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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第2章 冒険者ギルド開設編
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第51話 エピローグ 始まりの終わり

 モンスターとの戦闘を伴う多くのクエストにおいて、倒したモンスターは冒険者の物となりその残された骸は解体され売り払われ彼らの副収入となる。

 皮、鱗、肉、筋、骨、歯、爪などは当然ながら、生成される分泌物でさえ香料や薬として利用されることもある。排泄物ですらそうだ。

 転移前の日本があった地球では、ジャコウネコにコーヒーの実を与え排泄された種を回収して作られる高級コーヒー「コピ・ルアク」――俗にいうイタチコーヒーがある。

 この世界でも同じような事例として、ある果実を食べたモンスターの排泄物に残る種は美食家や高級料理店に高値で売れる。消化されずに残る種の中身が、モンスターの腸内で何等かの作用を受け大変美味になるのだ。

 また、腐敗する特定のモンスターにのみ生えるキノコや、昆虫系モンスターに寄生する菌類もある。地球では冬虫夏草と呼ばれる物の同類だろうが、これらも高級食材だ。

 他にも宝石を胃石――食物の咀嚼を助けるために動物が飲み込む石――として体内に持つモンスターもいる。解体したモンスターがこれを持っていれば正に一攫千金であろう。

 強力なモンスターほどその遺骸の利用価値は高く、そういったモンスターに挑むことになる冒険者にとってそれらは、危険なクエストをこなした後にもらえる大変ありがたいご褒美なのであった。


 今回日本において出現したヒドラも、その遺骸は利用価値の高い物であった。

 まず何と言ってもその革だ。蛇革と言えば、日本でも財布やバックあるいは楽器などに利用されているが、ヒドラの革は防具として利用される。

 これを用いて作られる防具は、軽さと柔軟性を持ちつつ打撃と炎・熱に対して高い耐久性を持つ皮革系としては最高級の素材であり、多くの冒険者や職人の垂涎の的だ。

 また肉は毒抜きをして食用が可能であるし、牙も加工して短刀や工具に利用できる。その身に持つ毒ですら、持っていく場所に持っていけば高値で引き取ってもらえるだろう。



「はぁ~~~~~」


 下関市彦島の冒険者ギルドに併設された酒場で、ビアンカは盛大に溜息をつく。

 先のクエストが終わってもう何度目だろうか。


「ほらビアンカ。いい加減元気だしなよ」

「……」


 落ち込むビアンカにエヴァルドがそう声をかけ、隣に座るジャックは黙ってビアンカの空になったジョッキにピッチャーからビールを注ぐ。

 注がれたガラス製のジョッキを口へと運びながらなおもビアンカの気は晴れない。


「だって、せっかくヒドラの革を手に入れる機会だったのに。あの大きさなら十分私にまで回ってきたはずよ」

「そりゃそうだけど、終わったことを言い続けてもしかたないだろ?」

「そういうあんただって、狙ってたから軍人さんにあんなこといったんでしょうが」

「まあ、そうだけどさ……」


 ビアンカの指摘にバレてたか、とばつの悪そうな顔をするエヴァンズ。

 あんなこと、とは自衛隊に代わって冒険者がヒドラへと攻撃することを提案したことだ。

 彼が自衛隊にあのような提案をしたのは、確かにそちらの方が効率も良いという理由はあった。

 だが冒険者という人種は何の見返りもなく危険に突っ込むお人よしばかりではなく、また何が何でもクエストをこなすぞという勤労意欲にあふれた人種でもない。ちゃんとそこに利益があったのだ。

 あのまま自衛隊に攻撃を任せていた場合、ヤマタノオロチを倒せたとしてもその遺骸は砲撃によりボロボロになっていたはずだ。その場合、その遺骸から得る物は大変少なくなっていただろう。

