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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第2章 冒険者ギルド開設編
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第50話 大規模クエスト『八岐大蛇討伐』3

「しっかりしてください! 大丈夫ですか!」

「うっ……くっ……ここは……!?」


 何者かの呼びかけを受けカレルは小さく呻くと意識を取り戻した。

 モンスターの攻撃を受けて気を失ったのだなと自己分析しつつ周囲を確認する。

 被っていたはずの兜は外され、自分の隣にしゃがむ日本の軍人の隣に置いてあった。


(確か……あの鬼とかいうモンスターの拳をまともに受けたと思うけど)


 そう思い、不思議そうに自分の顔や体――鎧を着こんでいるので直接ではないが――を触る。

 カレルの装備するプレートアーマーは、強固な防御力を持つが衝撃という物をそのまま伝えてしまう。

 人間同士の戦いでさえ、全身鎧を着こんだ者が重い戦鎚の一撃を受けその衝撃だけで死ぬこともある。

 それがモンスター、しかも人以上の腕力を持つ者の一撃を受け無事だったことは僥倖と言うほかない。


「とっさに横に跳ばれていましたから、衝撃がある程度逃げたんでしょう」


 カレルの様子に何を考えているか察したのだろう。介抱してくれていた男がそう言って、何故カレルが無事だったかを説明してくれる。

 言われてみればとっさにそんな行動を取ったかもしれないと思いつつ、口を開いた。


「戦況は……あの鬼はどうなりましたか?」

「現在、隊員が協力してコジモ氏と抑えています」


 そう言って指さす方向。少し離れた場所で、同行していた日本の者と協力して鬼と戦っているコジモの姿があった。

 協力とはいっても、敵と白兵戦を行っているところに無暗に銃を使うわけにはいかない。

 小銃に銃剣を装着し、鬼の注意がコジモにだけ集中しないよう周囲から攻撃。そしてコジモの動きを確認しつつ時に銃撃が行われる。

 神霊力のないそれらではダメージを殆ど与えることはできないが、鬼の注意をそらすにはそれで十分なようだ。

 おかげでコジモはだいぶん楽に鬼と戦えている。


「中型モンスターとの戦闘は初めてですが、冒険者は凄いですね。銃では殆ど傷つけられないのに……」


 それに比べ、神霊力を纏った冒険者コジモの攻撃は鬼の体に確実に傷を負わせダメージを与えていた。


「しかしこの程度ですよ。私たち程度では、相手が中型だと大した傷は与えられません。冒険者の中でももっと優れた人ならば、1人であの程度の相手を倒せますが」

「冗談みたいな話ですね――」


 他の援護を受けようやく鬼と渡り合っているコジモを見ると、あれに1人で勝てる冒険者がいるとはにわかには想像し難い。

 しかし目の前の冒険者がこの場で嘘や冗談を言うとも思えず、納得しがたいながらもそうなのであろうと考えるしかなかった。


「他の場所にいる冒険者の中には何人かそんな人物がいますよ」


 このクエストに参加した有名冒険者の顔を思い出しつつカレルは言った。

 現在日本は大陸全土の冒険者たちにとって大変興味がそそられる地だ。多くの冒険者が来日を望み、そして実際に来日している。そこに駆け出しもベテランも差はない。

