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<4・速報。>

 母が作ってくれる唐揚げは美味しい。

 ころもが少し柔らかめなのと、あまり味が濃すぎないのがゆいな好みなのだった。噛むとじゅわ、とアツアツの肉汁が出てくるのがたまらない。おかげでまあ、白いご飯が進むったら。気づけばもう、ご飯三杯目である。


「ゆいな、あんま食べ過ぎちゃ駄目よ。脳みそに栄養行き渡らないと困るのは確かだけど」

「ぶー。ことあるごとに勉強のこと言うー……むぐむぐ」


 口の中に次の唐揚げとご飯を放り込みつつ、リモコンを操作した。そういえば明日の天気予報を見ていなかったと思い出したのである。

 自分達も町はギリギリ関東圏にあるものの、夏は暑く冬は寒いことで有名だった。また、小さな町なので電車やバスも少々不便である。学区も広い。先週から雪の予報が出ているので気になっていたのだった。


「あー……」


 丁度NHKで天気予報をやっていた。自分達の県では、明日がっつり雪マークがついている。今夜遅くから降り始めて、明日の夕方くらいまで降り続くかもしれないらしい。


「やっぱり明日は雪なのね。二人とも、きちんとコート着ていきなさいね。あと長靴」


 母が眉をひそめて言った。


「明日は道が凍ってるかもしれないし、少し早めに家を出なさいよ。我が家は小学校も中学校も近いけど、だからって油断しないように」

「ふあーい」

「俺達はいいけど、クラスのみんな学校に来れるかなあ」


 ゆいとが困ったように頭を掻いた。


「特に、バスと自転車で来てる奴らが心配。なんで無駄に学区広いかな」

「子供少ないんだからそのへんしょうがないんじゃないの。でも、確かに心配かも。先生でさえ、来られない人が出るかもしれないし」

「だよな」


 寒いとはいえ、大雪が降ることは稀な地域である。近隣のバスや電車は、お世辞にも豪雪い強いとは言えない。いっそ朝イチの段階で休校になってくんないかな、なんて思ってしまう。

 なんなら、家が遠い子の一部は自主休校しそうである。


――沙穂や亞音は来られるだろうけど、他の子たちはどうかなあ……。


 まあ、天気予報は確実ではない。思ったより降らないなんてこともあるかもしれなかった。いずれにせよ、防寒具を備えておくに越したことはないが。

 ちなみに自分達の学校は、小学校で最大3クラスで、中学校の場合は現在2クラスしかない。ゆいなのクラスは現在生徒数が二十八人しかおらず、将来的には1クラスになってしまうかもしれないと言われていた(隣のクラスも二十九人である)。

 そんな中、少し遠くから学校に来ている生徒たちが軒並み来られない可能性があるというわけだ。果たして何人での授業になってしまうやら、である。


「あ」


 天気予報が終わり、画面がアナウンサーに切り替わった。


『本日のニュースをお伝えします』


 きりっとした顔の若い男性アナウンサーが、真剣な表情でニュースを読み上げる。


『●●県〇〇町のアパートで、男性の遺体が発見されました。友人の女性がインターフォンを鳴らしても出てこない男性を不審に思って郵便受けから覗いたところ、玄関で倒れている男性を発見。警察に通報したとのことです。男性は〇〇町の中学校で教員をしている、桃瀬優一郎(ももせゆういちろう)さん三十八歳で、死亡状況に不審な点があったことから、警察は事件と事故の両方で捜査を続けているとのことです……』

「うわ、不審死?」


 思わずゆいなは声を上げた。


「三十八歳ってことは、寿命とかじゃないよねえ。郵便受けからなんで覗けるの?」

「ポスト設置してないアパートだったんでしょ。珍しくもないわよ。ぱかっと外から開くと、部屋の中がまるっと見えちゃうようなやつ」

「あ、なるほど」


 ふと隣を見れば、ゆいとがスマートフォンを操作している。何やら表情が険しい。食事中にスマホをいじるのは本来マナー違反だが、基本的に真面目な彼はむしろそういうのを注意する側の人間だ。

 どうしても気になることがあったのだろうか。


「あのさ」


 ゆいなが声を書けるより先に、弟が口を開いた。


「今のニュース、さっきちらっとネットで流れてきてたから知ってる。〇〇町って、うちの町の隣町だからなんとなく気になってたんだけど」

「あ、そういえばそうだったか。なんか引っかかることでも?」

「ネットには、もう少し詳細な情報が出てるんだ。この男の人、窓にもドアにも鍵かけて密室で死んでたらしい。でも、警察は一切自殺だと思ってないんだよ。なんでだと思う?」


 顔を上げるゆいと。その顔色は、心なしか青い。




「外傷はないのに、吐血と下血だけはあって。……内臓が、綺麗になくなってたんだって。胃袋より下がごっそりと。お腹切られた様子もなくて、腹膜も筋肉も損傷してないのに、内臓だけ」