 また、複数人で倒したモンスターから得られる物は、その戦闘での活躍により優先順位が決まる。規則というより、活躍した分だけ発言権が強くなるからだ。

 良い部位を得るためにも、自衛隊には引っ込んでもらい自分たちが前線で戦い活躍する必要が冒険者側にはあった。


「はぁ~~」

「まあ、今回のクエストはギルドも、ヒドラの遺骸も報酬と考えて報奨金を設定してたらしいからね。埋め合わせに特別賞金と、何か手当を考えているらしいよ」

「ヒドラの革より良いとは思えないけどね~……あーもう! 2人とも。報酬入ったら日本の本土に渡るわよ!」

「え? 九州に? 僕は別にかまわないけど」


 と、黙って肴の焼ゲソを噛んでいるジャックを見る。

 彼も黙ったまま首を縦に振った。


「よおし! せめてあの迷彩服でも探すわよ! ついでに他の装備も新調するわ!」

「ああ、あの服諦めてなかったんだ」


 グッと拳を握りしめるビアンカを見ながら、それで気が晴れるなら好きにすればいいさと呟き、自分のジョッキにビールを注いだ。




「あっちは大変そうだね」

「ま、目の前で獲物を横取りされたようなもんだからな」


 酒場の一角で騒ぐビアンカを尻目に、コジモとカレルは再び合流した駆け出し4人と共に酒を飲んでいた。


「リーダーは悔しくないんっすか?」

「おいおい、ラファエル。俺らには元々そんな権利ないんだよ」

「どういうことです?」

「ああいう権利は危険な最前線で戦った奴らの特権だ。俺とカレルは、安全な場所で自衛隊の護衛やっていただけだ」

「あらぁ~。どうして参加されなかったのですか?」

「……もしかして、コジモ足手まといだったの?」

「殴るぞジゼル!」

「まあまあ、落ち着いてコジモ。でも全く的外れでもないよ。あの参加者の中じゃ、私たちの実力は下から数えた方が早い」

「はっ! 1人で中型モンスターを軽々倒すような化け物と比較されりゃ当然だろうが」

「いや、そんな人たちと同じクエストに加われるリーダーも凄いと思いますよ」


 フォローするかのようなジャンのセリフを聞き、コジモは腕を伸ばすとその額をデコピンで弾いた。


「った!」

「バカ野郎。んなおべっかじゃなくて、『俺だって参加してやる』くらいの気概を見せねえか。男ならそのくらい覇気を見せろって」

「と、当然そのつもりですよ!」

「おお、上等上等、がはははは!」


 顔を赤くしてそう言ったジャンを見て、コジモはそう大きく笑う。

 そんな2人を見つつカレルは楽しそうに微笑みながら酒を口にしている。


「あ、そういやリーダー。クエスト前に言ってた店の件ですけど」

「おお何か良い店はあったか? 臨時報酬も入りそうなので、パーっと打ち上げたいところなんだがな」

「それについて、ギルドの方からの連絡なんすけど――」




「今回もご苦労だった佐保2曹」

「いえ……」


 下関市内の運動公園跡地に建つ下関駐屯地。

 その司令部の一室で、佐保登紀子は駐屯地司令である秋吉と向かい合っていた。

 なんで自分が――と何時なら佐保が嘆きたくなる状況であるが、今回は紛れもなく仕事の一環としてこうして向かい合っている。


「こちらが冒険者ギルドから提出された書類です。今後の対新種モンスター戦の参考にしてください」

「ごくろう。さっそくこちらのデータと比較させよう」


 用意した封筒を差し出しながら、佐保は言い難そうに話を1つ付け加える。


「それと……彦島のギルドに残っていたマルデーラ氏から直接言われたのですが、『今後はこのような場合、事前に一報いただけるとものと信じております』と」

「むむ……あの件はなぁ」


 佐保の言葉に顔をしかめながら秋吉は言葉を濁す。

 無理もないと佐保は思った。


「あのアマテラス……様? が出てきたのは、やはり政府の方から」

「うむ。……政府も、どう扱ったものか持て余していたからな。今回で色々見極めを付けたかったようだ」

「……やっぱり本物なのですか?」

「少なくとも、力はそうだ。政府はそう判断した」


 地球から異世界へと転移した日本。

