(10)知られざる運命の相手
「それでは、ご用件をお伺いしましょう」
促されたエリアスは、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりお茶を飲んでから口を開いた。
「ソニア殿。例の害獣駆除の件、順調に成果を上げている。もう少し継続はするが、ほぼ心配はないだろう」
「それは良かったですね。安堵いたしました」
「それで魔女殿へのお礼を調達するため、ここに来る途中の町で物色していたのだが、少々予想外の事が起きて手ぶらで来てしまった。申し訳ない」
神妙に頭を下げた彼を見て、諸悪の根源であるソニアは密かに冷や汗を流しながら宥めた。
「それは構わないのですが、喧嘩にでも巻き込まれたのですか? 前々から思っていたのですが、やはり大公様ともなれば護衛はもう少しお連れになった方がよろしいかと思いますよ?」
「その辺りはアレクシスから、くどいくらい言われている」
「そうですか……」
「…………」
(うっ……、この沈黙と視線が痛い……。まさか私のことを、怪しんでいるわけではないわよね? ここで動揺しては駄目よ、ソニア。冷静に冷静に……)
無言のまま、エリアスは正面に座るソニアの顔を凝視してきた。ソニアは居心地の悪い思いをしながら、何とか内心の動揺を抑え込む。すると彼が、真剣な面持ちのまま問いを発した。
「ソニア殿。貴女のように紫色の目をしている者は、この国内でも珍しいと思うのだが」
「確かに珍しい色合いですが、私の兄も同じ色合いでしたから、皆無というわけではありませんね。幼い頃には、父から祖先にそのような色の瞳を持つ者が、何人かいたと聞いていますし」
(現に、あのろくでなし兄貴と同じ色だったから、父さんの娘だと認めて貰ったようなものよね。そうでなければ、『どこの男の子か分かったものではない』とか言われていたわよ)
ある程度予想された質問であったため、ソニアは落ち着き払って言葉を返した。するとエリアスは、少しばかり興味深そうな表情を見せる。
「ほう? そうなのか。ソニア殿の家系には、希にだが出る色合いだと」
「そのようですね」
「因みに、兄上のご家族にも同じような色合いの者がいるのだろうか? どの辺りにお住まいだ?」
「そう言われても……。本格的に魔術の修行を始めた後、兄とは音信不通になっておりますので、お伝えできることはありません。確か……、その前に子どもが何人か生まれてはいましたが、どのような容姿かも覚えておりませんね。何と言っても、昔の話ですし」
(あの下半身暴走エロ兄貴。十代半ばで既に使用人に手を出して、何人か孕ませていたし。城を抜け出して、お祖母様について本格的に修行を始めてから十年以上経過しているし。十年一昔というから、嘘は言っていないわよ)
遠い昔の話にも聞こえるような物言いで、ソニアはしらを切った。すると予想外に、エリアスが苛立たしげな呟きを漏らす。
「そうだな……。確かにあのゲス野郎も、同じ色をしているしな。実に腹立たしいことに……」
(ちょっと……、殿下が今口にしたのは、やっぱりあのろくでなしの事よね? あの高飛車勘違い女との関わりの他に、あれと何か確執でもあったわけ?)
まさかの同一人物について語っているらしい事実に、ソニアは密かに戦慄した。そしてさり気なく、話題を変えてみる。
「あの……、殿下? それで、お話というのは?」
控え目に声をかけられたエリアスは我に返り、顔つきを改めて申し出た。
「すまない。話が逸れたな。折り入って、貴女に頼みたい事があるのだ。魔術での人捜しは可能だろうか?」
真摯に問われたソニアは、僅かに眉根を寄せて考え込んだ。
「人捜し……。それは、相手によるかと思います」
「と言うと?」
「探したい相手が血縁者など、近しい関係性であればあるほど探索しやすいのです。ですから殆ど面識がないとか、面識があっても普段から交流などなく、好感度なども全くないような方では困難ですね。要するに、互いの血縁や心情の結びつきを元に、探査するわけですから」
「なるほど、そういうことか……」
(なんだか、凄く難しい顔で考えておられるけど……。事態が相当深刻なのかしら?)
説明を聞いたエリアスは、テーブルを見下ろしながら真剣な面持ちで黙考した。それを見たソニアは、思わず同情しながら声をかける。
「殿下のお身内や親しく交流しておられる方で、今現在消息不明の方がおられるのですか? 大公様が探索の人員を派遣しても発見できないとは、ご心配になるのも尤もですね」
すると今の今まで主君の隣で空気に徹していたアレクシスが、思わずと言った感じで口を挟んできた。
「ああ、いえ、魔女殿。そういう事ではないのですよ。探しようがないとうのが、正確なところです。殿下も殆ど諦めていたのですが、今日ちょっと予想外な出来事が勃発して、諦めきれないというか何というか……」
「アレクシス様? どういう事でしょう?」
渋面になりながらの説明に、訳が分からなくなったソニアは本気で首を傾げた。するとエリアスが顔を上げ、真剣な面持ちで告げる。
「探して欲しい女性は私の身内ではないし、もっと正確に言えば、直に会ったのは十七年前の一度きりだ」
「え?」
「十七年前にお会いした、当時のリベルス国王第二王女サーフィア・エル・リベルス姫が、私の運命の相手らしい。そういう事情なので、現在所在不明の彼女を探して貰いたいのだ」
「………………はい?」
(ですから私、あなたと会った記憶なんて微塵もないんですけど!? 第一、あなたの『運命の相手』って、一体全体どういうことですかっ!?)
そんなソニアの心中の叫びは誰にも届かず、彼女の顔は気合いで無表情を保ったままだった。




