第58話 クエスト『神像ビリケン捜索』2
国道2号は、大阪から福岡まで山陽地方を東西に走る国道である。
日本が西へと逼塞した現在も、岡山から福岡を結ぶ主要道路として生きている。
中国地方の鉄道が止まり、高速自動車道も整備維持の観点からその多くの区間が封鎖されている現状、もっとも人・物の往来が激しい。
人の往来が多いため中国地方に生息する小型モンスターの多くはこの道を避け、また第3師団、第4師団がそれぞれ定期巡回を行っており極めて安全な道だと言えよう。
そんな国道2号だが、岡山市内吉井川に架かる備前大橋を境に様相が変わる。
橋を渡ってしばらくは、自衛隊も使用するということもあり道そのものは舗装こそはがれているが綺麗なものだ。
しかしその周辺は、岡山以西と打って変わり何もない平地が続いている。
吉井川を渡った先、瀬戸内市の北端から備前市西は、倉庫や住宅地そして田畑が 広がっていた。
現在それらは、ここ吉井川を護る第4師団とモンスター群との度重なる交戦――というより自衛隊側の砲撃により跡形もなくなっていた。
瓦礫も遮蔽物になってしまうため第4師団により撤去され、吉井川東側から東へ約3km国道2号沿いにある大ヶ池辺りまでは山影のため砲撃を免れた建物が残るだけとなっている。
国道2号はそのまま備前市の中心部伊部に入るが、この地に入るとまた違った風景となっていた。
数年前に放棄され、モンスターに荒らされ歳月と共に朽ち始めていたが、それでもまだ家屋やビルなど建物は原型を留めていた。わずか半年前までは。
約半年前、ここを大型モンスター・ベヒモスが通過したことにより建物は破壊されてしまっていた。
全長30mに及ぶ巨大生物の通行後は、まるで怪獣映画の中のそれである。
自衛隊による整地も今のところ予定がなく無残な姿を未だ晒し続けていた。
ベヒモスによる破壊の痕跡はここから東へ東へと続く。
岡山を出発し東へと向かう冒険者たちは、皆その光景を目にしベヒモスの恐ろしさとそれすら打倒す日本の力を知ることとなる。
「お嬢様、食事の準備が出来ました」
「分かりましたわ」
レオの呼び掛けに、お湯で濡らした布で汗を拭いていたマイラは、近くの民家で拝借したバケツに布を放り込むとレオのところへと向かう。
「レオ、あなたも後で拭いておきなさい」
「承知しました」
旅の途中ではいつ水が確保できるか分からないため、湯を沸かし体を拭くなどそうそうやるものではない。
が、幸いにも日本という場所は川の多い土地であった。
今日もマイラは、近くの川で汲んできた湯を沸かしこうして体を拭くことが出来ていた。
綺麗好きであるマイラとしては実にありがたいことであるが、数日風呂に入らなくても気にしないレオにとってはさほど重要な事ではなかった。
むしろそれより、この水そのものについてが気になっている。
「本当にこの水は飲めないのですかね?」
「さあ、少なくともそういう話ですわね。何でしたらお試しになる?」
マイラが真顔でそう尋ねると、レオは慌てて首を振りその気がないことを伝える。
日本に川は多いが、その多く特に市街地を流れる川の水がそのままではまず飲めないという話を、ギルド職員やここに来る途中で出会った日本の軍人から説明を受けていた。
生活の中で出る汚染水や農業による汚染で危険が高いというのだ。
人が居なくなり数年を経て改善はされているだろうが、未だ調査もされていないため実際のところは不明。煮沸すればたぶん大丈夫――かもしれない、という話だ。
実際に試してみるのも手だろうが、先にそのような説明を受けていてはとうていそんな気にはなれない。
せいぜい、マイラの様に汚れを落とすために使う程度であろう。
食事や飲料用は持参した水だ。とは言え長くはもたない。どこか比較的綺麗な川で補給する必要があるだろう。
「さて、明日はいよいよ姫路城とやらですわ。楽しみですわね」
用意された夕食。大陸東部の主食の1つヤモックの粉で作ったヤモックパン。乾し肉を火で炙りモンク――の代用で日本の醤油で味を付けた物。煎り豆。大陸のタンゲランで購入したスモモを乾したドライフルーツ。
割ったヤモックパンに干し肉を挟みマイラは上品に、レオは豪快に齧り付く。