 11年の歳月を経て新種モンスターとして妖怪が現出しだしたように、転移前の日本にはいなかった存在が現出していた。

 神――この世界において、血肉を以て存在するそれと同質の存在が日本にも。

 しかもそれは、自らを日本の神話や信仰の存在と同じ名を称したのである。

 雷と学問の神、天神様こと菅原道真。

 太陽神にして皇祖神、日本神話の最高神天照大神。

 他にも数柱の神が顕現している。


 これらが現れた時、当然ながらほとんどの者は信じようとはしなかった。

 当然であろう。いきなり現れた者が「我は神なり」などと言って誰が信じるだろうか。

 この人々の態度に対し、神々の取った行動はそれぞれであった。


 自らの力の一部を見せるとともに、言葉を重ねて対話に臨んだ神。

 その態度を不遜とし暴れまわり、人々の畏れを受けた神。

 関わり合いたくないと引きこもった神。


 その現出から数年。どうやら人とは違う存在であるらしいとの認識はようやく日本人に広まってきたところである。

 だが未だもってその位置づけは定まっておらず、日本人の誰もが知っているが、なんとなく扱いに困る存在であった。

 そんな中での今回の事件である。


「妖怪が出たのなら、神様も本物ということになりますかね……」

「どうだろうか。神の中の菅公を名乗る方は、自らを『菅原道真であって菅原道真ではない』と言っていると聞く」

「ますます意味が分かりませんね……関わらない方が無難でしょうか」

「いや、私は逆だと考えている」

「え?」


 首を傾げる佐保に、秋吉は声のトーンを落としながら言った。


「内々の話しだが」

(またこのパターン!? いいかげんにしてよ)


 またも聞きたくもない情報を聞く羽目になった。

 内心でそう泣きわめく佐保を余所に秋吉は言葉を続ける。


「私は今度陸将補に昇進するのだが、次の人事で旅団長への就任が検討されている」

「えっと、駐屯地司令――連隊長からいきなりですか?」

「自衛隊改革の一環で人事制度も変わってきている。それでだ、その旅団というのがこの第3師団を改編する予定なのだ」

「こ、ここを!? 戦地まっただ中なのに定員削減ですか!?」

「気を付けたまえ。戦地ではない。まあ言葉遊びは置いておくが、君は九州の両師団の内情は知っているかね?」


 西日本へと人々が逃れた際、それらを守りながら西へと移動した東日本各地の自衛隊部隊を中心に新師団が設立され、さらに第4・第8師団、第13・第14旅団でも余剰部隊を受け入れた。

 部隊数の変動に伴い、2旅団を師団へと改編。また各師団の名称も変更される。

 だが東日本から移動してきた部隊は多数の死者や退役者の増加により定員割れの部隊が多かった。そのため岡山第4師団は防衛線維持のため何度となく増員要求を行い、九州の両師団から部隊や隊員の転出が相次ぐ。結果、九州の両師団各隊の充足率は極端に低いものになっていた。


「再編成で2師団を旅団へと改編することになるのだが、さすがに現在の首都を守る部隊が旅団というわけにもいかない。そこで、冒険者のおかげで余裕が出来た第3師団からいくつかの部隊を引き抜き、こちらを旅団へと改編し私が旅団長となることになった。いや、そうなる予定だ」

「なるほど……しかし、その話と神様の話にどういう関係が?」


 今の秋吉の話ではそこが見えてこない。


「これはまだ私案でしかないが、私は自衛隊内にも神霊力を使える者を育てるべきだと考えている」

「神霊力って冒険者と同じような? つまり、そのために――」

「そうだ。神霊力を使うためには神霊術が、つまり神の力が要る」


 その役を日本の神に担ってもらおうというわけだ。

 どう反応した者かと困惑する佐保に、秋吉は苦笑して言う。


「まあ上手くいくかも分からん。それにまだ私が勝手に考えているだけのことだ。人事の件もまだ確定ではないし、政教分離絡みで待ったがかかるかもしれん。頼むから他言は避けてくれたまえ」

「それは、もちろん。――しかし、なぜそんなお考えを?」

「……」


 その問いに秋吉は表情を暗くする。


(あれ? 何か地雷だった?)