 とは言え、日本に来ることの出来る駆け出しは、そのほとんどが東部の冒険者だ。

 大陸のそれ以外の地域の冒険者が東部まで来るには、相応の資金と危険な道のりを超える実力が必要になる。

 結果、今日本に来ている東部以外の冒険者は中堅以上の実力者ばかりであり、その中に今回参加しているようなトップレベルの者もいたのだ。

 この辺り、日本としては幸運だったといえる。


「それで、あのヒド――オロチの方はどうなっていますか?」

「それが……」


 カレルの言葉に男の表情が曇る。

 それだけで、どうやら順調にはいってないことが分かった。


「迫撃砲の残弾が尽きました。現在補給を要請中です」

「――効かなかったのですか?」

「違います」


 怪訝そうに尋ねるカレルの問いはきっぱり否定される。


「砲撃は確実に効果がありました。奴の頭を吹き飛ばし、その体にいくつもの傷を負わせたのですが、しかし……すぐに傷が再生してしまうのです!」

「……確かにヒドラ種族は高い再生力を持っていますが」


 直接対象が見えないので何とも言いきれないが、と前置きした上でカレルは話を続ける。

 いくら強力な再生力があっても、頭を吹き飛ばされてその場で再生するなど考えられないと。


「可能性としては、神霊術でしょう」

「神霊術というのは……その、神様の力なのでしょう? なぜモンスターが使えるのですか」


 神霊力・神霊術に関する情報が広がるにつれ、自衛隊員の中で広まりつつある疑問だった。

 モンスターが神霊力を持つのは分かる。神霊力はあくまで生物が持つ力だからだ。

 生物によって最初からそれを操れる存在とそうでない存在があるだけだ。

 だが神霊術はどうだ。

 こちらは神と呼ばれる存在の力を再現しているものだという。ならば、モンスターがそれを使うということは、モンスターも何らかの神を信仰しているというのか。それとも別の何か理由があるのか――今の状況も忘れ、思わずその疑問をぶつけてしまう。


「さあ? 知りませんが」


 返ってきたのはそんな言葉だった。


「……」


 失望したような目を向けられカレルは心外に思う。

 今受けた質問は、「鳥はなぜ飛ぶのですか?」「魚はなぜ水に棲むのですか?」と言う質問と同じような物だ。

 学者ならばもっともらしい理由を出してくるだろうが、単なる冒険者でしかないカレルにどんな答えが返せると言うのか。


(まあ別に)


 失望したければ勝手にしていればいい。自分たちがすべきことは1つだけだ。そう考え、未だ続いているであろう山向こうへと目を向ける。


「無事クエストが達成されるかどうか……後は人任せとは情けないですね」




 大上段に構え振り下ろされたバルディッシュが、子どもの背丈ほどもあるヤマタノオロチの首深々と食い込む。

 並みのモンスターを一刀で断ち切る一撃だったが、強力な神霊力で保護されたヤマタノオロチの首を断ち切るまでにはいかない。


「メルヴィー!」


 刃の食い込んだ首からの返り血を全身で浴びながら、クスター・マッティが叫ぶ。

 相棒の呼び掛けに阿吽の呼吸で意図を察したメルヴィ・ヤロネンは、双剣を手にしたままその場に駆けつけると高く跳びあがり、勢いをつけたままクスターの手にするバルディッシュの柄に蹴りつけるように飛び降りた。