小麦に比べパンにすると味では劣るヤモックであるが、乾パンにしなくとも日持ちするという性質がある。
柔らかいが故に持ち運びに不便という欠点もあるが、硬いパンばかりでは飽きが来てしまうためヤモックパンを持つ東部の冒険者・旅人は多い。
マイラ達も東部に来て勧められすっかり気に入っていた。
「どんなお城なのでしょうか」
右手に即席サンド、左手にコーヒーの入ったカップを持ちながらレオが言った。
このコーヒーもまたマイラ達最近のお気に入りだ。
日本で知ったインスタントコーヒーという物で、お湯さえあればいつでもコーヒーが飲めると冒険者向けに売られていた物である。
豆から挽き淹れたコーヒーに比べ味は劣るが、十分に許容範囲だ。
このコーヒーとヤモックパンのおかげで、レオは岡山からここまでの3日間の旅の食事は、大陸での旅に比べ随分向上した気がしていた。
「400年ほど前に建てられた城と聞きますわ。今日本では城を使わないそうですから、多くの城は取り壊されたそうですが残る城の中では最も美しいという話でしてよ」
「なるほど~」
「出来ればゆっくり中も見たいですが、中に入るなと言われておりますし今回の目的地ではありませんので、外から眺めるだけといたしましょう」
残念ですわ、と呟きつつマイラは東の空を眺める。
ここはすでに姫路市内。市内を流れる夢前川に架かる夢前橋近くの民家の庭先だ。
姫路城はもう目と鼻の先である。
急げば今日中に見ることも出来たであろうが急いでもそう良いことはない。
岡山からこの地まで、道なりで距離は70kmほどだ。
最初の頃はほとんどモンスターの影もなく順調な道のりであったが、兵庫県に入り赤穂市を超えたあたりからモンスターの姿がチラつくようになった。
今のところ襲われてはいないが、東へ行くほど危険は増すのであろう。
もし無理に城まで向かい陽も落ち体力も消耗したところでモンスターに遭遇しては危うい。
マイラたちは無理せず日が沈む前に、川の近くで一泊することに決めたのだ。
夕食を食べたマイラは明日の城との対面を期待しつつ、無人となった民家に入り込みそこでレオと共に一夜を明かした。
翌日。軽い朝食を取りさっそく出発したマイラたちは、1時間も歩かない内に姫路城へと到着した。
歩く国道2号からは少しずれているが見えている範囲なので迷うことはない。
城の方へと歩きながら、マイラはその姿に心奪われていた。
「おーっほっほっほっほ! 素晴らしい城じゃありませんこと、レオ!」
「ええ。城自体は都の王城より小さいですが綺麗ですね」
レオの言う王城とは、ルマジャンにある王城のことだ。
彼の知らないことであるが、本来の姫路城の敷地はもっと広く現在の敷地はその一部でしかない。
完全な姿で残っていればまた別の感想もあったであろう。
とは言え、その白い城壁をもつ荘厳な天守閣の姿は2人の大陸人の心を確実に奪っていた。
「これは是非とも間近で見てみたいですわね」
「……お嬢様。お分かりだとは思いますが」
「おーっほっほっほ! みなまで言わずとも結構ですわよ。それに、楽しみは先に取っておく方がよろしいでしょう」
「なら結構ですが」
と言いつつ、城内へと向かう道を見るとそこは色々な物が置かれ塞がれている。
恐らくここを放棄する時に封鎖したのだろう。
(でも……明らかに何かが入った形跡があるな。先に来た冒険者かモンスターか)
マイラもそれには気づいていたようだが、人がやっているから自分もと無法を働くような人物ではない。
名残惜しそうにもう一度城を見ると、
「さあ行きますわよ!」
そう言って姫路城を背に歩き出した。
姫路を後にした2人は再び大阪へと向かう。
吉井川で言われた通り、赤穂辺りまでは2度ほど自衛隊員と遭遇したが、そこを過ぎて以降は一切出会うことはなかった。
また兵庫県については、見落としが無い限りは嘘偽りなく住民はおらず皆西へ避難させられている。そのせいで、延々と誰もおらずゴーストタウンとなった街中を歩き続けることとなる。
「しかし、人はおろか獣もいないというのは不気味ですわね」
町中に野生動物がいないのはおかしなことではないが、人が住んでいない以上住み着いていてもおかしくはない。
近くの山に獣がいないわけではないだろう。