 しかし聞いてしまった以上は仕方ない。


「……日本が今の状況になって以来。つまり、西に逃げてからだが、モンスターとの戦闘で命を落としたのは、私の部下だけなのだ」

「あ……」


 中国地方各地に侵入した小型モンスターの排除。

 岡山の吉井川防衛線におけるモンスター群との戦闘。

 どちらも、怪我人こそ出ているが戦闘による死者は出ていない。

 小型モンスターならば一方的に倒すことができ、中型モンスターでも強固な防衛施設で迎え撃てばほぼ安全に撃退出来るためだ。

 それが1年前この駐屯地で起きた事件で初めて戦闘による死者が出てしまう。

 司令であった秋吉の責任こそ追及されはしなかったが、彼自身はずっとそのことが引っかかっていたのだろう。


「もっと自衛隊が神霊力に関心を持ち取り込んでさえいれば、あんなことは起きなかったはずだ」

「司令……」


 悔しげに言う秋吉の気持ちは佐保にはよく分かった。

 死んだ1人は佐保の部下でもあったのだ。


(私は情が薄いな……)


 ふとそんなことを思う。

 時に思い出すことはある。

 この場所で起きた事件が神霊研により仕組まれた可能性を考え、犠牲になった者たちのことを想い義憤にも駆られた。

 しかし、しょせんは過ぎた事だとも思っている。

 より身近だったはずの自分が、もう過去のことと流してしまっているのに――この目の前の司令は未だにそのことを考えていたのだ。

 しかも後ろ向きに囚われていただけではない。何が出来るか、何をすべきかを考えていた。

 立場故の責任というものでもあろうが、彼の人柄であることも間違いない。


 それまで、佐保にとって目の前の人物は単なる元上官でしかなかったが、ここに来て尊敬の念が沸き起こってきた。


「――司令。その場合、やはり冒険者の協力が必要になってくると思います。自衛隊と冒険者とをつなぐのが、冒険者対応室の役割。また、幸いに私には他の自衛官にはない冒険者とのコネもあります。その際は、全力で協力させていただきます」

「……私からそれをお願いしようと思っていたところだ。ありがとう」


 そう言って秋吉は頭を下げた。


「どの道、新たに出現した妖怪のせいで自衛隊も色々と対応を変えなければいけない。冒険者の更なる協力も必要だろう」

「確かに」

「問題は、すべての自衛官がそれを理解していないということだ」




「協力出来ないとはどういうことですかな、フェルナンドさん?」


 物言いこそ穏やかな百瀬であったが、その目は決して笑っていない。

 それに気づかない振りをしつつフェルナンドは答えた。


「協力出来ないとは言っておらぬ。ただ、今回のような協力は無理だと言っておるのだ」

「どうしてですか?」

「今回、わしはお主らに協力して神霊術対応装備の準備を行った」

「ええ」

「目の前に敵が迫っておった上に初めての試みということもあり、わしは相当無理をした。見よ」


 と手を差し出すが、


「……といっても、お主らには見えぬか」

「……」

「あれから2日経ったというのに未だ神霊力は回復しきれていない。このような調子では、お主らの要望には応えきれぬということだ」


 自らの手を握りしめながらそうフェルナンドは言った。

 今回たった9発のミサイルに神霊力を込めるために、丸2日以上の時間がかかっている。その2日間、休憩は取りながらもフェルナンドは付きっ切りで作業に追われた。

 休憩といっても、単純な休みではない。神霊力の回復を高める効果のあるというお香を焚き、或いは微量であるが確実に回復する薬を飲むなどしての休憩だ。

 その香も薬も貴重で高価な物。簡単に用意出来る物ではないフェルナンド秘蔵の品々であった。


 フェルナンドも慈善家ではない。

 この経費は当然自衛隊に請求されることになる。


「割に合わぬじゃろう? 悪いことは言わん。もっと腰を据えて時間をかけて準備することじゃな」


 不満そうな顔を隠そうとしない百瀬に「研究の協力は続けるぞ」と言って、フェルナンドは部屋を後にした。

 フェルナンドが去り1人部屋に残る百瀬はジッと考え込む。


(ここに来て足踏みだと? どれだけこの時を待ち望んでいたのだと思うのだ)


 所詮フェルナンドは他国の人間。日本の事情など関係ないというのだろう。

 が、そこで逆恨みするほど百瀬は愚かではない。

 百瀬の怒りは別のところに向けられていた。


(政府内は今回の新種出現で現状維持の意見が強いという。自衛隊の再編もそのためだ。第3師団内で攻勢計画に反対だった秋吉1佐が昇進するという噂もその一環か……)


