第37話 帰省 クエスト『男爵の求める華』3
冒険者クロードが日本人大鷹観鈴の協力を得てタンゲランより日本へと向かったのは、出会って1ヶ月が経った頃であった。
急ぎはしたが、移動や準備に手続きにとどうしても時間が取られてしまったせいだ。
既にクエストの残り期間は半年である。だがその点に関して、クロードはあまり心配をしていなかった。日本への往復とバム公国プレア男爵領への移動日数を考えても、日本での滞在期間は十分に取れるからだ。
それよりも彼が気になっているのは季節だった。
赤道をまたぐラグーザ大陸では、その北と南とで季節が逆転してしまう。普段南で活動するクロードにとってこれから春になるこの時期は、大陸北部では秋へと向かう時期なのだ。それを彼は失念していた。
大陸内の大方の地域では季節差はそこまで大きくないのだが、大陸からさらに北にある日本ではそれは顕著であろう。
クロードの脳裏には、大陸内では比較的季節差のハッキリしたバム公国にあるプレア男爵邸の寂しげな庭の様子が思い起こされていた。
「たぶん大丈夫じゃないかしら」
クロードの不安をそう言って否定したのは、協力者である観鈴であった。
彼女が言うには、秋に入ったといっても今ならまだ夏の名残のある時期であるとのこと。さらに日本では温室の技術が大陸よりも発展しており、また大陸では非常に珍しいそれもそこまで珍しいものではないという。
「ま、昔ほどではないでしょうけど、商売でやっているところはあると思うわ」
日本のことが分からないクロードにしてみれば、彼女の言葉を信じるしかない。
(まあ現物を必ず用意する必要もないからな)
日本へ向かう定期船の中で日本に関する情報を観鈴から聞きつつ、クロードはそんなことを考えていた。
地球では日本列島が台風シーズンに突入するこの時期は、この世界においても日本南東において台風に相当する熱帯低気圧が発生しやすい時期である。
ただし風の流れが変わっているため、日本方面に向かっては来るのだがコースがかなり違っている。その為、この11年の間日本は予期せぬ土砂崩れや河川増水への対策に苦慮することになってきた。
閑話休題。
そんな時期であるが、幸運にも天候と風に恵まれた定期船は予定よりも2日も早く日本は博多港へと到着した。
クロードと観鈴は規定通り港で検疫と入国手続きを受け、翌日に彦島行きの定期船に乗り換える。
クロードと違い日本人である観鈴は福岡から入国することも出来たのだが、クロードを案内しなければいけないための同行である。
「ここから入国した方が早いけどね」
甲板から遠ざかる福岡の街並みを見つつ観鈴は何度もぼやいていた。
博多湾を出た船は、玄海島と志賀島の間を抜け北東方面へ真っ直ぐ進み続ける。
冒険者ギルドが日本で発注した日本の技術による新型帆船は、大陸の船と比べ船足が早い。それでも、朝に博多湾を出発し彦島へ到着するのは夕方である。
大陸を出発し9日。クロードは遂に、本当の意味で日本へと上陸した。
「……冒険者ばかりだな」
「そうね」
彦島南風泊港に降り立ったクロードの第一声に観鈴が返事を返す。
彦島の北、南風泊港にある冒険者ギルド日本支部の周辺にはいくつもの店が立ち、辺りは冒険者や彼ら目当ての商売人で賑わっていた。
「ギルドが出来て半年は経ってるけど、まだまだ人気はあるみたいね」
ギルドへと向かう道すがら、周囲を見回し観鈴が言った。
周囲には建屋の店だけでなく、露店なども立ち食べ物や様々な道具を冒険者へと売っている。
店や露店には冒険者たちが品物を手に取り、あるいは店の者と価格交渉をしている様子が見えた。
食べ物以外の売り物は、ざっと見ただけでも、服にバックやリュック、アウトドア用品、アクセサリー類、医療品など普通に日本人向けでありそうな物ばかりだ。
変わった点では刃物など武器を売っている店が目に留まった。
どうやらここでは、武器販売の規制がないようだ。
「開設して半年なら当然だな。むしろ、半年で閑古鳥が鳴くようじゃ先が見えている」
クロードの聞いた情報では、最初はギルド側が日本へと渡る冒険者を選抜していたということだ。
それが半年を過ぎようやく制限がなくなったという。
ならここが活気づくのはこれからが本番である。
そんな会話を交わしつつも、2人は足を止めることなくギルド会館へと向かう。
クエストの際、町を移動するたびにその地のギルドに顔を出す必要はないのだが、ギルドに顔を出し現在自分がこの地に居るということを報告しておくのは何かと利点が多い。
