<20・凶行。>
茫然とするゆいな達に、貞が言った――聞いてたんだよね話、と。
「結局、ニコさんとやらのゲームに乗るしかない、そうなんでしょ?」
「ま、まあ」
「だったら犯人にさっさと自白させればいい。証拠なんかなくたって、それで充分だろ」
理論としては間違っていない。誰かを庇いたい、などの理由でもない限り、本人が「自分だ」といったら信憑性が高いだろう。
「落ち着け、貞、京。言いたいことはわかるが、今回の事件は普通の殺人事件じゃない。憑りつかれた人間が、憑りつかれている自覚があるとは限らない!」
慌てたように亞音が口を挟んだ。
兄弟の、妙な雰囲気に気付いていたからだろう。明らかに二人は目が据わっている。――大切な兄を殺されたのだから、しょうがないのかもしれないが。
「それに、仮に憑りつかれている自覚があったとしても……望んでクラスメートを殺しているとは限らない。操られて、無理やりニコさんの力を行使させられているだけかもしれない。そもそも、依り代そのものが本当に殺しているのかどうかは……」
「亞音、君だってわかってるくせに」
「京!」
「さっきの灰田美冬の話は聞いてたんでしょ。彼女には、クラスメートを皆殺しにする理由があるんだよ。自分を認めない奴らが大嫌い、自己顕示欲の塊、己のオカルト妄想が本当だと信じない人間たちを殺す機会を今か今かと伺ってたんだ。ニコさんの都市伝説を知っていたら、真っ先に力を借りようとしてもおかしくない。隣町の先生を殺したのは……それこそ、力を試せるなら誰でも良かったってとこじゃないの?」
いや、言いたいことはわからないではない。
人を殺すことに罪悪感がない人間は、その力を試すことにも抵抗がないのだろう。美冬がそういう人間ではないとは言い切れない。適当に人を殺したら、たまたまそれが見知らぬ男の人だったという可能性も十分考えられるだろう。
だが。
「根拠が弱いわね」
不愉快そうに、美冬が鼻を鳴らした。
「わたしがニコさんの力を借りられたなら、無関係の人間じゃなくて、わたしがさっさと殺したい人で試すわよ。ニコさんのゲームをやっても、ゲームをクリアされてしまえばそこで殺戮は終わってしまう。一番嫌いな奴が生き残ってしまうかもしれないのよ?だったらその前に、嫌いな奴を真っ先に殺しておけばそれでいいじゃない。なんで、恨みもなにもない赤の他人を殺さなきゃいけないのよ」
それだ。
美冬の言動にはほとんど共感できないが、こればっかりは彼女の方が筋が通っている。
彼女は言っていた――ゆいなのことが特に嫌いだった、と。彼女がニコさんの封印を解いたなら、真っ先にゆいなを殺せばいいではないか。
しかし、殺されたのは学校外の大人。しかも、ゆいなはゲームが始まってからもまだ生きている。真っ先に狙われてもいない。
――やっぱり、ニコさんに憑りつかれてるの、灰田さんじゃないんじゃ……。
「そもそも、毎回毎回、どいつもこいつも人を妄想だの自己顕示欲だの、こき下ろしてばっかり。不愉快極まりないわ。わたしは、正しい主張をしているだけ。幽霊がいるからいると言っている、その声が聞こえるから聞こえると言っている、それを正しく人に伝えているだけなのにどうして非難されなければいけないの?自分が何も見えない聞こえない凡人だからってひがまないでくれる?男の嫉妬は醜いものよ?」
「僻む理由なんてどこにもない。誰が、お前みたいな根暗なぼっちになりたいもんか。ああ、確かに霊感とか、特別な力が持てるようになったらちょっと楽しいかもね、人生。でもそういう力が欲しいと思っても、お前になりたい奴なんか誰もいないだろ」
「なんですって?」
「貞兄貴の言う通りさ。僕も同感。人に自慢ばっかり、マウントばっかり、そういう人間は霊感とかそれ以前の問題で嫌われて当然なんだよ。灰田さん、自分がどうしてぼっちなのか本気で気づいてなかったの?霊感とかオカルトの話をするからって思ってるかもしれないけどそれ根本的な理由じゃないから。自分は凄いのよ、みんなとは違うのよってマウントとってみんなのこと見下すからだろ。あんたは自分が見下された被害者だとか思ってるみたいだけど違うから。被害者ぶって、可哀想ぶって、哀れまれたいんだろうけど誰もあんたになんか同情しないから。むしろみんなに迷惑かけてる加害者なんだよ、わかる?」