 馬鹿げている。ようやく国内が大陸との交流に動きだし、また冒険者の進出で中国地方における自衛隊の負担も減った。その上大型モンスターに対抗する術も見いだせてきたのだ。

 今こそ東日本奪還――いきなり動けというのではない、その準備を政府は自衛隊に命じ必要な予算を与えるべきなのだ。

 百瀬はそう考えていた。


「我々が、日本を取り戻さねばならんのだ」




「料理長、どうしましょうか?」

「そうだな……」


 渡されたメモを見ながら、料理長と呼ばれた男は唸った。

 メモにはいくつもの食材に関する注意書きが記されている。


「肉類は必ず分けて調理し、何の肉か分かるようにしてほしい……問題ないのは鶏くらいか」

「同類食いはゲテモノ扱いになるそうなので」

「まあ俺たちが猿食うようなイメージか。幸い猫や犬は元々食べないので大方は大丈夫だが、牛や豚もダメなのか」

「何人か、牛や豚の獣人の方がおられるそうです」

「せっかく良い肉を手に入れてきたというのに。分けて焼こう。他には……」


 そう呟きながら更にメモを確認する。


「生の魚は止めてくれ、これはまあ良くある話だ。何? 玉ねぎもダメなのか?」

「玉ねぎは、猿の獣人。私たち人間と同じ種以外の方は大抵中毒を起こすと」

「犬猫じゃあるまいし……ああ、いやそうなのか。しかたない、玉ねぎは食材から外すぞ! まったく、マルデーラって奴に試食をしてもらってた時はこんなことは言われてないぞ」

「そのマルデーラさんがおっしゃるには、「常識過ぎて伝え忘れていた」ということです。なんでも、下関の食堂で問題も起きたとか」

「しっかりしてくれよ……取りあえず、料理は予定通りビッフェ形式だ。それと鍋を追加する。刺身は取りやめて鍋にするぞ」


 大分県別府市。

 温泉地として知られる観光地は、転移後も変わらず観光地としてあり続けていた。

 もちろん、転移前より余裕がなくなり移動手段も大幅に制限されているこのご時世、影響は大いに受けている。特に転移後のモンスター侵攻直後辺りは深刻な不景気に見舞われていた。

 しかし、人々がひと段落つくと何とか最悪は脱することが出来る様になる。

 精神的安定のために現実を見ようとしなかった風潮が良い方向に働き、観光地へと人の足を向けさせるようになったのだ。

 とは言え、転移前に比べると経営は苦しい。

 交通の便が比較的良い別府でこの有様だ。山奥にある温泉地や観光地では丸ごとダメになった場所もあるくらいだ。

 そんな中現れたのが冒険者であった。

 庶民が気楽に旅行など出来ない大陸において、自由に旅をする冒険者。それを観光客として呼び込むことが出来れば――

 来日する冒険者の数を考えれば、実際のところは焼け石に水であろう。

 だが、九州・四国各地の観光協会は藁にもすがる気持ちで売り込みをかけた、という経緯があった。


 この別府市内の有名ホテルは、そんな売り込みの恩恵を与ることの出来た幸運な場所であった。

 冒険者ギルド主催の慰労会の会場として選ばれたのだ。

 市内でも外れ、山側の高台にあり気軽に車が使えない現状、市内中心部に近いホテルや旅館に気味であったが、元々は県外にも広く知られた別府最大のホテルである。

 市内を一望出来る露店風呂やレジャー施設。転移前は海外観光客を多数受け入れていたため、外国人観光客の扱いにはノウハウがあるという点を売り込み今回の権利を勝ち取ったのである。

 当然料理に関しても宣伝の謳い文句として売り込んでいる。

 厨房を預かる料理長には経営陣から直々にプレッシャーをかけられることになっていた。



 ホテル内の大広間。

 置かれたテーブルの上には様々な料理が並べられ、皿を手にした冒険者たちがそこに群がっていた。

 料理皿には大陸の主言語であるロデ語で料理名と食材が書かれており、冒険者たちはそれを確認しつつ食べたい料理を皿に盛ると仲間たちと適当なテーブルで、その味に舌鼓を打つ。

