裏切りの名
北門
光の壁は、まだ王都を守っていた。
誰も言葉を発せない。
兵士達は目の前の光景を信じられずにいた。
災害級の魔物の攻撃を。
たった一人の六歳の少女が止めた。
その事実だけが残っていた。
◇ ◇ ◇
私は光の壁を見上げる。
「……きれい。」
思わずこぼれた一言。
私には、それが怖い力には見えなかった。
誰かを傷つける力じゃない。
誰かを守るための光。
それだけは分かった。
◇ ◇ ◇
ルークは私から視線を外さない。
「間違いない……。」
震える声だった。
「長老様の守護魔法だ。」
レオンが驚く。
「失われた魔法ではなかったのか?」
「失われた。」
ルークは静かに頷く。
「だからこそ……あり得ない。」
◇ ◇ ◇
黒ローブの男が一歩前へ出る。
その足音だけで空気が張りつめる。
「予定より早かった。」
男は静かに呟いた。
「だが問題ない。」
フードの奥から、
私をまっすぐ見つめる。
「君は必ず目覚める。」
「だから迎えに来た。」
私は首を横に振った。
「行かない。」
男は少しだけ目を細める。
「なぜ?」
私は迷わず答えた。
「帰る場所があるから。」
◇ ◇ ◇
私は後ろを振り返る。
アレンさん
ミルちゃん
レオンさん
ルーク
みんながいた。
「みんながいるもん。」
小さな声だった。
でも、
それは私の本音だった。
◇ ◇ ◇
男はしばらく黙っていた。
そして、
「……そうか。」
少しだけ寂しそうに笑った。
「なら。」
ゆっくりと手を上げる。
「思い出させるしかない。」
◇ ◇ ◇
その瞬間。
男の魔力が一気に膨れ上がる。
空が黒い雲に覆われる。
レオンが叫んだ。
「全員離れろ!」
兵士達が一斉に退避する。
アレンが私の前へ。
ルークも前へ。
二人が並ぶ。
「ティナには指一本触れさせない。」
アレンの声は静かだった。
「同感だ。」
ルークが短く答える。
◇ ◇ ◇
男はため息をつく。
「昔から変わらない。」
その言葉に。
ルークの目が鋭くなる。
「その口ぶり……。」
男はゆっくりと、
自分のフードへ手をかけた。
「もう隠す必要もないか。」
布が落ちる。
風が吹く。
現れた顔を見た瞬間――
ルークの瞳が大きく揺れた。
「……っ!」
信じられない。
そんな表情だった。
「お前は……!」
男は静かに微笑む。
「久しぶりだね。」
「ルーク。」
◇ ◇ ◇
私はその人を見つめる。
知らない。
……はずだった。
でも、
頭が痛い。
胸が苦しい。
誰かが笑っている。
優しい笑顔。
でもその笑顔が、
少しずつ黒く染まっていく。
『どうして……?』
幼い私の声。
『なんで……?』
景色が赤く染まる。
炎。
泣き声。
そして。
一人の男。
振り返る。
その横顔が、
今目の前にいる男と重なった。
「……ぁ。」
息が詰まる。
「ティナ!」
アレンが駆け寄る。
私は震える手で、
男を指差した。
「この人……。」
涙が一粒こぼれる。
「知ってる……。」
シン――。
男は目を閉じ、
静かに笑った。
「ようやく思い出してくれた。」
そして。
その口から、
誰も予想しなかった言葉が告げられる。
「私は、かつて白猫の里で長老の補佐をしていた。」
全員が息を呑む。
「そして――」
男の笑顔が消える。
「白猫の里を裏切った者だ。」
風が強く吹き抜けた。
誰も動けない。
ティナの失われた記憶。
ルークの怒り。
そして、
白猫の里崩壊の真実。
その扉が、
今まさに開こうとしていた――。