「――っ!」
初めて聞くような、京の流れるような罵倒。美冬の拳が、ふるふると震える。
「ちょ、ちょっと京くん、言いすぎなんじゃ……貞くんも」
先生が慌てたように止めようとしたものの、貞にひと睨みされてすぐに沈黙した。こういう時、彼女の真面目で大人しい性格は不利だろうなと思う。
ゆいなも――止めなければと思うのと同時に、止める必要が本当にあるのだろうか?と思ってしまっているのも確かだった。
貞と京の言い方は、確かに行きすぎている。
それでも、心のどこかでみんなが思っていたことの代弁でもあるのだ。――ただのオカルトマニアというだけならば、ゆいなだって興味はあるし、楽しくお話することもできたかもしれないのに。
美冬がやらかしているのは、霊感を持っているとか持っていないとか、そういうことではなくて。
「自分が尊敬されない人間であるのを、人のせいにすんなよ。全部お前が悪いんじゃん」
貞が、ぎろり、と美冬を睨んだ。
「お前はすぐ、二言目には人を凡人、凡人って馬鹿にしてさあ。お前からすると『お前らが先に自分を見下した』んだろうけど違うから。僕ら、別にお前を見下したわけじゃない。ただ、突拍子もない話をいきなり始めるからいつもついていけなくて驚いてただけ。お前も自分で言っただろうけど、目に見えないものの話をしたって人間すぐに信じられないんだよ。それが当たり前。信じて貰うには人徳を得るしかない」
「でも、灰田さんにはその人徳がなかったわけ。だからみんな遠巻きにするしかなかった。それを、見下されてると思い込んで勝手にキレて、逆恨みしてたのそっちじゃん。自分を信じてほしいなら、まずそっちがみんなを信じたら?みんなが成績アップしたとか、絵で受賞したとか、そう言う話はまったく褒めないどころか乗ってくることもしないで、自分だけ褒められたい認められたいってさあ。そんな人間と誰が関わりたいんだよ」
「そんなんだからお前のことが嫌いだった。僕達だけじゃない」
「で、こういうこと言われてまだ自分を顧みる気がないんだろ。逆恨み続けてるんだろ。それで、兄貴のことも殺したんだろ?」
「ああ絶対許せない。許せるはずがない。お前のせいで、罪もない兄貴が死んだんだ」
「お前のくだらない嫉妬のせいで」
「大前のくだらない逆恨みのせいで」
「ああ許せない」
「許さない」
「「なんとか言えよ、人殺し!」」
同じ顔の少年二人の、かわるがわるの追求、憎悪の本流。少しあっけにとられていた様子の美冬は、やがてわなわなと肩を震わせて――。
「い、言わせておけば……!」
何を、と思った次の瞬間。彼女は何かを筆箱の中から掴んでいた。ゆいなはぎょっとする。銀色に鈍く光ったもの――あれは、鋏だ。
「わたしを理不尽にいじめてきたくせに、好き勝手言ってんじゃないわよ!あんた達の方が加害者でしょ、わたしはいつだって被害者だった!誰にもわかってもらえないのに、なんで人のことなんか理解しなきゃいけないのよ!挙句ひとを人殺し呼ばわり……わたしの心を殺してきたのはあんた達のくせに!うるさいうるさいうるさいうるさい、みんな、みんな死んじゃえばいいのよ、みんな呪われて、呪われて死んでしまえばいいのよおおおおおおおおおおおお!!」
「だ、駄目だって、灰田さ」
止めようとしたものの、彼女の席までは少し距離があった。鋏をふりかぶって美冬が兄弟に飛び掛かる。
しかし、次の瞬間。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
天をつんざくような絶叫をあげたのは――美冬の方だった。
がちゃん、と美冬の眼鏡と鋏が弾き飛ばされて床に落ちる音。それから、どすん、と音を立てて少女は尻餅をついていた。
「ぎゃあああああああああああああ、痛い、痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!め、め、目がっ、目がっ!」