実際山近くを通った時は獣の気配があったのだから。
「モンスターもいませんね」
レオも周囲を見回しつつそう言った。
この辺りで町中に獣やモンスターがいないのには理由がある。
モンスターの姿が見えないのは、この辺りのモンスターが既に殲滅されているからだ。
岡山にある吉井川城塞付近には、2~3か月に1度小規模の、そして年に1~2度大規模のモンスター侵攻がある。
それらのモンスターの多くは東からやってきていることは自衛隊により判明しているが、この辺りに生息するモンスターもそれに参加、或いは巻き込まれるのだ。
そして半年前にあった大規模侵攻。ここ2~3年では最大の規模であったが、そのほぼ全ては自衛隊により討ち取られている。
その為この辺りはモンスターの空白地帯と化しているのだ。
とは言えモンスターの繁殖力は高い。
ここに来るまで東に向かうほどマイラ達がモンスターを見かけるようになった通り、徐々にモンスターの数は回復し始めている。もう数か月経てばこの辺りでもモンスターの姿が目に留まる様になるだろう。
モンスターでない獣、野生動物が町中にいない理由はさらに簡単だ。
人のいなくなった街では動物のエサとなる物がない。それ故に山から出てこないのである。
それでも住処を町に作る動物も居たが、大抵そういったものはモンスター侵攻の度に自身がエサとなる運命だ。
誰にも出会うこと無く旅を続けるマイラが、ようやく人に出会ったのは姫路城を後にした翌日のことであった。
明石市を海岸沿いに進み、神戸市に入った辺り。
そろそろ今日の拠点を探そうと考えていた頃であった。
「おーい! そこのあんた!」
前方の方から男の呼ぶ声がした。
「どなたでしょうか?」
「ロデ語ですね……」
既に何組何人かの冒険者が岡山から東へ向かったとの話は聞いていた。
その冒険者だろうかと思いながらも、警戒しつつ声の主の下へと向かう。
海沿いに真っ直ぐに続く道。その向こうに、大きく右手を振る1人の男の姿。
革の鎧を着た野暮ったい無精髭を生やした中年の冒険者だ。
マイラ達に手を振りつつ、その片手に――
「!? ふん!」
その片手に握るハルバードを見とめたマイラは背負っていた得物を両手に構える。
「おいおい! どういうつもりだ。そんな物騒なもんはしまってくれよ」
「先にそちらの武器をおしまいになってはいかがかしら?」
慌てながら男が言ってきたので、マイラがそう言い返すとマイラの行動に合点がいった男は、近くの歩道と車道とを区切る柵にハルバードを預けた。
「これでいいか?」
「……ええ、よろしくてよ」
男が武器を手放したことを確認し、ようやくマイラも構えを解いた。
「それで、貴方は何者かしら?」
「お仲間さ。あんたらもクエストでここに来たんだろ? 俺らもだよ」
「それで、一体どういう御用かしら」
構えこそ解いたが未だに警戒までは解かないマイラに、苦笑しながらも男は説明した。
「なに、この先。見えるか、あの高いところを通っている道が」
「――ええ、ありますわね。何かと思えば道でしたか」
マイラの進行方向。先ほどから高く横に続き建造物が見えていた。
何であろうかと気にはなっていたマイラだったが、まさか道だったとはという想いだ。
「ありゃその先、ずっと建物のせいで見えなかっただろうがそのまま橋なってその先の島に繋がってる。地図はもってないか?」
「ああそう言えば、海を渡る橋が書き込まれてありましたわ。まさか、本当にあるなんて……」
「いや、下関と九州とを結ぶ橋や岡山の手前にもあっただろうが」
呆れ顔でツッコむ男。
「お嬢様は、船にめっぽう弱いですから。彦島を出発してから岡山まで、ずっと船室に籠られていました」
「あら? どこにいたのレオ?」
「ずっと後ろにおりました」
「そうですの?」
「そいつは、お前さんの仲間か?」
にしては「お嬢様」と呼ぶのはおかしい。
大方どっかの貴族や商人のガキの冒険者とその付き人というところか、と男はほぼ正確に関係を見抜きながらも一応そう問うた。
「レオ? この子は私の愛人ですわ」
「ぶっ!」
「違います!!」
全力で否定するレオに、「あら?」と小首をかしげるマイラ。
「つれないですわね」
「悪質な冗談はやめてください。えっと、想像はつくと思いますが単なる従者です。お気になさらず」