 メルヴィの体重、装備の重量、それらを跳躍の勢いと共に叩きつけ遂にバルディッシュの刃は8つの首の1つを断ち切った。


「はぁ……はぁ……」


 荒く息しながら断ち切った首を睨みつけるクスターに、駆け寄ったメルヴィが口を開いた。


「そろそろ時間」

「そうだな」


 その言葉に、クスターは腰に下げた袋から取り出した丸薬を口にする。


「お前は防毒薬、後いくつある?」

「残り2つ……」

「ちっ、俺は――」


 そう言いながら手にした袋を逆さまにして振り、中身が無いことを確認するとそのまま投げ捨てる。


「ヒドラと聞いていたので用意していたのは正解だったが、このままじゃもたないぞ!」


 口にした丸薬をかみ砕きながらそう叫ぶ。

 今口にした丸薬は防毒薬と呼ばれる物だ。一定時間だが体が毒を受け付けなくなる。

 ヒドラ種といえば、毒を持つことで有名なモンスターであり、この戦闘で毒を受けることを想定し持参していたのだ。

 実は毒だけでなく薬も効かなくなるのだが、毒を受けなければ毒消しを使う必要もない。そもそもヒドラの毒は強力で毒消しの効果が間に合わないことや効かないことも多い。

 この戦いに参加している冒険者は全員その程度は知識としてもっており、それぞれが防毒薬を持参しているはずだ。

 が、分けてもらうわけにもいかない。

 クスターたち以外の冒険者たちも、今他の首を相手に白兵戦を挑んでいるところなのだ。


 自衛隊による攻撃では倒せないと判断した冒険者たちと自衛隊の現場指揮官は、方針を変え冒険者による白兵戦を決行した。

 迫撃砲の弾が尽きたため、その補充までの時間を稼ぐという側面もあったが、それだけならばまだ残る無反動砲や携帯対戦車弾でも良いだろう。

 だが、吹き飛ばすその端から再生するヤマタノオロチに対してこのままでは埒が明かないと考え戦い方を変えたのだ。


 冒険者たちの攻撃が、自衛隊の砲撃より優れているわけではない。

 少なくとも神霊力の護りを無視して攻撃出来る相手ならば自衛隊の攻撃の方が強力であり、安全である。

 それでも尚、こうして冒険者に危険な目に遭わせてまで白兵戦を挑むのは、1人の神官の意見によるものであった。



「あの再生力は、ヒドラ本来の物ではなくあの個体の使う神霊術によるものだと思います」


 大陸を流れるブネー河の神の神官であるエヴァルドは言った。


「通常のヒドラも確かに再生力は高いですが、その場で首が生えるほどの再生力はありません。あれは神霊術によって再生、或いは復元しているのでしょう」

「それで、その再生が神霊力だとしてどうだというのですか!?」


 元々の力だろうが神霊術だろうが、一体その違いに意味があるのかと苛立たしげに、このヤマタノオロチ攻撃部隊の現場指揮官である小隊長の2等陸尉は言った。

 作戦が上手くいかず苛立っているためだ。

 元々、中国地方西部で活動する第3師団の相手は小型モンスターばかりであった。大型モンスターはおろか中型モンスターとすら交戦経験のない自衛隊員は多い。

 この2尉もまたそうした1人である。

 初めての中型モンスター戦――実質的には大型モンスター戦だけに、作戦通りに事が運ばないことは覚悟していたが、実際にそうなっては苛立つのも無理はなかった。


「大違いです」


 苛立っているといっても、まだまだ礼儀正しい部類だとエヴァルドは気に留めず話しを続ける。


「これが神霊術ならば、神霊力さえ尽きれば再生もできなくなります」

「……つまり、このまま攻撃をし続ければやがて再生は出来なるくなるということか」


 その言葉に苛立ちを抑えそう返す。


「はい。間違いなく」

「だがその為には後何回攻撃すればいい?」


 自衛隊の持つ砲弾も数に限りがある。

 ここにある物という意味もあるが、小銃の弾薬に比べそれ以外の砲弾の生産は抑えられているのだ。

 第3師団全体でみてもそれほど余裕はない。

 そもそも、簡単にここへ補給できるものでもないだろう。

 比較的整備された道で運ばれた迫撃砲隊への補給ならまだしもここは山の中なのだから。


「いえ、あなた達の攻撃は控えてください。ここからは僕たちがやります」

「なにっ!」

「僕たちの方が効果的にやれます」

「しかしだな……」

「あの――」


 渋る2尉に横から声をかけた隊員がいた。

 誰だ、とそちらを向き相手を確認すると2尉は複雑な表情を浮かべる。


「佐保2曹、君か」


 現在この作戦に参加している自衛官の中で、佐保は特殊な立ち位置であった。

 彼の部下ではないどころか、第3師団所属ですらない。防衛省統合幕僚監部情報本部冒険者対応室という海の物とも山の物ともつかぬ特殊な新設部署に所属する下士官という訳の分からない立場だ。