何か自分宛ての連絡があればギルドのネットワークを通じて届く。困ったことが起きればギルドが手を貸してくれるし、クエストに必要な情報の収集もできる。
もっとも、日本においては今のところ到着した場合の出頭が義務付けられているため、必ず訪れる必要があるのだが。
ギルドでの手続きは何も問題はなかった。
日本本土――九州への上陸も、観鈴が同行するということでギルド側もあっさり認めた。この半年の間で、既に何組かの冒険者が九州へと入るという前例があったためでもある。
入国の手続きそのものは、博多港で行っており問題はない。
後はどうやって渡るかという手段だけである。
「冒険者が九州に渡るには、海底トンネルを歩くか船で渡るしかないそうよ。橋は歩行禁止だって」
ギルド近くの食堂に入り注文を済ませると、観鈴はそうクロードに切り出した。
ここからは観鈴が主導的にクロードを案内しなければいけない。
何しろクロードが日本については何も知らないからだ。
「海底トンネルか……せっかくだから歩いてみたいな」
「でも時間を食うわ」
そう言いながら、ギルドで手に入れた簡易な地図を開いてみせる。
「今いる南風泊からだと、トンネルは東の下関市内を抜けなければいけないわ。そこまでの移動時間とそこからの移動時間を考えると無駄が大きい。もちろん許容できる時間でしょうけど、出来るだけ早く目的を果たすならここで船を捕まえて――」
と、地図上の彦島北端南風泊から南へと指を動かし、海を挟んだ対岸を指す。
「この小倉に直接向かった方が早い」
「そこが目的地なのか?」
「いいえ。目的地は福岡。そこから私の……実家に向かうわ」
少し言いよどみながらの観鈴の言葉に、クロードは怪訝そうな顔をするが観鈴は何でもないという風に首を横に振る。
「実家を拠点に調べるつもりよ。クロードは実家が良いと言えばそこに泊まって。ダメだったら近くで宿を探すわ」
「別に野宿でも俺は構わないが?」
「警察に見つかったら面倒。さっきも、ギルドで注意受けたんだから。しっかり面倒を見てくれって」
ギルド会館において、観鈴はいささかしつこいくらいにギルド事務員からクロードの面倒を見る様にと繰り返し頼まれていた。
なんでも、既に九州に渡った冒険者で問題を起こした者がいるらしい。
聞いた限りでは、パーティーの女性冒険者に声をかけた日本人を半殺しにした事例や、酔っぱらっての器物破損に喧嘩、建物内を覗き見るなどの不審行為。これらは全て警察沙汰になっている。
他にも車の走る車道への飛び出し、図書館資料の無断持ち出しという変わった事例もあった。
また、宿がなく野宿し、巡回の警察に職務質問を受けたという話もある。
観光業が衰退し仕事による出張なども激減した現在、宿の数も転移前に比べ大幅に減っている。必然的に同行者なしで九州に渡った冒険者が宿を確保することは難しいのが現状だ。
やがて慣れてくれば事態も改善されてくるだろうが、今のところは何で問題が起きるか分かったものではない。
そんなギルド側の想いが、冒険者に同行する日本人への態度に現れていたのだ。
「まあそこは何とかするわ」
「おまちどうさま~」
ちょうどそこに、2人の頼んでいた料理がやってくる。
「アジフライ定食と焼き飯とから揚げです」
「ども~。ああ……久々の日本の食事だわ。さ、食べましょう」
ごはんと味噌汁に、キャベツの添えられたアジのフライ。それに冷奴とお新香という日本では珍しくもない定番定食に目を輝かせる観鈴。
そんな彼女を尻目に、クロードはさっさと焼き飯をスプーンですくい口へと運ぶ。
「ん?」
「……どう?」
口に入れただけで目を見開くクロードに、観鈴は感想を尋ねる。
その問いには即答せず、クロードは口に入れた焼き飯を十分咀嚼し飲み込み、ようやく口を開いた。
「味が濃くて美味いな」
万人受けする味というのは基本的に濃い目の味付けだ。
濃い味付けはそれだけで美味いという評価につながりやすい。
しかしそれは本当に料理その物の真の評価なのだろうかと観鈴は疑問に思う。
とは言え、
「そ、気に入ったのなら良かったわ」
そう言いながら、観鈴は久々の味噌汁に手を伸ばした。
翌日、すぐにでも九州へと渡るつもりだったが2人だが直前で予定を変えざるをえなくなった。
ギルドから紹介された船の持ち主から、服装を変えた方が良いとのアドバイスを受けたのだ。
クロードの持つ武器は九州へと持ち込めないため、鎧と共にギルドに預けてあるのだが、その下の服は大陸では旅人が一般的着る獣毛から作った服だ。
観鈴も日本製の服は既に手元になく、亜麻生地の大陸製の服である。