 会場の一角には飲み物のコーナーがあり、ビールに大分県特産の焼酎や他県で有名な清酒。県内のブドウ生産地で作られたワインなどが置かれている。

 アルコールが飲めない者の為には、海を挟んだ向かい愛媛のミカンを使ったジュースも置かれていた。


「上手いなこの鍋。香辛料は使っていないのにしっかり味が出ている」

「クスター汚い……汁を飛ばさないで」

「お前も、箸が使えないならそこの匙を使え。さっきからポロポロ米粒がこぼれてるぞ」

「……余計なお世話」


 相方の言葉を無視して、メルヴィ・ヤロネンは慣れない箸を手に焼き飯に挑み続ける。


「っしゃ! 次よ、もう一回飲み比べよ!」

「いやービアンカちゃーん。無理はだめーだよ?」


 隣の席では、ビアンカが別の女冒険者と飲み比べをしている。


「ダメダメ! 勝ち逃げは許さないわ! さあいくわよ!」

「しょがないーね」


 諦めた表情をしながら、ビアンカから差し出されたジョッキを手に取った。

 こうなれば酔い潰してしまおうとの決意を胸に、再びの飲み比べに挑む。



「あいつはいつも騒がしいな」


 ビアンカたちから離れたテーブルで食事を取っていたコジモは呆れたように言った。

 先日のギルドの酒場でもそうだったが、ビアンカの声がよく聞こえる。

 他の冒険者たちも大なり小なり騒いでいるのだが、彼女のそれが飛びぬけていた。


「なんでもお目当ての品が手に入らなくて、先日からずっとあの調子らしいよ」

「相手をせにゃならんジャックとエヴァルドはご愁傷様だな」

「もう放置しているみたいですけどね」


 隣で焼きそばを食べながら様子を見ていたジャンも、先輩冒険者の姿に飽きれた顔でそう指摘する。


「リーダー、肉取ってきまっしたー!」

「おう、ご苦労。って、随分取って来たな」

「食べ放題だから、あっという間に取られるんっすよ」

「ねえねえ見てよこのケーキ! 初めて見たわこんなの」

「日本のワインもなかなかいけますわ~」


 ラファエル、ジゼル、ミシェル。3人も思い思いに気に入った料理を取りこの慰労会を楽しんでいた。


 先日の大規模クエストにおける特別報奨の一環としてギルドによって主催されたのが、この2泊3日の慰労会であった。

 日本で観光地として知られる別府温泉に、ギルドの負担で骨休みしようという企画だ。

 参加資格は先日のクエストに参加した冒険者とそのパーティーメンバー。

 参加が約20人。制限により参加出来なかった者を合わせても40人にはいかないはずであった。

 しかしどういうわけか、この会場には50人以上の冒険者がいる。

 どうやらパーティーメンバーでなかった冒険者が、既知の冒険者のパーティーメンバーだとして参加してしまっているようだ。

 ギルド側でも把握は出来るが、敢えて指摘排除はしなかった。

 今回の慰労会は冒険者の不満に対してのガス抜きの側面がある。下手にへそを曲げられてもこまるからだ。

 また日本の観光協会からの売り込み攻勢にたいして、実際に冒険者に観光地を紹介するという側面もある。参加者は多いに越したことはなかった。


「せっかく金を気にしなくて楽しめるんだ。こっから2日間は羽目を外して遊ぶとしようかね」

「弁えるところは弁えてくれよね。日本の衛兵は厳しいらしいよ?」

「この間マックスが捕まったらしいな。まあその辺りは気を付けるさ」


 ラファエルの持ってきた肉を摘まみながらコジモがそう言うと、カレルは「酔っても覚えてれば良いのだけど」と苦笑した。


「ところでリーダー。この後のことなのですけど」

「どうしたジャン? 今日は飯が済んだら温泉で――」

「いえ、そうじゃなくて。今後のことです」

「今後?」

「はい。実は――」


 怪訝そうな顔をするコジモにジャンが説明を始めた。

 コジモとカレルがクエストに行っている間に、ジャンたち4人にギルドから連絡があったという。

 この日本での活動実績を踏まえて、クエスト制限の解除が認められたというのだ。


「それはおめでとう。良かったじゃないか」

「おめでとう、皆」

「ありがとうございます」


 今までジャンたちが日本で色々なクエストを受けることが出来たのは、ベテランでありクエスト制限がほぼ全て解除されているコジモとカレルのパーティーメンバーであったからだ。