 幹部教育も専門教育も受けていない一下士官がそんな部署にいることも、デスクワークを行う部署に所属しているはずがこうやって作戦に参加していることもおかしな話である。

 佐保としても参加する気はなかったが、「冒険者との初の共同作戦である以上冒険者対応室も人を出さねばならない」との意見が上がり、いつも通り一番下っ端の佐保にその役目が押し付けられたのだった。


「えっと、下関での事件を思い出してください」


 嫌々だとは言え参加した以上は仕事をしなければいけない。

 そしてここでの冒険者対応室の仕事とは、自衛隊と冒険者との調整である。


「あの時起きたファントム化現象は、神霊力を伴わない攻撃によりゴブリンを大量に倒したために発生しました」

「むっ……」


 2尉らの所属するのは第18普通科連隊。彼もまた下関事件の当事者の1人である。

 あの事件は思い出して楽しい記憶ではない。


「その時、フリ……あ~冒険者に直接聞いたのですが、神霊力は同じ神霊力をぶつけて削れるそうです。単に砲撃で再生を誘うよりも、神霊力を纏った攻撃で直接削る方が効率的だと考えます」

「そういうことか……」

「もちろん、砲撃を合わせてダメージを与えることでより効果的に神霊力の消費を誘える――と思います」


 余り冒険者の方に肩入れしていると思われても嫌だな、との保身から佐保はそう付け加えた。

 が、冒険者だけに事を押し付けることに抵抗があった2尉にはそれが効果的だったようだ。


「分かった。では、冒険者の方々に前線を任せ我々は後方からの援護射撃に徹しよう。どのみち我々では砲以外で奴に傷つける装備はない」


 この2尉の決断により、自衛隊の露払い役だった冒険者たちは華々しく戦闘の檜舞台に躍り出たのであった。




「ぐああああああああ!!」


 ヤマタノオロチを取り囲む冒険者たちの耳に断末魔の叫びが届く。

 長時間の戦闘で疲労が蓄積しだした冒険者の中で、遂に犠牲者が出た瞬間だった。


「くそ! クレントがやられた!」

「気を付けろ、こいつ高温の毒息を吐くぞ! 防毒薬の意味がない!!」

「もう防毒薬も予備がないわよ!」

「こっちにまだ余裕がある。ここにこい!」

「どうやってさ!」

「また首が再生し始めたぞ!!」


 取り囲む冒険者たちは大声で声を掛け合いながら、果敢に挑み続ける。

 1人やられたとは言え、最前線で戦い続ける彼らに絶望感はない。

 このクエストに参加した冒険者はベテラン揃い。大陸でもトップクラスの冒険者も混じっているのだ。

 その中には大型モンスターとの戦闘経験のある者もいる。それに比べればこの相手は手ごわい敵ではなかった。

 相手の吐く毒息にさえ気を付ければ、特殊攻撃はない。巨大モンスターの持つそれ自体の破壊力は当たり前の前提だ。

 防御力も高いとは言えず十分に通用するレベル。

 特異種とはいっても、しょせん中型モンスターであるヒドラ種。

 だというのに――


「今、ジャック!」

「ふん!」


 軽快な動きで襲い掛かる首を翻弄していたビアンカの合図に、伸びきった首へと仲間のジャックが斧を振りおろし深々と切り込む。


「ぬおおおお!」


 一撃で断ち切れぬならと、唸り声と共に何度も刃を叩きつけその首を切り落とした。


「これで5本目。どう?」


 再び胴体へとくっつこうと蠢く首を見ながらビアンカはエヴァルドに問いかける。


「どうって……ビアンカにも分かるだろ?」

「まあね。違う意見が聞けないかと思っただけよ」


 そう言いながら疲れた目でヤマタノオロチを見る。

 神霊力というものが分かる彼女たちにはハッキリと見えていた。このヒドラの宿す神霊力の膨大さが。

 さすがに減ってはいるが、あれだけの再生の神霊術を使い、これだけ冒険者に神霊力を削られているというのに尽きる気配はない。


「しくじったね。ギルドは中型モンスターの特異種ということで、大型モンスターを想定していたけど」

「どこぞの伝説級のモンスターじゃないの。こっちの方が先に神霊力が尽きるわ」


 大型モンスターの中でも伝説級と俗に呼称される強力な個体。

 決して倒せない相手ではないだろう。だがそれに挑むには相応の準備がいる。

 今ここにいる冒険者たちにはその準備も心構えもないまま戦いに挑んでしまった。

 その上、相手の強さ自体は元のヒドラ程度でしかないため、見誤ったのだ。

 ようやく気づいた冒険者たちを覆っているのは絶望感ではなく果てしない疲労感であった。


「もっと戦える冒険者の数があれば倒せるだろうけど、これじゃ無理だね」

「今の内に気づけて良かったわ。これ以上――」

「ビアンカ後ろ!」


 エヴァルドの叫び。

 思わず後ろを振り返りながら、


(違う! 避けるべきだった!)