 思わず――ゆいなは両親と顔を見合わせていた。

 ついさっき、その話をしたばかりだ。自分が亞音から聴いた、怪談。呪いの儀式をやった女の子の死に方と――それから、呪いをかけられた加害者の女の子の死に方。

 それらと同じだった。

 生きたまま、突然内臓が消失して――死に至る。まるで、見えない手に内臓を引きずり出されて喰われて死んだかのように。


「……まさかね?」


 ははは、とゆいなは笑ってみせたが、我ながら声はひっくり返っていた。

 そして、両親も弟も、ジョークにしてくるようなことはなかったのである。




 ***




 夜。

 本来ならば宿題をやるなり、テスト勉強をするなりしなければいけなかったところだが――ゆいなはどうしても手につかず、自室でベッドにひっくり返っていたのだった。

 右手にはスマートフォン。イヤホンを接続し、現在通話中である。相手は沙穂だった。先に亞音にも電話をかけたのだが、良い子の彼はもう眠ってしまったのか繋がらなかったのである。


『……そのニュースはうちも聞いたわ。そら、正直びっくりしたで。亞音にいろいろ訊こうかと思ったけど、あいつもう寝たのかLINEも未読スルーされとるわ』

「右に同じ。でもなんか眠れないから、沙穂にかけた。沙穂なら悪い子だから夜更かししてると思ってー」

『ゆいなに悪い子言われたないわー。……なんちゅうか、ほんまに呪いはあるんやろか。うちの学校に封印されてるとかいう、儀式をやった女の子?その女の子の呪いみたいなん』

「うーん……」


 ごろん、とベッドの上で転がるゆいな。


「確かに、死に方だけ見たらもう人外の仕業としか思えないんだけど。もし呪いなら、真っ先に死ぬのはこの学校の関係者じゃない?」


 気温が下がってきたのか、指先が冷たくなってきた。さっき窓の外を見たら雪が降り始めていたようなので、やはり天気予報は当たったということらしい。きっと明日には真っ白になってしまっていることだろう。雪遊びができるくらい積もってしまうだろうか。


「今回死んだ男の人って、学校の先生だったらしいけど……名前も知らないような人だったよ?うちの学校に勤務したこともないみたいだし、だったら呪いの対象外じゃない?」

『言われてみれば、その通りかもしれへんなあ……』

「学校の先生って転勤で別の学校に異動することもあるらしいから、ひょっとしたらうちの学校の先生が知ってる人かもしれないけどさ。さすがにうちの学校の先生の知り合いだったから、ってだけで祟り殺されたら理不尽っていうか」

『それもそか。うーん、せやったら、何でやろなあ。偶然同死に方の、別の怪異があるっちゅうことやろか』

「だねえ……?」


 はっきり言って、何もわからないし実感もない。本当に呪いがあるのだとしたら恐ろしいが、実は『内臓が溶けてなくなってしまう病気がある』とかなのかもしれないしはっきりしたことは何もわからないのが実情だった。

 大体、ニュースで出るくらいの情報はとっくに警察も知っているわけで。だったら、自分達がどうこうこねくりまわしてもどうしようもないことだろう。

 何にせよ、明日亞音が学校に来たら話を聞いてもいいかもしれない。彼は妙にオカルト系の知識に詳しいし、それとちょっとした霊感もあるという噂だった。呪いの人形が動き出したなら、それを察知して既に何か手を打っているかもしれない。

 尤も、犯人の目的がその男性を殺して、既に達成されているなんてこともあるかもしれないが。


『それよりもさあ、ゆいな』


 これ以上ぐだぐだ語っても暗くなるだけと判断したのか、沙穂が話題を変えてきた。


『山吹先生の誕生日プレゼント、なんか考えてきたか?うち、全然思いつかなくて困ってるねん。先生真面目やし、変な小物送っても困惑されるだけな気がしてなあ』

「あー……そうだった」


 山吹想子(やまぶきそうこ)先生。自分達のクラスの担任教師である。四十五歳、真面目だけれどいつも真剣なおばちゃん先生である。年齢を多少重ねてはいるものの、上品でお洒落な女性であるため男性陣にもひそかに人気があるらしいと聞いたことがあった。彼女が未だに独身だというのもあるだろう。

 問題はその山吹先生が、ここのところ随分落ち込んでいるらしいということである。なんでも、長年付き合った彼氏と破局してしまったらしい。あくまでも噂でしかないが、彼女に恋人がいたことはみんな周知の事実である。確か、机の上に写真も飾ってあったはずだ。一か月くらい前からその写真立てを見かけなくなったので、何かおかしいとは思っていたのだけれど。


「先生、本当にフラレたのかな。いい人だし、美人なのに」


 思わず呟くと、さあなあ、と沙穂の困ったような声がかえってきた。


『真相ははっきりせんけど、そういう噂やし。……絶対本人に訊いたらあかんで』

「わ、わかってるよ。でも誕生日プレゼントに関しては探り入れたいなってのはある」

『せやなあ。もう来月やし、春休みなる前に渡さんとクラス変わってまうかもやし。まあ二分の一でまた山吹先生のクラスになるんやけども』

「ハンカチとかが妥当かもね。もうちょっとリサーチしてみて、何かわかったら沙穂たちにも情報共有するよ」

『任せたで』

「じゃあ」


 電話を切ろうとした時だった。がしゃあああああああああああん!と大きな音が響き渡り、思わず肩を竦める。まさか、と思ってゆいなはベッドから降りた。窓の外を見たところで、ぴかっと空に光が走る。

 再び、轟音。雷だ。


――雪と一緒に雷なんて、珍しいなあ……。


 天気が、想像以上に荒れている。なんだか嫌なことの前触れのようで、薄気味悪いと感じたのだった。

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