素材はともかく、デザインや作りのせいできっと日本国内では目立ってしまうと船主は指摘するのだ。
結局、ギルド周辺にある衣料店で中古服を買うこととなる。
観鈴としては九州内でもっと良い服を買いたかったのだが、改めて指摘されればこんな服装で里帰りするのは恥ずかしい。どうやら大陸での感覚に慣れきっていたようだ。
幸いに金はクロードが持ってくれる。ギルドで両替した日本円を手に古着屋へ走った2人は、クロードには適当にサイズの合うチノパンとポロシャツを。観鈴は気に入ったデニムワンピースと帽子を購入した。
日本には転移に巻き込まれた外国人も多い。
クロードの外見は地球でいうところの中東系の顔立ちに近いので、服装さえ整えればそう目立ちはしないだろうと観鈴は判断した。
こうして改めて準備を整えた観鈴とクロードは、船を使って直接小倉へと渡る。
石油に代わって再び日本の主力エネルギーとなった石炭を使った船であるが、こういう近距離の移動ならば帆船より圧倒的に早い。物の数十分で小倉へと到着した。
転移後、日本の人口は大幅に減少しているが、こと九州・四国だけに限定するならば人口密度は転移前よりも増えている。
そのため、北部九州では大都市の1つであるここ小倉も、一見すると転移前と変わらぬ姿に、あるいはそれ以上の人で賑わっているように見えた。
しかし石油の輸入が絶え、日本近海の海底からわずかに採掘される石油も自衛隊へと優先的に回されている現状では、以前の車社会はすっかり見る影を無くしている。
偶に走る自動車は全て電気自動車であるが、滅多に姿を見かけない。
現在人々の足となっているのは鉄道であった。
電化された鉄道はその本数こそ減ってはいるが、人や荷物の運搬の主力として今の日本を支えている。
電力こそ現代社会をささえる大きな要素である考えた政府が、炭鉱再開発や岡山のウラン採掘など主導的に進め、どうにか一定量の電力を確保し優先的に廻し続けているという事情がその裏にはあった。
大陸とは全く違う都市というものを珍しそうに眺めるクロードを引っ張りながら、観鈴は小倉駅に向かいと、2人分の切符を購入し一路博多へと向かう。
初めて体験する電車という乗り物にも、興味深そうに見てはいるがそこまで大きなリアクションを見せないクロードに、観鈴はつまらなさそうに尋ねる。
「こんな乗り物初めてでしょう? 驚いたりしないのね」
「……いや、十分驚いている。この乗り物にしろ街並みにしろな」
「本当? そうは見えないけど」
疑わしそうな目を向ける観鈴に、クロードは相変わらず落ち着いたまま答える。
「目立つことを避けろとギルドから指示があった。それに従っているだけだ」
「なるほど」
(プロ意識ってやつかしら?)
確かに、見るものすべてに一々驚かれていては目立って仕方がない。
しかしこうも反応が薄いというのもつまらないものである。
何か反応する物はないかしら――と考え込む観鈴に、今度はクロードが尋ねてきた。
「それにしても、日本というのは随分臭いな」
「え?」
「この中もそうだが、さっきの小倉とかいう街中も臭いが鼻について仕方ない」
そう言いながら少しだけ眉に皺を寄せる。
思わずにおいを嗅ぐ観鈴だったが、確かに大陸に比べれば様々なにおいが鼻につく。
だが、臭いというほどであろうかと首をかしげた。
むしろ排ガスなどが減った分だけ、記憶にあるにおいよりもマシにすら感じられる。
「そこまで臭うとは思えないけど……」
「いや、かなり臭うぞ。……そうか、見たところ日本人は猿系の種族ばかりだから鼻はそこまで敏感じゃないのか」
いくつかの獣人の血が混じるクロードは種として生来鼻が敏感なのである。
「クロード。今の、絶対に日本人には言わないで」
そんなクロードの言葉に、やや目つきを鋭くしながら観鈴が釘を刺した。
「なぜだ?」
「貴方たちから見ると日本人は猿系の獣人種なんでしょうけど、日本人は自分たちを獣人だと考えていないのよ。転移前の世界には、他の獣人種なんていなかったから」
「ほう」
「初めて日本人が大陸に渡った時にはそれで色々トラブルも起きたの。大陸に残っている日本人はその辺りは理解しているし、日本と交流が深いタンゲランならその辺りうまく対応してくれるんだけどね」
かつて、日本政府は来日する冒険者に「人間種」であるとの条件を付けた。
これは日本側の認識の問題であり、実際のところ人間種=猿系の獣人とギルド側では理解し対応したのだ。
大陸に置いて人間とは、獣人・エルフ・ドワーフ・その他少数種族を含めた大きな意味での呼称である。
