第38話 変わるモノ変わらぬモノ クエスト『男爵の求める華』4
『ですから、今の大陸の生産力では到底日本が必要とするレベルには満たないんです。日本が生産の現場から乗り込み技術支援をしないことには、いくら貿易量を増やしても――』
『しかしそれでは帝国主義時代と同じことを繰り返す可能性が高いではありませんか?』
『誰も搾取しろだなどと言ってはいないだろうが!』
『まあまあ。しかし、現在の大陸情勢では安定した供給がそもそも見込めないと私は考えるのですが』
『私はね、日本は積極的に大陸の情勢に関わるべきだと思うんです。日本が主導して大陸情勢の安定を』
『今の状況を理解していてどうしてそんなことが言えますかねぇ』
「……まだ生きてたんだこの評論家たち」
数年ぶりに観るテレビ画面には、転移前からテレビ出演をしていた知識人や学者が相も変わらず自分の主張をぶつけ合っている。
実家に戻ると真っ先に用意されていた風呂を使った観鈴は、この時間帯からはテレビ放送があると聞き久々に視聴してみた。
日本を出た6年前から変わらぬテレビに懐かしさを覚えつつ、めっきり数の減った番組を切り替えていたのだが、以前なら見ようとも思わなかった討論番組で手を止める。
番組は「これからの日本」と題し、様々な分野の人物を招き今後の日本がどうするべきかという内容の討論番組であった。
今の知識人同士のやり取りは、貿易に関する話から派生したものであり、その他にも外交や民間支援、軍事、冒険者の扱いなど様々な分野の話題があった。
(随分変わったわね……)
番組を見ながら観鈴はそんな感想を抱いた。
6年前はこういう大陸の話題はあまり触れようとしない雰囲気があったからだ。それだけに、大陸へ渡る観鈴たちが参加した事業は大きく取り上げられたのだが、その後の失敗によりその反動的にますます触れなくなったのだ。
少なくとも、観鈴が伝え聞いた日本の現状はそうである。
(タカさんの言った通りね。日本も変わってきたのか)
大陸出発前、タンゲランの港街でクロードを紹介してきた鍛冶屋の高尾の話を思い出す。
彼の話では、最近になって日本の状況が変わってきたということであった。
引きこもる日本の現状に嫌気を感じ大陸に渡っていた高尾は、この機会に観鈴に日本の様子を見てきてくれと頼みたくて、クロードを紹介したのだという。
もっとも、それは口実であると観鈴は気づいていた。
(知り合いの多いタカさんがわざわざ私に頼む理由はないわよね……まったく、余計なお節介)
観鈴の事情を知る高尾が、観鈴が日本へと戻るきっかけになればと思って今回の行動に出たのは想像に難くない。
観鈴にとっては本当に余計なお世話でしかないのだが。
『おお。よか飲みっぷりやね。なら、これはどうや?』
「……」
『よかよか! やっぱ男は酒が飲めんといかん。おい、はよ肴ばもってこんか』
『はいはい』
隣の部屋からは、やけに上機嫌な観鈴の叔父の声が聞こえる。
きっと自慢の酒や焼酎をクロードに次々と進めているのだろう。
こうなることが予想出来ていた観鈴は、叔父にクロードを押し付けこっそり隣の部屋に避難しておいたのだ。
叔父は、持て成し=自慢の酒を勧めることという思考回路の持ち主だ。昔と違い下戸が飲めないとキッパリ主張することも多くなった今では避けられることも多いが、クロードなら酒も飲めるらしいので大丈夫だろうと任せてしまったのである。
観鈴も酒は飲めるが叔父のペースには付いていけない。
叔母から受け取ったチューハイをゆっくり自分のペースで飲むくらいである。
『ごめんね観鈴ちゃん。うちの子が皆家ば出とーけん、うちの人が同僚さんに迷惑ばかけて』
叔父たちに酒の肴を出してきた叔母が、観鈴のところにもつまみを持ってきてくれた。
口では謝りながらも、その表情は自らの夫に対する呆れ顔の色の方が強い。
