の安全は分からないためご自由にどうぞとは言えない。
また下手に冒険者たちに立ち入られ荒らされても困るとの想いもあった。
「後はそうですね……神戸、いや大阪か」
「そこには何があるのでしょう?」
「それは、ま、見られてのお楽しみですよ」
尋ねるマイラに、ニヤリと笑みを浮かべる。
悪戯をしかけた子どもの様だと思いつつも、こんな気配りの出来る軍人がわざわざ謎にする以上知らない方が楽しめるのだろうとマイラは考えた。
「ふふふ……楽しみにしておりますわ。期待外れでしたら、ただじゃおきませんことよ」
「期待は裏切らないと思います」
「それでは、そろそろ行きますわ」
「お気をつけて。既に何組も冒険者が東に出発しています。上手く協力してください」
「ありがとう御座いますわ。では、ごきげんよう」
「ありがとうございます!」
マイラとレオは、親切な自衛官に礼を述べ、ゲートをくぐり大阪へと歩き出した。
「納得できないっすねぇ」
冒険者2人の姿が遠ざかるのを見送りながら、若い自衛官がつぶやいた。
「なんで、俺たちがダメで大陸の奴らが東に行けるんっすか」
「……政府の決定だ。仕方ないだろう」
部下の愚痴に、マイラたちの相手をしていた自衛官がそう答える。
「おかしいじゃないですか。前はちょくちょくあった哨戒任務すら今は数が減らされているんですよ」
「新型のモンスター出現で、住宅地域の警戒を優先しなきゃいかんのだから当然だ」
「だからって、東に行けないって話にはならないでしょう? そりゃ、冒険者が役立つのは認めますよ。でも、ザコなら俺たちの方が上手くやれるんっすから。一緒に俺たちも行けばいいじゃないですか!」
「おい、いい加減にしろ!」
だんだんと語気が強くなる若手に、見兼ねた同僚が静止をかける。
「ここで愚痴っても意味がないだろう。ほら、次の冒険者が見えたぞ」
「……了解っす」
諭され、納得したわけではないがこれ以上上官に言っても意味がないと、不承不承不満を引っ込め次の冒険者を迎える準備を始める。
「……」
そんな部下を余所に、もう小さくなったマイラたちの姿を未だ見続ける。
そんな彼の顔には、先ほど見せていた柔和な笑みはなく厳しい表情が浮かんでいた。
「仕方ない、か。今は……我々の任務をまっとうするだけだ」