美冬は目のあたりを抑えて床を転がり、苦しんでいる。何が、と思って兄弟を見たゆいなは気づいた。
京の手に、美冬が持っていた鋏よりずっと大きな銀色がある。――包丁だ。その先端には、僅かに赤い色が付着していた。
「この教室に来る前に、家庭科室から拝借してきた」
包丁を持っているのは京だけではない、貞もだ。彼は右手に持ったそれをゆいなたちの方に向けてきた。
「みんなことは傷つけたくない。だから、そこで黙って見ていてね。山吹先生も」
「て、貞くん!京くん!駄目です、そんなこと……!」
「先生だって、早く助かりたいでしょ。このままだったらみんなニコさんに殺されて死んじゃうんだよ。だったら、さっさと犯人を自白させて終わりにしないと。これが、これ以上余計な犠牲を出さない唯一の方法だよ」
貞がそんなことを話している間に、京が美冬の下腹部を蹴り飛ばしていた。
ぐえ、とかえるが潰れたような声を上げて、壁に叩きつけられる美冬。女の子相手とはいえ、彼等にとっては憎い仇も同然。手加減する理由もないのだろう。
「灰田美冬。お前がニコさんの力で、兄貴と木肌さんを殺した犯人。そうだろ?」
京の声は、冷たく凍り付いている。
「さっさと自白しなよ、自分がやりましたって。そうしたらこれ以上のことはしないであげる」
「ち、ち、違うわ。わ、わたし、わたしじゃ」
「ああそう、しらばっくれるんだ。じゃあ」
再び包丁が翻った。美冬の悲鳴が大きくなる。
顔を覆った美冬の両手から、一気に血が噴き出していた。相当力をこめて切りつけたのだろう――傷口からは、指の骨らしきものが覗いている箇所さえある。
「いぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!痛い、痛いい、痛いいいいいいいいいいいいい!やめて、やめてええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
「やめてほしかったら白状しろよ、ほら、言え!」
「違う、ほんとに違うのおおおおおおおお!お願い、助けて、助けて、わ、わ、わたしじゃない、わたしじゃないのおおおおおおおおおお!!」
命乞いをしながらも、今までの言動を謝罪しないあたり徹底している。いや、美冬からすると、己に顧みるところがあったとは微塵も思えないのだろう。ならば謝ることなんて、できるはずもないのだろう。
いや、そうだとしてもだ。
「だ、駄目だって、京くん!」
このままではいけない。ゆいなは慌てて駆け寄って、京の手を押さえつけた。包丁は怖いが、幸いゆいなと京では対格差も筋力差も大きい。抑え込んでしまえば、京はもう何もできないはずだ。
問題は、貞も包丁を持っているということで。
「み、みんな手を貸して!貞くんを止めて!」
ゆいなは叫んだ。どうにか京の手から包丁をもぎとりつつ、皆を振り返る。しかし。
――なんで。
他の者たちは、動かない。
沙穂も、瞬も――山吹先生と、亞音でさえ。
包丁を持った少年達に、突然の展開に驚いているのか、もしくは。
――灰田さんが、死んでも、いいって思ってるってこと?それくらい、みんな、灰田さんのこと……?
隙が出来たことに気付いたのだろう。次の瞬間、すぐ傍を風が走り抜けていった。慌ててそちらを振り向けば、美冬が顔を手で押さえて、あちこちぶつかりながら教室から飛び出していくところで。
「あ、亞音!先生!」
ゆいなはどうにか声を絞り出した。まだ冷静でいるであろう二人の名前を呼ぶ。そこでようやく我に返ったのか、亞音が慌てて美冬を追いかけた。山吹先生もそれに続く。
「く、くそがっ……!」
「て、貞くん、待って!」
貞も包丁を持ったまま追いかけていってしまった。しかし、京を押さえつけているゆいなは動けない。
――なんで。
泣きたい気持ちでいっぱいになった。
確かに、美冬に対してはムカついていた。兄弟は美冬を兄の仇だと思い込んでいただろう。だけど。
――どうして、こんなことになるの?……なんで、なんで?