『いいですよ叔母さん。それより、隆樹たちはどこに居るんです?』
話に出た叔母夫婦の子ども。つまり観鈴の従兄弟の消息を尋ねる。
観鈴の1つ年上の男と、3つ年下の女の2人兄弟が叔母夫婦の子どもだ。
『隆樹は仕事で熊本。晃子は結婚して大牟田に住んどーとよ』
『え? 晃子ちゃん結婚したんですか!?』
『去年ね。この間妊娠したって連絡あったけんね、年末には初孫が生れるとよ』
私もおばーちゃんやね――そう笑って言う叔母に観鈴は何ともいえない気分になった。
最後にその年下の従妹と会った時、彼女はまだ17歳の高校生。それが今では結婚し、もうすぐ母親になるという。
1つ年上の従兄にしてもその時は大学生で、ここで生活をしていた。それが今では県外就職だという。
最近まで変わらないと思っていた日本であるが、そう見えたのはマクロな視点からだけであり、実際には変わらない物なのないのだと痛感させられる。
『さて、今晩は盛り鉢とっとーけん。観鈴ちゃんと私はこっちで別に食べようか』
『あ、お寿司はたぶんダメだと思いますよ』
『ははは、外人さんやけんね。大丈夫刺身は外してもらっとーと』
『そうですか。あ、チューハイもう1本良いですか?』
『もう、なんば遠慮しとっと。あんたの家っちゃけん遠慮せんでいーとよ』
実家だというのにどこか遠慮のある観鈴に、叔母は苦笑しながらそう返した。
しかし観鈴にしてみれば、いくら実家だと言われても相手は叔父叔母である。どうしてもどこか一歩引いた態度になってしまうのはしかたない。それに6年ぶりなのだからなおさらだ。
『あ、その前に電話で頼んでおいた件なんですけど』
『ああ、あの人が農協に連絡入れよったよ。農協からは町内の園芸店を紹介されよったみたいね』
『園芸店……ああ、あそこかな』
言われて昔の記憶を思い起こす。
確かに町内には、草木の鉢植えや野菜苗に切り花などを安く売る園芸店があった。
『あそこまだやってるんですね。こんなご時世だから、てっきり潰れたかなと思ってたけど』
『どんな世の中なっても、皆庭いじりとか好きやからね。それに、農家が苗ば遠くまで買いに行けんくなったけん、そっちの取扱いも増やしとうとよ』
商売上手な人間はどんな状況になっても商機につなげるという好例であろう。
『連絡はいっとーはずやけん。明日さっそく行ってみるとよか』
『ええ。そうします』
手回しの良い叔父に感謝しつつ、観鈴はそう言った。
「大丈夫?」
翌日、近所の園芸店に向かう道すがら、観鈴は隣を歩くクロードにそう声をかけた。
「酒には強いと思っていたんだがな……少し頭が痛い」
「度数の高い酒ばっかり勧めてたからね」
昨夜の叔父とクロードの飲み会が終わり、2人が酔いつぶれた後その片付けをしていた時に観た酒瓶を思い出す。
ビールや清酒もあったが、主な物は焼酎であった。
蒸留酒である焼酎は、大陸南部で広く飲まれる醸造酒より度数が高い。
酒に強いとクロードは思っているようだが、度数の基本が違う酒なのであまりあてにはならないだろう。
とは言え、痛む頭を抱えながらもこうしてきちんと起きてきている辺りは流石である。
「ま、日本語喋れないのは幸いだったわ。酒の匂いぷんぷんさせながら交渉されちゃたまったものじゃないし」
「……ふん。不幸中の幸いだな」
観鈴の言葉に何か言い返そうかと考えたクロードだったが、結局何も思い浮かばずそう返すにとどめた。
目的の園芸店は観鈴の実家から徒歩で30分くらいの場所にあった。
店には広い駐車スペースがあり、転移前は遠くからも客が訪れていたであろうことをうかがわせていた。
今は店の物らしい車と、2~3台のトラックが停まっているだけである。
『すいません。大鷹と言います。ご連絡があったかと思いますが』
観鈴は近くにいた店員に声をかけると、その店員は「少しお待ちください」というと店の奥に走っていく。