 ジャンたち4人だけではこの数か月日本での貴重な経験を得ることは出来ず、またこうも早く解除を受けることもできなかったであろう。

 その点、4人はこの先輩2人と彼らを紹介してくれたタンゲラン支部のロベルトに深く感謝していた。


「それで、話し合ったんですが一度タンゲランに戻ろうということになりました」

「そうか……」

「うん。私もそれが良いと思う。君たちは、まだどこかに本拠地を決めて活動する前に色々と見て回るべきだ。制限解除を受けたのならぜひ受けておくべきクエストもあるし」

「それにな。いつまでも俺たちにおんぶに抱っこというわけにもいかんだろう」

「……そうですね」


 突き放したようなコジモの言いぐさだが、ジャンには反論できない。

 事実彼らの助けあっての解除だからだ。

 だが、それだからこそ、ここで別れるべきだとジャンは考えている。


「で、いつ戻るんだ?」

「次の定期便で帰るつもりです。この慰労会の2日後、タンゲラン行きの船が博多から出ますので。既に手続きは済ませています……相談もなく、すいません」

「気にするな。手回しが良いことは悪いことじゃない」

「またジャンがリーダーになるのだろ? だったらそれぐらいしっかりしていないと」

「あ、ありがとうございます」


 勝手な行動を責めるでもなく、そう言ってくれる2人にジャンは思わず目頭が熱くなり言葉が震える。


「ありがとうね、コジモにカレル」

「お2人には色々お世話になりました~」

「リーダー! カレルさん! ありがとうございました!」


 いつの間にか飲み食いを止め、他の3人もそう言いながら頭を下げる。

 

「よせやい。こういうのは慣れねーんだ。恥ずかしくってたまらねえ」


 周囲にはコジモと親しい冒険者も大勢いる。

 彼らの生暖かい視線を感じながらコジモはそう言った。きっとしばらくはこの件で冷やかされるだろうと思いながら。


「出会いと別れは冒険者につきものだ。また、組めることを願っているよ」

「はい。今度は、お2人から組んでくれと頼まれるようになって出会いたいと思います」

「はっははははは! そうだ。そのくらい言えれば十分だ」


 そう言ってコジモは酒のつがれた杯を手にする。


「それじゃ思いっきり飲んで後腐れなく解散しようや!」

「分かりました!」

「おー!」

「賛成っす!」

「お前らの前途を祈って!」


 そう言いながら各々杯を手に再度の乾杯を行う。

 気が付くと知り合いの冒険者まで集まり杯を掲げているが、誰も気になどしていない。

 「頑張れよ若造!」などと囃し立てられながら、6人は最後の酒盛りを楽しんだ。



 こうして、1組の冒険者が日本を後にすることとなる。

 だが、冒険者にとって日本はまだ門が開かれたばかりの地だ。

 多くの冒険者がこれからもこの地を訪れるだろう。

 未だ踏み入ることの許されていない地もある。当分ここに冒険者が絶えることはないはずだ。


 冒険者日本へゆく。


 冒険を求め。刺激を求め。富を求め。敵を求め。まだ見ぬ何かを求め。

 冒険者は日本へゆく。







「し、失礼します! 大変です!!」


 そう言って飛び込んできたのは、このホテルの従業員だった。


「さきほどニュースで、この近くの山でモンスターが出没したとの報道が!」



 そして日本もまた、冒険者を必要としていた。


本編第2章はこれにて完です。

この後閑話を挟み第3章に入ります。

閑話は、クロスメモリーを多少駆け足でも大方終わらせたいなと思っています。

後は大陸や日本の情勢などを少しでも触れることができれば。

こちらは書けるか分かりません。


第3章は再び主人公を1人据えていよいよ東日本編に入ろうと思っています。

5月中には開始したいですが閑話との兼ね合い次第になります。

今後もよろしくお願いします。


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