 そう思考するビアンカの視界の端に大きく口を開けたヤマタノオロチの首が映り、


「きゃっ!」


 次の瞬間それが吹き飛ぶ。


「大丈夫か!」


 声の方をエヴェルドが振り向けば、武器を構えた自衛隊員がそう呼びかけていた。

 彼の撃った携帯対戦車弾の一撃が間に合ったのだ。


「大丈夫でーす! 本当に大丈夫かい、ビアンカ?」

「うー……何言っているの? 耳がキーンって」

「良かった。無事だね」


 思わず尻もちをついたビアンカを、黙ったままジャックが起こす様を見つつ安堵の溜息をつく。


「確かにこれ以上は拙いね。疲労が蓄積していけば、失敗も犯す。今の内に引いた方がいいかも……」



『ほう。異国の神官とやらは随分と腑抜けたことを申すものじゃのう』

「!?」


 背筋に冷たい物が走った。

 大きな声ではないがハッキリと耳に届く声だった。

 ビアンカやジャックにも聞こえたらしい。しかし、誰だという不思議そうな表情こそ浮かべているがそれだけだ。

 エヴァルドのような驚きの色はない。

 周囲を見れば他の者にも聞こえていたようで、首と戦いあっている者を除けば冒険者も自衛隊員も皆が声の主を探している。


「誰だ!?」


 誰かが発した誰何に、


「ここじゃ」


 艶やかな声色が返えされる。

 声の主は、少し離れたところにある岩の上に、1人の男を従え立っていた。




 同時刻。備前市大内。


「……やったか?」


 9発の神霊術処理済の物を含むミサイル攻撃と、再びの集中攻撃による爆煙に包まれたベヒモスに対して、戦車部隊を指揮する1佐はそう呟いた。

 これが通用しなければ現時点でベヒモスを討ち取るだけの火力はない。

 岡山市には避難指示がだされ、西日本を鎮守し続けた吉井川防衛線は崩壊するだろう。

 彼だけでなく、この場にいるすべての隊員が祈るような気持ちで煙が晴れるのを待っている。


 その煙が晴れるよりも早く――


「うお!?」


 地響きが隊員たちを襲った。

 凄まじい地響きは、ベヒモスの単なる歩行とは隔絶した揺れであった。


「こ、これは……」


 思わず喜色を浮かべることを堪えきれないまま双眼鏡に目を当てる。

 徐々に晴れて行く煙。その中にあったのは、頭部を含む各所を大きく抉られたまま大地に横倒しとなったベヒモスの姿であった。



「成功です! 攻撃を受けベヒモスは横転。現在死亡確認のために1個小隊直接ベヒモスに向かっています」


 遠距離からの目測では、死亡で間違いないかと、と付け加えられた時、司令部では軽い歓声があがった。

 さすがにこの場で大声ではしゃぐ人間はいない。


「陸将、やりましたな!」

「これで目途が立ちます」

「いよいよですな!」


 口々に喜びの声を上げる将校たちを見ながら、第4師団長百瀬陸将は大きく頷いた。


「うむ。我々の手で、奪われた日本を取り戻すのだ」




 戦場には奇妙な空気が流れていた。

 おおよそこの場には似つかわしくない、煌びやかな装飾を付けた絹の服を纏った女性がその原因である。

 大半の冒険者たちは何者だという風に怪訝な顔をし、自衛隊員らの大半は驚きの顔をしている。

 冒険者の中でも一部の者は自衛隊員らに近い顔――驚愕の表情を浮かべていた。

 それはエヴァルドたち神官でもある冒険者だった。


 それに気を引かれたのは彼らだけではなかった。