その言葉通り、折り返すように奥から1人の老人がクロードと観鈴の前に現れた。
『お待たせしました。大鷹さんとJAからは連絡を受けています、私が店長です』
『初めまして。大鷹の姪の観鈴と申します。こちらは、大陸の冒険者でクロード・ナヤガル・オベール氏です』
観鈴頭を下げながらそう自己紹介すると、クロードも自分の名前に反応して同じように頭を下げる。
『これはわざわざご丁寧に。しかし、観鈴さんは初めてではありませんよ』
『え?』
『小さい頃、お母様と一緒に来られたことは覚えていませんか? お母様には何度もご利用いただいていましたし、ご両親の葬儀にもうかがったのですが』
『あー……それは、失礼しました』
確かにこの園芸店に来たことはあるが、この店長のことまでは覚えていない。
とは言え同じ町内にあった店だ。顔を知られていてもなんら不思議ではない。ましてや、葬儀にまで来てくれたという相手に、まったく記憶にないというのは少々失礼だっただろうか。そう思い観鈴はばつが悪くなった。
もう11年も前の話だ。当時15歳で中学生だった観鈴には、両親の葬儀参列者を覚えるような余裕などなかったのだから仕方がない。
『まああの頃は色々ありましたから無理もありません』
『そう言っていただけると助かります』
『では、お話は事務所の方でうかがいましょう』
事務所に案内された2人は、出されたハーブティーを飲みつつこれまでの経緯を説明した。
とある男爵からの依頼について。クロードの行動。人からの観鈴の紹介。もちろん、今の観鈴の仕事については誤魔化しているが。
この間、クロードは日本語を話せないため説明役は観鈴である。
ジッと説明を聞いていた店長は、観鈴の説明が終わると口を開いた。
『お話は理解しました。何らかのご協力は出来ると思いますが……その、男爵家で育てている種類の目録はありますか?』
『これです』
そう言って観鈴が差し出したのは、クロードが受け取った巻物とは別の紙であった。
これは男爵家から受け取った目録を、観鈴が翻訳したものである。
『拝見します。ふむ、色々ありますね……いくつか名前の分からない物がありますが、これは?』
『私も名前に詳しいわけではないので、分かる物だけを書きだしました。分からない物は、彼から特徴を聞いて出来る限り書いたのですが』
『なるほど……』
そう言いながら店長は、紙に書かれた種類を1つ1つ確認していく。
『ふむ……育てるには扱いの難しい物もありますので、この方はかなりの園芸家だと思えます』
「――だそうよ」
「そうか。自分でも庭を弄ると執事が言っていたが、そうなると下手な物は持っていけないな」
その言葉を通訳されると、店長は頷いて同意した。
『そうですね。目の肥えた方なら、単に派手なだけや珍しいだけではダメでしょう。ガーデニングというのは、全体の調和も大事です』
そう言って再び手にした目録に目を通す。
『どうでしょう。1日お時間をいただけないでしょうか? 名前の分からない物もここにある特徴から調べた上で、どういう物がよさそうか候補を上げたいと思います』
その言葉を受けて、クロードは考える。
元々園芸はもちろん、草花など詳しくないのだからここは専門家に任せてしまった方が良いかもしれない。
1日程度待ったところで問題は特にないだろう。
「分かった。それでお願いしたい」
『では、お任せします』
『承りました。まあせっかくですから、この後店内をご案内しましょうか。そこで何か良い物があればそれに越したことはないですし』
そう言われてクロードと観鈴に断る理由はない。
2人は店長の行為を素直に受け取ることとした。
『意外とお客がいるんですね』
温室風の店内に並べられた鉢植えの間を歩きつつ、観鈴がそんな感想を漏らす。
平日であるが店内にはぽつぽつと客の姿がる。