現在はそこまで交流が盛んではないため大きな問題にはなっていないが、ゆくゆくはこの認識が問題になっていくかもしれない。
「クロードは日本語を話せないから大丈夫だと思うけど、念のために気を付けてね」
「分かった。留意しておこう」
観鈴の注意に、内心で変わった国だなと思いつつクロードはそう返事をした。
小倉から博多までは電車で約1時間半。その間、クロードはこの臭いに慣れるまでこの逃げ場のない車内で我慢を強いられることとなる。
現在日本で最大の駅となった博多駅と到着した2人はここから電車を乗り換え、観鈴の実家へと向かう。
乗換前に観鈴が連絡を取るといって公衆電話から実家へと電話をかけた。
電話というものを分からないクロードではあるが、観鈴の簡単な説明と今何者かと会話している様子から、この箱を使い誰かと会話していることだけは理解が出来た。
会話をする観鈴は、嬉しいような困ったような複雑な表情を浮かべている。
おそらく久々に実家の者との会話なのだ。色々言われているのだろうとクロードは察した。
「連絡はついたわ。泊まるところも確保できたから宿の心配はしないで」
「お前の実家に泊まるのか?」
「うん……まあ、ね」
微妙に言いよどみながらもそう返事をすると、観鈴はプラットホームへと歩き出す。
何かあるとは分かるが聞いても答えてくれないだろう。
そう感じたクロードは黙ってその後ろを追いかけていく。
(向こうにつけば分かることか)
博多駅から再び電車で20分ほど。更に降りた駅から2時間弱歩いたところに観鈴の実家はあった。
福岡市に隣接する郡部で、山がちな農業が主たる産業な片田舎である。とはえい、転移後の九州・四国の人口増の煽りで片田舎とは言え人口はだいぶん増えていた。
数年振りにある道のりを懐かしそうに見ながら観鈴はクロードを引き連れ、実家への道を歩いていた。
「実家は農家をやっているの。作付けにつかう種や苗を購入している場所があるはずだから、そこから園芸関係の店を紹介してもらえばいいと思うわ」
「当てはないからその辺りはお前に任せる。俺は選ぶだけというわけか」
「そうなるわね……やっぱり報酬の割合が割に合ってない気がしてきたわ」
「今更の契約変更は受け付けないぞ」
「意外とケチね」
「冒険者として当然だ」
そんな会話を交わしつつ、2人はアスファルトの道路を進む。
車はほとんどなく、偶に農家の物と思われるトラクターが通るくらいだ。
やはり現在まったく足なしで農業をやるのは難しいのだろう。
稲刈りや田植えは今も手作業なのかしらと、収穫時期の近い稲穂を見て観鈴は考えた。
彼女は転移後、大陸へと渡る前に2度ほど農作業を手伝ったが、その時は燃料不足で田鋤きに田植え稲刈りまで手作業であった。慣れない農作業に泥だらけになり、筋肉痛にうなされた記憶が蘇る。
考えてみれば今は時期が悪かったかもしれない。
せめて稲刈り機が電化されていることを祈るしかなかった。
県道から横道に入り、古くからの家が集まる集落を進むとようやく目的地が見えた。
農家だけあり農機具や機械を収める納屋を持つそれなりに大きな家であるが、周囲の家々も似たり寄ったりであるため特別に大きくは感じられない。
そんな家の前に、初老の男女が1組待ち構えていた。
「あ……」
その姿に気づいた観鈴が小さく零す。
向こうもこちらに気づいたようだ。大きく手を振っている。
少し戸惑った様子の観鈴だったが、意を決するとクロードに「あそこよ」と言って早歩きで進む。
『待っとったとよ! 遅かけん心配しとったとよ』
『元気やったか観鈴!』
そう笑顔で観鈴に話しかける2人に、観鈴は頭を下げる。
『ご無沙汰していました、叔父さん、叔母さん』
『そんな畏まらんでもよか。さ、はよ上がんなっさい』
『あんたの家やろうが。ほーら遠慮せんと』
叔母と呼ばれた女性が観鈴に近寄るとその背を押す。
観鈴もハハっと照れ笑いしつなすがままだ。
日本語が分からないクロードがどうした者かと突っ立っていると、観鈴の叔父が声をかけてきた。
『あんたが観鈴の仕事仲間かね? わざわざ大陸からよーきんしゃった。さ、こっちきんしゃい』
言葉は分からないが来るように促していることはなんとなく理解出来た。
その誘いに従いクロードも家の敷地へと入っていく。
「どうした?」
と、叔母に背を押されていた観鈴がチラリとクロードを見たので尋ねてみる。
「いや……大変だと思うけど頑張ってね」
そんな観鈴の言葉に首をかしげながら、クロードは観鈴の実家へと足を踏み入れて行った。