 ヤマタノオロチもまたその姿に気づくと、傷付いた3つの首を再生しつつ無事な5つの首でその姿を見た。


「おうおう、何とも哀れな様じゃのう」


 蛇と同じくまぶたの無い独特の目に見据えられながら、彼女はそう言った。

 その言葉を理解したわけではないだろうが、ヤマタノオロチは5つの首の内3つを低いうなり声を上げつつ伸ばす。


「不埒ものが――」


 そう言ったのは、女性の隣に侍る男だった。

 冒険者たちが初めて目にする黒い不思議な装束のその男は、サッと右上を天へかざすと、


「推参なり!」


 腕を振り下ろす。

 その動きに合わせるかの様に、青白い雷が伸びる3つの頭へと叩きつけられた。


「うあっ」

「今のは、くっ!」


 凄まじい音と光に近かった冒険者の何人かが一時的に目と耳をやられる。

 距離のあった者たちや自衛隊員たちの目には、今の雷を受け一瞬で丸焦げとなったヤマタノオロチの首が映る。


「ご苦労じゃ道真。後はわたくしが」

「はっ。しかし……」

「あやつは1人で討ち取ったのじゃろう? ならばその程度出来ぬでどうする。それに、力も試してみたいからのう」


 そう言われては引き下がるしかない。


「――大御心のままに」


 そう言いながら後ろへと下がる道真だったが、主の意識は既に彼に向いてはいなかった。


「本当に哀れじゃのう。ヒドラなどというこの地の型に嵌ってしまったが故に、十全に力を振るえなんだか」


 哀れ哀れと口にするが、その口調にそんな気配は微塵もなくどこかあざけるような雰囲気すらある。

 すっと細く白い手を前へとかざすと未だヤマタノオロチの周りに散開する冒険者たちへと口を開いた。


『そなたら、早う去ね。初めて故、加減が出来ぬ。巻き込まぬ保証は出来ぬぞ』


 大きな声ではないが、全員に聞こえる不思議な声に慌てて冒険者たちはその場を離れる。

 彼らも目の前の者が何であるか気づいたのだ。

 逃げる様にその場を離れる人間たちをヤマタノオロチは追おうとはしなかった。

 そんな相手より、目の前の女1人の方が危険であると認識出来たからだ。


「さて……まずはこれでどうじゃ」


 そう言いながら切れ長の目を更に細めかざした手に力を込める。

 周囲の自衛隊員には分からなかったが、冒険者の目には彼女の手から神霊力が特殊な力となって放たれるのが見えた。

 次の瞬間、一瞬だけヤマタノオロチの前身が赤い光に覆われた。

 しかし、少しだけ唸っただけでヤマタノオロチに変化はない。


「今のは?」

「たぶん、強力な熱でヒドラを包んだのだと思う。僕の系統の神霊術じゃないから確証はないけど」

「へー。こっちには全く熱が伝わってないのは、さすが……でも」


「ほう。ヒドラとやらは熱に強いと聞いておったが効かぬか」


 自分の力が通用しなかったというのに、どこか嬉しそうに言いながら今度は両手をかざす。

 そんな彼女に対し、ヤマタノオロチはジッと睨みつけたまま動こうとせず首や体の傷の再生を行っている。

 まずは万全の状態に、ということだろうか。


「この身は陽の化身。天あまねく照らしめすその力、篤と味合うがよい!」


 それまでになく、大きな声でそう宣言すると共に、音もなく光がヤマタノオロチを包み込んだ。


「す、すごい……」

「ヒドラの神霊力がどんどん――あ、消えた!」

「なんだこれは!?」


 周囲の冒険者が口々に騒ぎ始める。