「そ、そうか。なんつーか、お前さんも大変だな。それより話の続きだ」
何とか強引に話を元に戻し説明を続ける。
「あの橋の向こうにある島、「淡路島」ってんだがそこは日本の勢力圏でな。日本の軍隊がそこに基地を作ってモンスターの侵攻に備えている。まあ海を挟んでいるし、橋があってもあの高さだからな。モンスター共はほとんど来ないらしいがな」
四国に本拠地を持つ陸上自衛隊第5師団――旧第14旅団――の淡路島駐屯部隊である。
前方に見える明石海峡大橋を挟み島側でモンスターの進入を警戒している。
現日本において岡山と並ぶ最前線であり、第4師団以外では唯一自走砲部隊があることからその重要性が分かるだろう。
ただし、今の説明にあった通りモンスターの侵攻はそれほど激しくない。
陸上モンスターの多くは海を嫌うため島へ渡ろうとはしないのだ。橋はあるがわざわざ高所まで上がろうとする酔狂なモンスターも少ない。
それでも稀に侵入しても、逃げ場のない橋の上。撃退は容易であった。
「俺たちのクエストは、ギルドと島の基地の奴らからの依頼でな。本州を通っての冒険者との連絡路の確認さ。それで、橋のところで俺らを待ってくれていた奴らと話していたら、あんたらを見つけたってわけだ」
見つけたのは橋の手前、橋に繋がる神戸淡路鳴門自動車道の上で周囲を警戒していた自衛隊員であるのだが。
「時間も時間だ。そろそろ今日は寝床を探すんじゃないかなと思ってな。ここなら安全に休める場所もあるから呼びに来たんだよ」
「まあ! それはご親切に。疑って悪かったですわ」
「なあに、当然の反応だ。こういうのは疑ってかかるくらいがちょうどいいのさ」
素直に謝罪するマイラに、男は気にした様子もなくどこか先輩風を吹かせながらそんなことを言った。
「それじゃ、陽が落ちる前に行こう。橋の下の建物に自衛隊が寝床を作ってくれている。今後冒険者が進出してきたら、最前線を橋の向こうからこっちへ移すそうだ。まあそれまでの仮の前線基地だな」
「良かったですねお嬢様。水も補給したかったところですし」
「ええ、本当に助かりましたわ。おーっほっほっほ!」
久々にゆっくり休めそうな気配に、マイラとレオは顔をほころばせる。
大陸でも辺境に行けばずっと町や村がない場所を旅することになるが、ある程度大きな道沿いならば5日以上も町が無いなどということはまずない。
ルマジャンからタンゲランまでの旅を思い出しながら、何とか今までの野宿記録は更新しなくて済みそうだとレオは思っていた。
2人が男に連れられ明石海峡大橋の下まで来ると、そこには何人もの自衛隊員と数人の冒険者たちがいた。
男の話では、別のクエでこの付近まで来ていた冒険者がマイラと同じくここで休むのだという。
「この辺りには町なんてないからな」
「まあ町ではありますが人無くして町とは申せませんわね」
「違いねーや。それで、当分はここが拠点となるんじゃねーかな」
そんな会話を交わしていると、別の男が近づいてきた。
年のころは目の前の男と同じくらい。中年の冒険者であるが、雰囲気が粗野な目の前の男に比べやって来た男が温和な雰囲気を漂わせていた。
「やあ、無事連れてこられたみたいだね」
「ったりめーだ。ガキの使いじゃあるめーしよ」
「あははは――それで、彼女たちの名前は?」
「あ、そういや自己紹介がまだだったな。俺の名前はコジモ。こっちは相棒のカレルだ」
「よろしくね、お2人さん」
そう微笑みながら差し出された手を握り返しマイラも名乗る。
「ご丁寧に。私はマイラ。こっちはレオですわ」
「さて、自己紹介も終わったとこだ。自衛隊のところに案内してやる。部屋に荷物置いた後は飯だぞ。自衛隊の奢りだそうだ」
「日本の料理は美味しいけど、軍隊の料理はどうだろうね?」
「さあな。試せば分かるこった。な?」
「ええ、そうですわね」
そんな話をしつつ、コジモはマイラとレオを連れ自衛隊のところへと向かっていった。
岡山~明石間の話はもう少しあったのですが冗長だったの削りました。
そもそも本来ならこの回で大阪まで行くはずだったので。
第2章のコジモとカレル登場。メインではありません。
ひよっこ組は今は大陸です。