昨夜叔母が言っていたように、苗などを求める近所の農家の人間らしき姿もあるが、明らかにそうではない客もいる。
『福岡市内から来られるお客様も多いですね。今は気軽に自動車を使えませんから、週末にレンタカーでお友達とこられるようです』
『日本がこんな状態になっても、ガーデニングとか人気なんですね』
観鈴がひっかかるのはそこである。
転移前に比べあらゆるものが足りず生活も苦しくなっているであろう人々に、そんな余裕があることが驚きなのだ。
だが、そんな観鈴に店長はやんわりと否定する。
『こういうご時世だからでしょう。ガーデニングや鉢植えを育てるのは、凝り過ぎなければそこまでお金もかかりません。戦時中ですら、数少ない肥料などを分け合って育てていたという話はあります。ちょっとした空地に花を植えるなどは、記録に残らないだけでいくらでもあるでしょう』
草木を愛でる余裕もなくなった荒んだ社会など見たくありませんね。そう言った言葉の裏から見えるのは、なんだかんだと言ってもその程度の余暇を楽しむゆとりが日本人には残っていた証であろう。
『まあ、やはり人気なのは果実をつける物ですけどね』
確かに、店内にはプランターで育てることのできるミニ野菜の苗が随分と並んでいる。
これだけあるということは、それが売れ筋だという証拠だ。
しかしながら、純粋に観賞用の物が売れていないわけではなさそうだ。
例えば――
「おい、これはなんだ?」
「え? ああ、こんな物まであるんだ」
クロードが目にとめたのは、店の片隅に並べられてちょっと変わった鉢植えであった。
「盆栽っていうのよ。普通こういう店じゃ取り扱わないのだけどね」
「小さな木か。これはこれで面白いな」
並べられた盆栽は、ねじれた松や花梨、モミジなどである。
一般的な鉢植えとはまた違う独特の雰囲気が、園芸には疎いクロードにも感じられた。
『ああ、その盆栽は最近取扱いを始めました。と言ってもこれは仲介しているだけなのですがね』
『どういうことですか?』
『盆栽を趣味にしていらっしゃる方が何人かおられるのですが、盆栽を取り扱う業者が近くにありませんので。私たちが仕入れと運搬に協力しているのですよ。これは後日引き渡す予定の品です』
『なるほど。移動が大変ですからね。そっか、こういうところにも影響出ているんですね』
『色々な業種で多いですよ。今頻繁に車を使うのは商売人が多いですから』
先ほどのレンタカーの共同利用といい、この手の仲介といい、車が気軽に使えなくなったが故の出来事であるが、不便になったらなったで人々は上手く対応しているようだ。
きっと車に限った話ではないのだろう。
自分が日本を離れている間に日本が変わっていることを観鈴は改めて痛感した。
「……」
そんな彼女の横で、クロードはじっと盆栽を見ていた。
何か分からないが心惹かれる物があるようだ。
『オベールさんは盆栽が気に入られたのですかね?』
『さあ? 園芸とかに興味はないということでしたけど』
もしくは、興味がここでわいたかと思い尋ねてみる。
「いや、そうじゃないんだが。さっきこの鉢植えを見た時、何かひらめく物があった。どうも言葉にできないのだが……」
「あっそ。まあ何か思いついたのなら、後でここに電話すれば良いでしょ。一通り店内を見たら、次は図書館に行って調べものをしましょうか」
「そう、だな」
観鈴にそう促され、盆栽に対するひっかかりを一度胸の内に収めクロードはその場を離れて行った。
クエスト『男爵の求める華』は次回で終了予定。
微妙なところですが、多少長くなっても次回で終えたいです。
観鈴の過去に関して。
あえて深く描写してません。考えあってのことですが、その説明はクエスト終了後の後書きで。
ちなみに書くことがあれば閑話になります。
とりあえずは、触れた部分と行間を読んで想像してください。