「これは、一体……」


 いつの間にか山から下りてきていた自衛隊員たちもこの不思議な光を見つめていた。


『気を付けられよ』


 そんな彼らに、男の声が届く。


「!? て、天神様!?」

『主上は太陽の化身。その力は太陽の力の顕現。巻き込まれれば一瞬で焼き尽くされるぞ』

「太陽って……核融合!?」


 思わず驚きの声を上げたのは佐保であった。

 その言葉に他の自衛隊員たちが後ずさる。彼らの脳裏には今、中性子だとかγ線だとかいった単語が駆け巡っている。

 彼らの心配がどのあたりにあるか察したのだろう。道真は諭すように、


『その光に触れなければ問題ない。見ておるがよかろう』


 と言い、今度は自らの主へと声をかける。


「主上。大丈夫ですか。初めての力の行使、無理は」

「黙りゃ。この程度なんのことがあろう。ほれ、終いじゃ」


 心配する臣下を余所に、不敵な笑みを浮かべていた女はそういって手を降ろす。

 手を降ろしてなお、光は消えることなくそこに在ったがやがて徐々に力を失い1分と経たない内に消え去ってしまう。


「……」

「……すごい」


 光が消えた時、そこにヤマタノオロチの姿はなかった。

 茫然とその跡を見つめる人間たちの姿に、満足そうな笑みを浮かべ女が口を開く。


「ほほほほ、みな声も出せぬようじゃのう」

「主上。結果として仕事を奪ってしまったのです。あまり誇られますな」

「何を申すか。わたくしが出てこねば倒せなんだであろう。それに、政府や、秋吉とか申す者からもよくよく頼まれたではないか」

「いかさま。されど、ここにいる半分の者は本朝とは関係のない異国の者。彼の者たちに我らの事情は関係ございませぬ」

「ふむ……」


 その言葉に少しだけ考え込み、うむと納得した顔になる。


『そなたら、此度の働きご苦労であった。この国の主として、よくよく礼を申すぞ』


 女の言葉に反応したのは、冒険者ではなく自衛隊員たちであった。

 皆なんとも言えない表情を浮かべ、声の主を見ている。


「おい、どうするんだこれ」

「連隊長は知ってるのか?」

「というか、政府が許可しなきゃここまでこれないだろ」

「拙いんじゃないのか」


 口々にそんなことを言い合っている。

 そんな自衛官を余所に、1人の冒険者が女に対して声をかけた。


「ねえ、あんたこの国の神様の1柱だよね?」


 ビアンカだった。神様、と呼びかけるその姿に物怖じした様子はない。

 不機嫌そうな表情でそう言ってくる人間に、神様と呼ばれた女は不思議そうな顔で答えた。


「そうじゃ。わたくしこそ、この国の総ての神――」

「どうしてくれんのよ!」

「ん?」

「助けてくれたことは感謝するわ。でもさ、私らの報酬まで燃やし尽くした責任はどうとってくれんのよ!」

「――――はぁ?」


 その美しい顔に似合わぬ間抜けた声が思わず漏れた。




 日本の異世界転移より11年。

 中国地方の2か所で起きた、対大型モンスター戦はこうして幕を閉じた。


冒険者にしてみれば、ここで勝てなきゃ一回引いて準備しなおせば良いという考えです。

準備さえすれば神霊力だけを削る手段は用意できます。


次回第2章エピローグ。

ようやく戦闘終わり。どうも戦闘が書けずに時間だけがかかりました。

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